勇気百倍とかっていうけどさ

「本当の勇気を与えよって……なんかメッチャふんわりしてますね」


「だが、やることはガチンコだぞ」


「へ?」


遍歴へんれきの騎士がやることといったら、住民を悩ます怪物退治だろ?」


「あぁ、そういう……」


「本当の勇気とやらのために、騎士様は王都の近くに現れた怪物の退治をしようとしている。今回の依頼はそれを支援することだ」


『お~! 冒険者っぽい?』

『わくわく!』


「サイゾウさん、その怪物っていうのは何ですか?」


「それを今から説明するが……サメらしい」


「あれ、このへんに海なんてありましたっけ?」

「…………(ふるふる)」


 マリアは俺の疑問に対して首を横に振った。

 聞くところによると、シルニアのまわりに海は無いらしい。


 じゃあ、なんで被害者はサメなんかに襲われたんだ?

 異世界のサメは陸上生物なのだろうか。


「異世界のサメって、クマとかと同じように陸を歩いたりします?」


「んなわけないだろ。異世界だからってサメが歩いたりするか」


「はぁ。」


「説明にもどるぞ。王都近くにはそこそこ大きな湖があるんだが、そこでキャンプしていた若い男女が死体になって見つかった。ズタズタにされた見るも無惨な死体を検死したところ、牙の傷跡がサメのそれと同じだったそうだ」


「えー、湖にサメがぁ……?」


「うむ。どうやらそういうことらしい。事の経緯を説明しよう」


 そういってサイゾウは抱えていた書類を開く。

 彼が持っていた大量の書類は、事件の詳細が書かれているレポートだったのか。


「事件の舞台は王都を出て徒歩で4時間、車で1時間ほどの距離にあるウルル湖だ。この湖には、血生臭い伝説が残っていることでも有名でな……」


「伝説?」


「何百年も前、ウルル湖で悪魔を召喚する儀式が執り行われた。悪魔崇拝をしていたカルト教団が、生贄いけにえを使って悪魔を呼び出そうとしたんだ」


「うわぁ……ガチでヤバイ奴じゃないですか」

「…………!(ぶるぶる)」


「崇拝者は生贄として信者から7人の少年少女を集めた。そして満月の夜、彼らの首を切ってその血を湖に流し込み、生贄として悪魔に捧げたんだ」


「……ごくり」


「湖は真っ赤に染まり、赤い水面に白い満月の姿が映り込む。やがて月影は蒼白の恐ろしい悪魔の顔に変わって崇拝者たちに語りかけてきた。『汝らは何を望む』とな」


「儀式は成功した?」


「そう、儀式は成功したかに見えた。だがその時だった。生贄に捧げられていた少年のうち一人が、手にした石を水面に投げ入れたんだ」


「え、生贄にされてたんじゃ?」

「…………?(かしげっ)」


「実は彼は信者ではなく、儀式の数合わせに誘拐された漁師の息子だった。彼は懐に魚の浮袋に入れた鶏の血を用意し、それを撒き散らして死んだふりをしていたんだ」


 そこまでいって、サイゾウは突然静かになった。

 ん? とおもった俺とマリアが耳をすませていると――


「ギャアアアアアア!!!!!」

「わっ!!」

「……………!!(ビクッ)」


「水の中から絶叫が上がる。悪魔は少年が投げた石で片目を潰された!!」


「おどかさないでくださいよ!」


「悪い悪い。これはこの怪談のお約束みたいなもんでな」


「怪談って言っちゃったよ」

「…………!!(ぷんすこ!)」


 何がそんなにおもしろかったのか、サイゾウはケラケラと笑う。

 ちょっとイラっときた。


「しかし、儀式で呼び出されたうえに石をぶつけられるとか、ちょっと不憫だね」

「…………(こくこく)」


「こうして少年の勇気によって儀式は台無しになった。悪魔は怒り狂い、崇拝者を血祭りにあげるとこう言った――」


<<儀式を完全なものとするまで、お前たちから終わりを取り上げる。その血をもって汝らは永遠に苦しみ続けるであろう>>


「こうして生贄に捧げられた6人の少年少女は呪いを受けた。彼らは今も満月の夜に7人目の生贄を探している……って話だ。」


「6人の少年少女は完全にとばっちりじゃないですか」


「いうて悪魔崇拝者だからなぁ……まぁ昔話だし、そう目くじらを立てるな」


「で、その若者たちは、なんでそんなとこでキャンプを……?」


「そりゃお前、若い男女がキャンプで人気のない湖、それも恐ろしい伝説のある場所ときたら、やることは決まってるだろ?」


 あー……ホラー映画のカップル枠がよくやってるやつ?


「アレですねアレ。怪談して盛り上げて、怖いから眠れないのーみたいな」


「おう。キャー! 怖ーい! なんて言って、テントの中でくっつくためよ。チッ、死ねばいいのに……おっともう死んでたな」


「さすがに不謹慎にもほどがありますよ、サイゾウさん」


「おっとスマン。だが俺の正義の心が怒りを抑えきれなくてな」


「ただの嫉妬しっとじゃないですか……それにしても、伝説とサメに何の関係が?」


「さっぱりだな。伝説の中にサメなんか出てこねぇし、そもそも現場は湖だ」


 どうして遍歴の騎士はこんなネタに首を突っ込んだんだろう。

 サメとかなんとか、恐怖よりもうさん臭さがまさる。

 まぁ、たしかにサメ映画を見るためにはある種の勇気が必要だけど……。


「ふーむ……悪魔召喚、そしてサメ……デビルサメ男でもいたんですかね?」


「そんな頭の悪い名前のモンスターがいてたまるか」


「ですよねー」


◆◇◆


※作者コメント※

夏といえばホラー。

サメは怖い。ゆえにホラーである。QED、証明完了。

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