ランクアップ!!

 ――それから数日後。俺とマリアは冒険者ギルドの一室にいた。

 ランクアップの手続きのためだ。


 冒険者ランクが上がると、色々とやることがあるらしい。

 といっても、書類の更新なんかはギルドの人がやってくれる。

 俺たちができるのは、ただ待ち続けることだけだ。


『サイゾウさん、まだかな~?』


『タグを渡してから1時間か。けっこー待つねー……』


 俺とマリアはギルドのバックヤード――

 つまり、武器倉庫になっている例の場所で待ちぼうけをくらっていた。


 ランクが上がるということは、冒険者証の更新も必要になる。

 俺とマリアは冒険者証をサイゾウに渡して、それからずっと待っていた。


 俺とマリアは倉庫にあった木箱に腰を下ろし、何をするでもなくじっとしている。


 タグが人質に取られた今、勝手に帰るわけにもいかない。

 身分証を取り上げられてるのと同じだからね。


「首元がさびしくて、どうにも落ち着かないな……」


 そわそわしながら待ってると、やっとサイゾウが帰ってきた。

 大量の書類を抱えている様子から察すると、仕事がたて込んでいたようだ。

 ちょっとイヤな予感がする……。


「よお。そろそろこいつが恋しくなってきたころじゃないか?」


 サイゾウは冗談めかしてタグを返してきた。

 刻印されている星のマークは、たしかに「★★☆☆☆」となっていた。

 これで俺たちも★2冒険者かぁ……。


「これでお前たちは初心者卒業だ。おめでとさん」


「ありがとうございます」

「…………!(にぱっ!)」


 手元に帰ってきたタグに首を通すと、マリアは誇らしげな表情を向けてくる。

 丸いほっぺを膨らませ、腰に手をあてて「ふっふん」と胸を反らす。

 そんな小さな英雄をみていると、俺の頬も自然と持ち上がり、笑みをつくった。


『や、頑張った甲斐があったね』

『うん!』


「しかしまぁ、こんな短期間で★2になるとはなー」


「僕たちが冒険者になってから、何日くらいたってましたっけ?」


「ひぃ、ふぅ……8日くらいか? 異常な早さだな」


「記録的ってことですか」


「あんまり図に乗るなよ? ってこともあんま言えねぇんだよなぁ……」


 サイゾウは乾いた笑いを見せる。

 俺たちのやったことを褒める前に呆れているのだろう。


「★1冒険者が吸血鬼をブッ倒したコトは、まぁ……ないこともない。だが、たった1日のうちに、レブナントと上級吸血鬼を相手にしたってのは聞いたことねぇ」


「はぁ」


「フツーだったら、もうちっとまともなウソをつけと笑い飛ばすとこなんだが……。街の名士のミア女史のお墨付きだからな。文句どころか屁もでねぇ」


「…………!(ふふん!)」


「僕らのことを疑われても、本当ですとしか……」


「あぁ。そりゃ疑ってない。証拠品ってことで提出された吸血鬼の遺灰も本物だったしな。俺が疑ってるのは、お前ら自体のことよ」


「え”?」


「どうやったらこんなヤベェ連中とばっかり顔を合わせられるんだ? お前らはモンスターを呼び寄せる星の下にでも生まれたのか……?」


「…………(ぶんぶん!)」


「そしたらもう、才能としか説明がつかんな」


「あんま嬉しくない才能ですね……偶然であることを祈ります」


「さて、晴れて★2冒険者になったわけだが……これから何が変わるか説明するぞ」


「あっ、はい! お願いします。」


 俺とマリアは木箱の上に座り直す。俺たちが聞く姿勢を取ると、サイゾウは先生のように「オホン」とわざとらしく咳払いをした。


「★1冒険者から★2冒険者になると、依頼をこなす場所が変わっていくんだ。★2の依頼ってのは、たいてい街の外で起きている問題の解決になるからな」


「えぇ、ワルターさんからも聞きました。★2の依頼は数日かかることもあるとか」


「その通りだ。★2の依頼は街の外になるから、予定外の戦闘も起きる。野盗や野生のモンスターと遭遇することもあるから、依頼の他の危険もある」


「面倒くさそうですね……」


「だもんで、大抵の冒険者は★1で止まっちまうモンなのよ。街の中でコツコツやってりゃ、少なくともその日の酒にはありつけるからな」


「外で活動するとなると、色々必要なものも増えそうですね?」


「おうともよ。野営に使う道具や食料なんかは当然必須になる。雨具や防寒具なんかの衣類、それにトラップツールなんかも必要になってくるぞ」


「トラップツール?」


「簡単に言うと、鳴子なるこなんかだ。足を引っ掛けると大きな音を立てて、獣や不審者を追っ払うのに使う。寝首をかかれたくないだろ?」


「外の治安、けっこう悪いんですね……」


「これでもマシになったほうだぞ? 〝ゲンダイヘイキ〟がやってきてから、街道はショットガン持ったバイク兵が巡回するようになったからな」


「それでも間に合ってない、と?」


「あぁ。『ステルス』や『忍び足』なんかの特化したスキルを持つ連中には、巡回もあまり意味がない。アマチュアが減って、かえって危険性が増したとも言えるな」


「OH……」


「我が冒険者ギルドでは、そんな外の危険にも対応した<冒険者セット>を販売しているぞ! いまなら初心者にもお求めやすい価格で提供中だ!!」


「ただのセールスじゃないですか!!」


「そうはいうがな。中身はちゃんとしてるぞ?」


「え~、ほんとですかぁ~?」

「…………(じーっ)」


「基本の冒険者セットは、背負い袋と松明に火口箱。あとロープとナイフに水筒だ」


「地味だけどわりと真面目だ……」


「これから夏になるから防寒着は必要ないが、テントと毛布くらいは持っておいたほうがいいな。毛布は荷物を運ぶのにも使えるしな」


「なるほど。あ、ひとつ質問いいですか?」


「なんだ?」


「冒険者ギルドで旅慣れした冒険者を紹介してもらうことってできませんか?」


「うーむ……それは構わんが、お前さんの目的が目的だしなぁ……」


「え、何かマズイんですか」


「そりゃそうだろ。お前さんは帝国人の奴隷を王国の外に移住させようとして★5を目指しているんだろ? 帝国人をまだ良く思ってないやつは多いし、★5を目指すような冒険者は野心家でクセ者ぞろいだ。とてもオススメできんね」


「あー……なるほど。心に留めておきます」


「★5を目指すような冒険者は依頼を成功させるためには仲間を裏切るようなことも平然でやってのける。そんな輩をお前さんにはあてがえん」


「あれ、ひょっとして心配してくれてます?」


「図に乗んな。ただ単にクズにエサを与えたくねぇだけだ」


「…………(ふんす!)」


「ま、仲間がほしいならシルニア人以外を探したほうがいいだろうな。王都の冒険者じゃあまり期待できん。なにしろ壁の内側にトラブルが有りすぎるからな」


「辺境とか、村々で探したほうがいいんでしょうか」


「もっと身近な連中を当たってみるのもいいかもしれん。たまにとんでもない経歴の持ち主がスラムにいたりするからな」


「ランスロットさんみたいな?」


「あんなジジイが帝国にもいたら、とっくにウチは滅んでるわ」


「……たしかに」


「ともかく、★2は壁の外に行く機会が多い。外で出会った同業者と協力したりするなんてこともあるし、当座は自分たちの力で進めるのがオススメだ」


「★2からが本当の冒険者。そういっても過言ではなさそうですね」


「冒険者らしく、冒険を求めるならこれからが本番だな。――さて、本題に入るか。今回の依頼は……うん、実に冒険的な依頼だ。」


「ほうほう」


「依頼主は、いまどき珍しい遍歴へんれきの騎士様だ。マジモンの騎士ってまだ絶滅してなかったんだな」


「騎士……ランスロットさんみたいな?」


「いや、マジモンの騎士ってのは、ランスロットみたいな騎士とはちょっと意味が違うんだ。なんて言ったらいいかな……」


「?」


「シルニアの騎士ってのは、あくまでも重装騎兵なんだよ。人馬ともに甲冑に身を包み、突撃をもって敵の戦列を粉砕する……いってみれば兵器にすぎない」


「え、騎士ってそういうものじゃないんですか?」


「それがちがうのよ。依頼主はブリタニアから来た騎士でな。ブリタニアの騎士ってのは、聖遺物を求めて各地を巡礼しながら旅をしている。そんでもって、旅の果てに死んで、聖人として列せられることが人生の目標って連中だ」


「え、え???? 死ぬために旅をしてるってことですか?」


「そういうこったな」


「うわぁ……気合入ってますね」

「…………(うえー)」


「その騎士も例にれず、何かと奇癖きへきで有名でな。三階のベランダから飛び降りたとか、燃える石炭の上を歩いたとか……」


「ただのびっくり人間じゃないですか」

「…………(こくこく)」


「いや、聖人ってわりとそういうエピソード持ってるぞ。処刑で生きたまま焼かれてた時に『こっちはもう焼けたからひっくり返したら?』って言った奴とか、飢えた者に対して自分の頭を切りわけて渡した奴とかいるし……」


「こいつら人間じゃねぇって意味で聖人って名付けてます?」


「ともかく、当人が奇妙なら依頼も奇妙でな」


「もう聞くのが怖いんですけど、どういう内容ですか?」


「それがな――『我に真の勇気を与えよ』だそうだ。」


「――はぁ?」



◆◇◆



※作者コメント※

というわけで、箸休め的なサイドクエストの開始です!

ヘンテコ騎士の目的は一体…?

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