公衆浴場へ

「おぉ……」


 俺は公衆浴場を前にしてため息をついていた。

 これは……予想以上に立派な建物だ。


 浴場の建物は、切り出された石を積み上げて作られていた。

 その堅牢さは風呂というよりは、城壁といったほうがふさわしく見える。


 この建物は何世紀にもわたって風雨にさらされてきたのだろう。

 石材の角はとれ、雨だれが木枠から灰汁あくを出して表面を白くしている。


 しかし、窓枠や扉の装飾には、新しい時代の息吹が感じられた。


 真新しい窓のフレームは金属を草花の形に折り曲げたもので、サビひとつ無い。

 そして入口に掲げられているレリーフは、神話の生物、ドラゴンと対峙した勇者が剣を振り上げている姿が描かれていた。


 ふむ、何か特別な雰囲気がある。

 この公衆浴場に由来のある人物なのだろうか?


 扉を開けて中に入ると、すぐさま威勢の良い声をかけられた。


「いらっしゃい!!」


 タオルをもって駆け寄ってきたのは、小太りの商人風の男だ。

 さすがプロというべきか、俺とマリアの惨状にも眉ひとつ動かさない。


「すみません、これを」


「はいはい……たしかに。個室にご案内します。こちらへ――」


 サイゾウから受け取った木の小札を渡すと、彼はすぐに俺たちを案内した。

 話がはやくて助かる。


 中を歩いてみると、公衆浴場の内装は現代風だ。

 浴場には水道の蛇口、シャワー、そしてシンクもある。

 現代とちがうのは、プラスチック製品が見当たらないことくらいかな?


「この浴場の設備って、転移者が関係してるんですか?」


「へい。ウチは転移者が設計した老舗しにせですんで。こちらです」


 店員は俺たちをとあるドアの前まで送り届けた。

 ここが個室らしい。


「ここです。足らないものがあったら、言いつけてください。おしものは洗濯せんたくしますので、中にあるカゴに入れてお出しください」


「どうも!」

「…………!(こくこく)」


 ドアを開けるとそこは、六角形の形をした部屋だった。

 部屋の床と壁はカラフルなタイルが張られていて、モザイク画になっている。

 中央には一段高いステップがあり、腰の高さくらいの低い円柱の壁がある。


 中には湯気を上げるお湯が満たされて、水面に花びらと薬草が浮いていた。

 おぉ……ゴージャス!!

 いや、うん。それはいいんだけどさ、個室なんだよね?

 この部屋、お風呂が一個しかありませんよ?


「あれ、お風呂って個室なんじゃ?」


「なにいってんだい。ちゃんと個室じゃないか」


「何、なん、ホワット……?」


 ルネとイゾルデさんからアホか? みたいな冷たい視線を向けられる。

 あっ、なんか変な気分になりそう……っていうか、なんですと?


「ほら、脱いだ脱いだ。着てるものは全部洗濯せんたくに回すよ」

「…………(こくこく)」

「えぇぇぇぇ!!」


 クソ! そういうことか!

 個室っていうか、これじゃ家族風呂じゃねーか!


 ルネさんとイゾルダさんは俺の前で服を脱ぎ、肢体を露わにしていく。

 さすが異世界、文化がちがーう! 主に貞操観念が!!


 あ、マリアが綿鎧アクトンの前に手をかけた!

 まずい、これは色々とヤバイぞ!!!!!



<カポーン>


 俺は浴場にある天窓から見える暗青色の空を眺めていた。

 夜が深まるにつれ、浴場からの光が周囲を柔らかく照らし出す。

 星々が空に輝き、月が静かにその光を室内に注いでいた。


 俺は浴槽に背を向け、薬草の束で背中をこすっている。

 うむ、ちょっと気に入ったかも。

 いい香りがするし、けっこう痛気持ちいいぞコレ。


「マリアちゃん、ひょっとして彼って修行中の僧だったりした?」

「…………(ふるふる)」

「じゃー入ればいいのに。お風呂に来て入らないなんて、体冷えるわよ」


「…………(かしげっ)」


 マリアは手のひらを広げると、その下に握りこぶしをくぐらせた。

 彼女はきっと「隠す」と言いたいのだろう。


「あ、それはいい案かもね」

「なるほどね……イゾルデ、アレを使ってみたら?」

「おっけー、ルネとマリアちゃんも手伝って!」

「…………!(こくこく)」


 俺の後ろで女性陣が何かしている。


 うーむ……気になる。

 だけど、あっちに視線を向けるわけには行かないし、入浴中だからクアンタム・ハーモナイザーも外している。いったい何を始めたんだろう?


「よーし、ジローくんには、こんなもんでいいかな?」

「上出来じゃないかしら」

「…………!(ぱちぱち)」


「ほら、ジローくん、こっち見なさい!」


「え~……?」


 俺はタオルを抑えながらゆっくり振りかえった。


 すると、浴槽の水の上が花びらと薬草で満たされていた。花びらと葉っぱは水面を埋め尽くすようにびっしりと浮いているので、水中の様子を見ることは出来ない。


 あ、なるほど。


「これなら恥ずかしくないでしょ?」

「カゼひかれても困るから、早くあったまんなさい」

「は、はい!」


 俺はせかされるままにして湯船に入った。

 おぉ……湯船は満たされた花びらと薬草ですごい良い匂いがする。


 水面をおどる花びらの形はバラに似ている。その香りは甘く優しい。

 しかし芳香剤にありがちな、嗅いでるうちに鼻が疲れるくどい感じがない。


「ふーっ……」


 俺は湯船に使って息を吐いた。

 しかしいざ落ち着いてみると、これはこれで……股間に悪い。

 ルネとイゾルデ。彼女たちはそれぞれ水面に2つの曲線を描いている。

 ちなみに曲線はイゾルデさんの方が大きかった。


「……!」


 ルネさんが水面を泳ぐようにこちらに来る。

 しめった金髪が顔に張り付き、頬は上気して薄桃色に染まっている。

 そして、彼女はその細い手を僕の肩に回した。

 おおおおおお!? なんてだだ大胆な、いけませんよ……?!


「――さて、捕まえたことだし、ガツンと洗っていきましょうか」

あかすり棒もあるよー」

「…………!(ふんす!!)」


 シャンプーブラシを構えたイゾルデさんが笑う。

 マリアも両手に真鍮しんちゅう製の垢すり棒を持って鼻息を荒くしている。

 それ、どう見ても拷問用の道具にしか見えないんですが?


「きゃー!」


「女の子みたいな声あげないの! さ、我慢なさい!」



◆◇◆



※作者コメント※

アニメ等と違って文字媒体では「何の光ィ?!」ができないのがつらいぜ

次話より第一章のラストシナリオ開始です。よろしくです!



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