考えはめぐり、めまいに落ちる


「クソッ!」


 アインは握りしめた拳を粗末そまつなテーブルの上にたたきつける。

 すると風でロウソクの炎がゆれ、部屋の木の壁でふたつの影が踊った。


 この部屋には、アインの他にもうひとり、何者かがいた。

 彼は影の中に身を潜め、その顔は闇のなかにあって見ることができない。


「……こうむった損害は少なくありません。だが、十分取り戻せます」


 優しげで落ち着いた声が闇の中から滑り出る。

 しかし音は届いても、その内容はアインの耳に届かなかった。


「あいつは追放された無能だと聞いていた……話が違ェじゃねぇか!!」


「最初は確かに無能でした。しかし、スキルは成長するものです」


「ハッ、成長で銃弾が弾けるようになるのか? 適当も大概にしろ!」


「ウソではありません。いくつかの防御スキルは銃弾を防ぐことも可能です。スキルを育てたことがない、今の世代にはあまり知られていませんが」


「クソ老いぼれが……知ってるならどうするかを教えやがれ! 銃の効かねぇバケモノみてぇなスキル持ちをなンとかできる方法はねぇのか!」


「無いわけではありません。しかし〝カガクヘイキ〟をスラムとはいえ市街地で使用するのは危険すぎる。帝国の街ならまだしも、ここは王都ですので」


「チッ、放っておくしかねぇっていうのか……」


「追放された転移者は厄介ですが、しょせんは一人。個人に大きな波を起こすことはできません。貴公のような『人を使う』才能がある人間でなければ」


「へへ……わかってるさ。俺は帝国の遺志を継いで帝国を復活させるんだ」


「その意気です。そうでなくては、あなたを選んだ意味がありません」


「だがよ……なんであんたみたいな王国の人間が、王国を裏切って帝国人の俺たちに手を貸すンだ?」


「今の王国の姿に全ての民が納得しているわけではないからです。たしかに転移者がもたらしたものはこの世界を大きく変えましたが、すべてが良い方向にむかっているわけではない。修正が必要です」


「同感だ。あいつらのせいで俺の人生はメチャクチャになった……復讐してやる」


「それで何か、用立てるものはありますか? 可能な限り用意しますよ」


「そうだな……武器をもっとくれ。同志が増える予定がある。あとは銃士の軍服が欲しい。スラムで事を起こしたあと、逃走時の変装に使う」


「それなら問題ないでしょう。調達しておきます」


「へへ……。」


「それはもちろん。では失礼します」


 王国のエージェントはそういって音もなく部屋から姿を消した。

 それはまるで闇に溶けていくようだった。


「チッ、あれもスキルか? スキル、スキル……気にいらねぇ」


 アインは指を鳴らすと、彼の同志が部屋の中に入ってきた。

 エージェントと接触するため、人払いをしていたのだ。


「アイン、あれ……あいつはもう帰ったのか」


「あぁ。それで銃士隊の軍服が手に入るメドが立ったぜ」


「お、やったなアイン。これで反乱の後、変装して逃げることができる」


「――いや……変装は最初からやる」


「え、どういうことだ? スラムで反乱を起こすなら――」


「ハッ、まだお前はわかってなかったのか? 俺たちを支援している連中は、俺らを利用するつもりなンだよ。考えても見ろ……俺たちが銃をぶっ放して、エーテル回収車をひっくり返した程度で何になる?」


「それは……抵抗の狼煙のろしだ! まだスラムに帝国の旗の下戦うものがいるとわかれば、きっと一緒に武器を取るものが現れる!」


「甘いな。俺はスラムの長老のところに行ったよ。連中、バカみたいに手を振って、なんて言ったとおもう?」


「…………?」


「今なら食うには困らない。そのままでいい。ってな」


「な……ッ! 長老たちは、家畜と変わらぬ扱いを受け入れるというのか!」


「おい先短いジジイどもは、あの世に逃げ切るつもりなのさ。俺らが余計なことをしなけりゃ、平和な生活が続くんだとよ!」


「このまま王国の奴隷で良い、俺たちのことはジャマだっていうのか……」


「ここで問題だ。あいつら王国の支援者連中が考えてることがわかるか?」


「え? それは俺たちを支援して……王国の支配体制を転覆させるんだろ?」


「ちがうな。それは成功したときの話だ。失敗したときのことを考えてみろ」


「それは……俺たちが死ぬ」


「そうだ。スラムで抵抗の意志ある人間が死に絶え、長老たちのような従順な家畜かちくだけが生き残る。そうしてスラムの掃除を手土産にするつもりなのさ」


「なっ……」


「うまいこと考えたもんだぜ。どっちに転んでも損がねぇ……でもそんなことさせるもんか。俺は利用なんか――人に使われたりしねぇ。こっちが使ってやるんだ」


「それで……どうするつもりなんだアイン?」


「言ったろ? 俺たちは軍服を着て王国銃士になりすますんだ」


「ん? それでいったい何を――」


「スラムで長老たちを始末する。王国銃士の格好をしてスラムを焼くんだ」


「なっ……アイン、それではただの虐殺ぎゃくさつじゃないか!」


「バカ言ってんじゃねぇ! 戦う意志も無ぇ、ただちていくのを待っているだけの連中なんて、最初から死んでるも同じだろ?」


「だ、だが……」


「最初から死んでる人間を殺したって、誰も俺たちを責めたりしねぇさ。連中は革命のための最初の火になるんだ……名誉なことだ」


「……最初の火?」


「自分たちの命に危険が無いから、連中はとぼけていられるんだ。スラムの人間は、王国の都合が悪くなりゃいつでも殺される。それをわからせるンだ!」


「では……彼らの死を利用して、他のスラムを立ち上がらせようというのか?」


「そういうことだ。俺たちの支援者の計画を逆手に取るのさ」


「し、しかし、そんなことは……同族殺しなんて、国父が許さないだろう」


「ハッ、我らが偉大な国父だって、兄弟をけり落として帝位についてる。むしろよくやったとほめてくれるさ。――腹をくくれよ兄弟」


「……ッ!」


「俺たちの銃に弾は入ってる。後は引き金を引くだけだ」



◆◇◆



※作者コメント※

頼むジローくん、胸糞展開は回避してくれ…

ほんまコイツは!!!


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