食うか食われるか

 俺とマリアはあばら家に戻り、トンネルで起きたことをランスロットに報告した。


 スラムの地下にはりめぐらされたトンネルの中に吸血鬼がいて人々を襲っていた。

 このことを知った彼はとても驚いたようだった。


「何かがいるとは思っていましたが、まさか吸血鬼とは……」


「ヤツはスラムの奴隷を獲物にしてたんだと思います。奴隷は声を出せない。それに死んだとしても、王国の警備は調査なんかしない……」


「ジロー殿の推測は正しいと思います。スラムの人々が病気で亡くなるのは珍しくない。そのうちのいくつかは、吸血鬼が原因だったかもしれませんね」


「でも、どうやって入り込んだんだろう……こんな街の中なのに」


「姿を消すモンスターが相手では、街を囲む壁も投光器も役に立ちません。かつての王国騎士たちだったら、スキルで感づく者もいたでしょうが……」


「今の銃士隊では無理、か……。銃を使ってレベルを上げてもスキルは無い」


「まったくその通りです。銃士隊がそういう方針をとっているのも悪いことばかりではないのですが、今回は相手が悪かったですね」


「そうなんですか? 銃士隊って悪いことしかないと思ってた」

「…………(こくこく)」


「ハハ、銃士隊の質が低いことは確かです。ですが、彼らは質の低さを補ってあまりあるだけの数がいます。騎士になれるだけの強力なスキルを持つものは少ないのです。100人に1人、いやもっと少ないかもしれません」


「でも、銃士は銃が使えればいい。誰でもなれるってことですよね」


「そういうことです。スキルを持つものが倒れたら補充はなかなかできません。しかし銃士はそれとちがって、銃さえあればすぐに数を戻せる」


 いくら銃士を倒しても、工場が無事なかぎりキリがないってことか。

 帝国が戦争に負けたのも当然だな。


「星天騎士団を解散させた後、銃士隊は大規模なモンスター討伐を行いました。王国全土を対象にした大規模な討伐は、王国の歴史上初でした。」


「ランスロットさんもそれまで全土の討伐ってやったことなかったんですか?」


「えぇ。星天騎士団の規模ではとてもできません。当時の銃士隊は今の半分以下の数でしたが、それでも騎士団の百倍以上の勢力をほこっていたのです」


「ひゃ、百倍?! 具体的にはどれくらいの差があったんですか?」


「星天騎士団は最盛期で400騎ほど。従士や補助兵を加えても千人を越えません。しかし銃士隊は5万人以上の人員を抱えていました」


 えぇ……で、今は倍??

 じゃあ今は10万人以上いるってコト?

 増えスギィ!!!


「銃士隊は王国全土のモンスターを倒して回りました。その結果、地図に書き加えられないような寒村であっても、魔狼やゴブリンに怯えなくてもよくなったのです」


「それはたしかに、偉業といってもよさそうですね」


「えぇ、私たちにはできなかったことです。しかし――やりすぎたのでしょう」


「やりすぎた?」


「モンスターが狙う獲物は、人間だけではありません。例えば魔狼です。武装した人間を襲うより、ゴブリンをおそったほうが楽に腹を満たせる」


食物連鎖しょくもつれんさ……生態系?」


「おお、よくご存知ですね。さすがジロー殿は聡明そうめいで博識だ」


「いや、はは……それほどでも」

「…………?(かしげっ)」


 マリアは指で何かをつまむようなジェスチャーをして、首を傾げる。

 きっと『それは何?』かな?


「食物連鎖とは、魚が虫を食べ、魚が鳥に食べられ、鳥が人に食べられる。そうした連鎖のことです。これはモンスターにも存在する――ゴブリンがスライムを食べ、ゴブリンが魔狼に食われ、魔狼をグリフォンが狩る。そういった具合ですね」


「あ、でもそれが銃士隊の大規模討伐でハチャメチャになったから……」


「はい。モンスターの食物連鎖、生態系のバランスが崩れているのでしょう。ブラッドサッカーも人間を襲うより、ゴブリンの血を吸うほうが楽です。しかし――」


「吸血鬼の獲物となるモンスターは、王国の大規模討伐で荒野から姿を消してしまった。だから狩り場を街に変えた?」


「そういうことです。吸血鬼はまだいるかもしれませんね」


「うわぁ……すっごいあり得そう」

「…………(ぶるぶる)」


 その時だった、あばら家の扉が「ばんっ」と、大きな音を立てて開いた。

 それに驚き、俺とマリアはびくんと体をはねさせる。

 しかし、暗い家の中に入ってきたのは、吸血鬼ではなかった。


「おーい聞いたぞ小僧。早速やってくれたな」


「あっ、サイゾウさん! なんでここに?」


「ランスロットのジ……上長じょうちょうに言われてきたんだ。楽団がいるっていうから、うちの吟遊詩人のスキル持ちを何人か回そうと思ってな。そのついでに懐かしい顔を見に来たのよ」


 サイゾウはジジイっていいかけてごまかした。

 なるほど。心当たりってサイゾウさんだったのか。


「あのー、ペンナックの依頼なんですけど……色々ありまして?」


「その件については私からも説明しておいたわ。ペンナックがしてきた悪事と、証拠隠滅のために君たちを消そうとしたのも全て、ね」


「ルネさん!」

「…………!(わわっ)」


 サイゾウさんの後ろから、金髪を風に流したルネさんと、包帯を巻いた痛々しい姿のイゾルデさんが現れた。よかった。彼女たちが説明してくれたなら安心だ。


「あぁ。大体の話は彼女らから聞いた。ま、今回の件は不問だな」


「え、いいんですか? 何かペナルティがあるかと思ったのに」


「冒険者ギルドの依頼は基本先払いだからウチに損害は出てない。そもそもクレームを出す相手がじゃな。どうしろってんだ?」


「でもギルドの評判とか、大丈夫なんですか?」


「そんなもんが、あの酔っぱらい連中にあるとおもう?」


「アッ、ハイ」


「しかしヒドイ臭いね」


「うっ……実は――」


 俺はトンネルで吸血鬼退治をしたことをあらためて説明した。

 その話を聞いたサイゾウとルネさんたちは、とても驚いた様子だった。


 とくにサイゾウは顔色が良くない。

 吸血鬼に何か嫌な思い出でもあったのだろうか。


「お前ら……しれっとスゲーのを相手にしてるな」


「あなたたちって、もういっぱしのモンスタースレイヤーじゃない?」


「そうだな。ドブの臭いに血と灰の香り。まさしくモンスタースレイヤーだ。あとは密造酒が加わればカンペキだな」


「お酒は飲めないんで完成することはないですね」


「とにかくだ。これから会う人間すべての鼻を落として回るつもりじゃなかったら、さっさと風呂で泥を落としてこい。――ほれ。」


 俺はサイゾウから何かを手渡された。

 ふむ? 奇妙な形をした木の板だ。表面には穴と溝が掘られている。


「これは?」


「おれのとっておき。公衆浴場の回数券だ。しかも個室だぞ?」


「いいんですか?」


「あぁ、坊主は嬢ちゃんと泥を落としてこい。あと、そこの踊り子たちもな。血がついたままじゃ、踊りをみる客がビビり上がるぞ」


「あら、私たちもご相伴しょうばんにあずかっていいの?」


「かまわんはずだ。個室券は10人まで大丈夫だからな」


「お風呂……本当ですか! やった!」

「…………!(こくこく!)」


 マリアも泥のついた赤髪をふって喜んでいる。

 やった、やっとお風呂に入れるぞぅ!!



◆◇◆



※作者コメント※

タグにハーレムって書いてるのに一向にヒロインが増えなくてお風呂シーンがないとはけしからん! と、お怒りの声を頂いてる気がしたのでテコ入れ展開です。



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