マギーとあぶないお薬

「まったく、こんな所までよく来てくれた! 茶でもいれようか? それともハチミツ水か? いや、その年ならブドウをつぶしたヴェルジュイスがいいか? 背伸びをしてエールかラムというのも? おっと、蒸留酒は素材の分離に使うのでわけてやれないのだ。すまぬな」


 マギーは俺たちを扉の中に引き入れたかとおもうと、あたりをひっくり返しながらまくしたてた。まるで今まで一人きりで黙っていた時間を取り戻そうとしているようだ。俺たちを前にしてる限り、彼女の舌が乾く時間はないだろう。


「いや、おかまいなく。お酒は飲めないので、できればお酒以外で」

「…………(こくこく)」


「そうか!! ならばヴェルジュイスにしよう。白と赤があるがどちらが好みかな? 君たち人間なら赤かな? 春の花のように香り高いものから、夏の森のように猛々しいものまで揃えているぞ。個人的には白の旋律のような軽い舌触りも捨てがたいが」


 やたらとしゃべりまくるマギーだが、不思議なことに彼女のクチバシは発する単語の数に比べてあまり動いていない。彼女のような鳥の亜人は、人間と口の作りが違うのかもしれないな。


「えーっと、マギーさんのオススメでかまいません……」


「承知した。しばし待ってくれたまえ。おっと、好きな場所に腰をおろして構わないが、器具や道具に気をつけてくれよ。どれもデリケートなものなのでな」


「は、はぁ……」

「…………(こくこく)」


 彼女の一方的な会話に俺とマリアは完全に圧倒されてしまった。

 まったく、押しが強いっていうレベルじゃない。


 マギーは彼女の荷物の中をひっかきまわし、紫色のガラスの瓶と一緒に取り出した3つのタンブラーを部屋の中央にあった木のテーブルの上に並べた。


 次に彼女は、華奢な指先でガラス瓶のコルクを刺し、ポンと栓を抜く。

 よくよく見ると、彼女の指先には釘のような爪が生えている。

 鳥人である彼女の指の爪は人間のそれよりずっと大きく、頑丈そうだ。

 なるほど。これなら栓抜きがわりに使うのもわけはない。


「さて、我が故郷、ブリタニアのヴェルジュイスをご照覧あれ!」


 そう言ってマギーは仰々しく翼を広げるようにローブをひるがえすと、瓶を傾けて赤色の液体を木製のタンブラーに注ぎ入れた。するとなんということか、とくとくと流れる液体が空気にふれた瞬間、花の香りが周囲に広がり、濃厚なブドウの香りが俺たちのもとまで押し寄せてきた。


「わっ……!」

「…………!(ぱぁっ!)」


「ん~! 我がヴェルジュイスの香りはこんな陰鬱な墓所でもブリタニアの太陽を感じさせる。すばらしいとは思わんかね、冒険者くん!」


「ええ、すごいですね。って、これはマギーさんが?」


「うむ。錬金術師の道具はこういったものを作るのにも役立つのだよ。さあグイッといってみたまえ。そうそう、すこし口の中に空気をいれるのが楽しむコツだぞ」


 俺はマギーに勧められるままにヴェルジュイスを口にした。

 端的に感想を述べれば、ぶどうジュースLV100って感じだ。


 アルコールの入ってないただのジュースなのに、満開になった春の花を思わせるブドウの強い香りと、歯が浮き上がるほどの酸味で頭をガツンとやられる。


 うーん……こりゃすごいぞ。

 元の世界に持ち帰ったら、結構なお値段で売れるのでは……?


 マリアの方を見ると、彼女は両手でタンブラーを持ち、リスのようにちびちびとやっている。しかしそれでも口をつけるたびにマリアは目をしぱしぱさせていた。


「ハハ、いい気付けになっただろう?」


「は、はい……。それでマギーさんはここで何を? 解剖学者アナトミストと聞いていましたが、依頼のために、より詳しいことを教えていただけますか?」


「ふむ。では説明しよう!」


 彼女はローブの上からでもわかるほどに豊かな胸を張った。

 鳥だけにハト胸なんだろうか。


「我らのような解剖学者アナトミストは、この地上に存在する生物を解剖し、彼らの生を調べることが仕事だ。生物には動物だけでなくモンスターも含まれる。彼らの生を調べるということは、エーテルの利用方を調べるということなのだ」


「エーテルの利用方?」


「うむ。例えば鳥だ。小さき鳥は自らの翼で空を飛ぶが、戦鷹、グレートウォーホークは違う。彼らの体躯はライオンほどもあり、筋骨と比すると翼の生み出す浮力はあまりにも弱い。にも関わらず、彼らが空を飛べるのは、エーテルを利用して風を身にまとい、風の筒の中を弾丸のように滑り出しているからなのだ」


 へぇ……エーテルを操作して空をとぶ鳥か。

 異世界だけあって、何でもありだなー。


「この戦鷹のエーテル利用方は、ブリタニアの兵器に利用されている。槍を発射するバリスタという攻城兵器があるのだが、台座にこの原理を応用して槍を加速させることでバリスタの射程は従来の4倍、4600Mに向上した」


「4600めーとるぅ?!」

「…………!(ぎょっ!)」


「実際にはそれ以上飛ぶのだが、それ以上の距離は地平線の向こうになって着弾地点が観測できんのだ。まぁ、私たちの仕事の一端をこれで理解したかな?」


「はい。ムチャクチャ重要なお仕事ですね……」


「うむ。シルニアの〝ゲンダイヘイキ〟には遠く及ばぬがな……」


「だけど物によっては匹敵するものもあるはず。今回の依頼もそうしたものでは?」


「鋭いな。その若さで依頼を任されるわけだ。このブロークン・ニー古墳を住処すみかとする『ドラウグル』だが……。彼らがどうやって当時の肉体のまま、現世にとどまり続けられているのかを解明したいのだ」


「それについては依頼の前に説明を受けました。ドラゴンがなんとかって……」


「さよう。ドラウグルのもととなった部族にはドラゴンを信仰していた形跡があり、彼らの不死性は、ドラゴンのエーテル操作に由来している可能性があるのだ」


「ドラゴンがアンデッドのもとになったと?」


「我ら死すべき定めにある定命の者と違い、ドラゴンは桁外れに長命で不死身とすら言われている。ドラゴンがドラウグルの信仰を集めたのはその不死性が理由だ。ゾンビやスケルトンといったアンデッドと異なり、ドラウグルは生前の姿を色濃く遺している。この違いは彼らが信仰していたドラゴンに由来する可能性があるのだ」


「なるほど」


伝説ドラゴンを倒し、解剖して調べることは不可能に近い。だが、その影響を受けた者たちならば……というわけだ。この調査の価値がわかるだろう?」


「僕には複製コピーの複製を調べる、みたいな話に聞こえますが? 本当に利用できるんでしょうか。もし利用できたとしても、彼らのようにアンデッドになってしまっては……」


「…………(こくこく)」


「うむ。当然の懸念だ。ゆえに、我々はこうした技法を用いる。『シーラム』だ。」


 そういってマギーは懐から小さなガラスの筒を取り出した。

 ガラスは黒色のろうで栓がされ、中には乳白クリーム色の液体が入っている。

 なんとも怪しげだ。


「シーラム? なんですそれ?」


「シーラムの素材は、とあるスライムに由来している。そのスライムは自身の肉体を変性させて、他者のエーテル操作を模倣し利用することができる。しかし、スライムの模倣は特定の毒による刺激に弱くてな。毒にふれると模倣を中断してしまう。この意味がわかるかな?」


「まさか……そのスライムにドラウグルのエーテル操作を模倣をさせる。そして危険と判断したら毒を入れて中断させる、ってところですか?」


「その通りだ。それに、シーラムの利用方は観察の他にもうひとつある。シーラムを飲み込むことで、対象のエーテル操作を実際に体験することができるのだ」


「それってかなりあぶないお薬なんじゃ……」


「無論、危険はともなう。しかしこれ以外にエーテルの操作を人の体で安全に実験する方法はない。この手法が発明される以前のことを聞きたいか?」


「いえ、やめておきます」


「懸命な判断だ」


「マギーさんたち解剖学者アナトミストの仕事についてはわかりました。

 次は依頼について、ドラウグルの捕獲の詳細をお願いできますか」


「うむ、では計画について説明を始めよう。こっちに来てくれ」


 そういってマギーはマスクをつけ直すと、部屋の奥――

 古墳の入口を指さした。



◆◇◆



※作者コメント※

ジャークシャークといい、この異世界の学者連中、なかなかマッド揃い……


あ、4600メートルのくだりは現地単位を翻訳した感じです。平均的な160~170センチの人間が立っている状態で観測できる限界距離(要は地平線までの距離)が4600メートル程度です。


4倍の根拠は4~5世紀の著書「De rebus bellicis」(戦争の諸事について)に登場する巨大なバリスタが元になってます。射程は大体1000Mほどだったそうですが、恐らくこれは著者の空想と思われます。この書物の内容が、ローマ帝国が危険に備えるにはこうした兵器が必要だよ、というものなので……。

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