ドラウグル捕獲作戦

 マギーが案内した古墳の入口は、重そうな石の扉で封印されていた。石の扉は自然石をそのまま使ったようなシロモノで、ごつごつとしているが継ぎ目ひとつない。


 古墳の中に入る方法は、彼女のやった方法しかないだろう。

 つまり、ツルハシでコツコツと扉を掘って穴を開けるというものだ。


「この穴はマギーさんが?」


「あぁ。3日かけてようやく女子供が入れそうな穴を開けられた。まったく骨が折れたよ。鋼鉄のツルハシが5本も折れた」


「本当に石なのか疑わしいですね……。中の様子は?」


「あまり多くは知らない。穴を開けて、最初の部屋をすこし眺めただけで戻ってきたからな。古墳と聞いて棺が並んだ墓所を想像するだろうが、テーブルの上に食器や水さしが並び、まるで貴族の家のようになっていた。古墳を作った者たちは、ドラウグルが死後の生活に困らないようにしたのだろう」


「……日用品が? アンデッドなのに?」

「…………?(かしげっ?)」


「うむ。痕跡から推測するに、ドラウグルは生物としての機能を完全に失ってはいないようだ。とはいえ食事の必要性は極めて低いようだがね。皿の上には沼で狩ったと思しき奇怪なトカゲや魚の切り身が並んでいたが、どれも干からびていた」


「ドラウグルは沼地を出歩いていた? この扉が最近開いた様子は無いですが……」


 目の前の石の扉は、上はクモの巣で覆われ、下はツタが這い回っている。

 一度でも扉が開いたなら、引きちぎられたツタが残るはずだ。

 しかし、そうした痕跡はない。


「おおかた別の出入口があるのだろう。部外者には見つけられない性質のものがな」


「なるほど」


「話がそれたな……作戦について説明しよう。といっても単純明快だ。君たちはこの穴から古墳の中に入り、ドラウグルを無力化してここまで持ち帰ることだ。それにはこれらの道具を使用する」


 そういってマギーさんは俺たちにあるものを手渡した。

 キラキラ光る白い糸で編まれた投網ネットと、ガラスの鞘に入った銀の短剣だ。


「この網を使ってドラウグルの動きを鈍らせ、短剣でマヒさせるのだ」


「なるほど?」


 網はともかく、銀の短剣は奇妙なつくりをしている。剣身の背中に毛が植えられて、ハケのようになっていたのだ。


 鞘から引き抜いてみると、ガラスとこすれた短剣は風鈴のような音をさせた。


 見慣れないものを前にして、俺はマリアと二人して小首をかしげる。

 何気なくハケを触ろうとしたら、マギーさんが鋭い声を飛ばした。


「ダメだ、ハケにさわるな!」


「えっ?!」

「…………!(ぎょっ)」


「すまん、それが何かは今から説明する。」


「は、はい」


「まず網だが、この網に使われている糸は、死錠しじょうの異名を持つデッドロックスパイダーのものだ。ヤツは鳥や鹿、たまにヒトを捕らえる大型のクモでな。吐き出すシルクをは麻や絹よりずっと頑丈で、ノコギリでもなければまるで刃が通らないというシロモノだ」


「ひ、人喰いクモの糸を使った網ですか……」

「…………!(ぎょっ!)」


「うむ。死錠は糸で獲物を捕まえると毒を使って麻痺させる。その後、生きたまま消化液を注入してドロドロになった中身を吸うのだが……。短剣にはそのマヒ毒が仕込まれている。斬りつけると同時に毒を送り込むから、自分の手を切らないようにな」


「ひぇっ!」

「…………!(ぶるぶる!)」


 そんな危ないものなら、せめて説明してから渡してよ!!

 うっかり触るところだったよ!!


「しかし、本当にドラウグルに毒が効くんですかね。アンデッドですよね?」


「かなり高い確率で効くはずだ。なにせ、死錠の毒はゾンビにも効果があるからな」


「ゾンビにも? どういうことです?」

「…………?(かしげっ?)」


「死錠の毒は獲物の筋肉に作用してまるで使い物にならなくするのだ。まだ全ての※機序を解明したわけではないが、その毒は生き物の体をただの肉にしてしまう。例え腐っていようと、血肉を持つものが相手なら効果があるはずだ」


※機序:物事の成り立ちや動きに背景にある仕組み。メカニズムのこと。


「こ、怖すぎるんですが」

「…………(こくこく)」


「ゆえにそれを扱える者……君たちのような熟達した冒険者が必要なのだ。私は学者であって戦士ではないからな。正直扱える気がしないのだ」


「いい感じな風にいってますけど……。それって結局、自分で使うのは危なくてイヤだから、他人に任せるってことじゃないですか!!!」


「そ、そうともいう。その分、君たちへの報酬は弾ませてもらうぞ!」


「うーん……」


『嫌な予感しかしない……。マリア、創造魔法で「なんでも治療薬」を出しておくから、いつでも使えるようにしておくようにね』


『う、うん。』


「……仕方ない。他に方法も思いつきませんし、とりあえず試してみますか」


「その意気だ!」


 調子いいなぁ、もう……。


「邪な心とはうらはらにドラウグルは勇敢だ。……幸運を祈るぞ」


 俺は異形の短剣をガラスの鞘に戻すと、網を穴の中に滑り込ませた。

 滑らかなクモ糸は、石の床のでこぼこをものともせずつるっと入っていった。


 これでドレスを作ったら相当な値打ちものになりそうだな。


 仕事に必要な道具を中に入れた俺は、地面に腹ばいになって穴を見る。

 だが、肉眼では真っ暗で何も見えない。


 ヘルメットでスキャンすると穴の先はかなり広い空間になっているのがわかった。 

 マギーの言う通り、テーブルや椅子といった家具も見える。

 ブロークン・ニー古墳は、墓というよりも死せる者たちの住居なのだろう。


 俺はスポンジのような柔らかい苔をこすり取りながら、穴の中に体を送り込んだ。



◆◇◆


※作者コメント※

モンスターを利用した武具は異世界のロマン。

それにしてもなかなか危険なものを持ってんなぁ……。

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