作戦開始

「なんとか追い払えましたけど、何だったんですかね」


「はぁ、こっちが聞きたいよ。そこら辺の地面ボコボコにしてくれちゃって」


 舞台の周囲には、転移者との戦いの爪痕つめあとが生々しく残っていた。


 転移者のスキルで作られた土の槍は、俺が先端を斬り落とした。

 それでもまだ、土の塊はヒザや腰あたりにくるほどの高さが残っている。

 土をならさないかぎり、舞台に客をいれることはできないだろう。


「イゾルデは舞台の準備を続けて。土をならすのは私がやるわ。力のいる作業なら、ゴーレムの私のほうが向いてるでしょう?」


「そーね。時間がないからちゃっちゃと片付けないと」


「僕も手伝います」

「…………(こくり)」


「あら、そちらの仕事はもう良かったの?」


 すきをかつぎ、土の槍を砕いていたルネさんが手をとめた。

 重そうな農具を軽々と振ってるのをみると、やっぱりゴーレムなんだなぁ。


「問題ないと思います。子どもたちを誘うことができました」


「なら、後は実行するのみね」


「そうですね……」


 あとは給食計画を実行するだけだけど……不安だな。アインたちがジャマする可能性もあるし、さっきの転移者がまた仲間を連れて戻ってくる可能性もある。

 安全のことも考えて、ルネさんとイゾルデさんには「アレ」をわたしておくか。


「あの、すみません、お二人に渡したいものがあるんですが」


「あらら、プレゼントってこと~?」


「い、いえ、そういうわけでは……とりあえずどうぞ」


「それは――ベルト? 雪みたいに真っ白ね」


「このベルトは、僕の創造魔法で出せる道具のひとつで『シールドベルト』といいます。バックルについているボタンを押すと、銃弾や爆発を防ぐ光の泡が出ます」


「なるほどね。ゼペットのアトリエでペンナックと戦ったときのことを思い出したわ。ヤツが投げた爆弾を防いだスキルの正体は、このベルトだったのね」


「はい。何かあったときの保険としてお二人に持っておいてほしいんです」


「なるほど……イゾルデは肌身はなさず着けておいたほうが良いかもしれないわね。貴方ってよく敵を作るタイプだから」


「ルネに言われたないんだけど?」


「ただそのベルトにはひとつ注意点があります。飛んでくる弓矢や銃弾は防げるんですが、手に持って振り回しているナイフや刀剣は防いでくれないみたいです」


「つまり、ビンやレンガを投げてくる酔っぱらいからは身を守れるけど、舞台にあがって殴りかかってくる客からは身を守れないと」


「えっと……冗談ですよね?」


「あら、この手の商売ではよくあることよ。実際、ペンナックの酒場には用心棒がいたでしょ?」


「あっ、そういえば」


「ま、今回は酒が出ないし、楽団も荒事に慣れた冒険者だから大丈夫でしょ」


「そうありたいわね。ま、イゾルデの予想ってよく外れるんだけど」


「ひっどいなー」


「もし夜に何かトラブルがあったら、できるだけ早く駆けつけます」


「そっちにはそっちの仕事があるでしょ? 持ち場を離れちゃダメよ」


「……。」


「でも、ありがとう。こっちの手に負えないことがあったら連絡するわ」


「はい!」

「…………!(こくこく)」



◆◇◆



 ――その日の夜、ついに作戦が始まった。

 俺たちは子どもたちと打ち合わせた集合場所にむかう。

 場所は彼らがベースサッカーを遊んでいたグラウンドだ。


 現地につくと、全部で20人前後の子どもたちがいた。

 何人かは友だちを誘ってきてくれたらしい。


「ありがとう。友達も連れてきてくれたんだね」


「…………!(グッ)」


 朝に出会った短髪の少女が、俺の言葉を聞いてニカッと笑った。


 すると彼女は、手で杯を作ったあと、指に口を運んでみせる。

 きっと「たらふく食うぜ!」といったところだろうか。


「もちろん。がっかりはさせないよ」

「…………(こくこく)」


 短髪の少女は、俺とマリアにガッツポーズをしてみせた。

 彼女はやる気満々みたいだ。


 さて、いくら夜でも集まった20数人が一気に動くと目立ってしまう。

 俺は子どもたちを半分に分け、2チームで移動を開始した。


 一方の引率役はマリアに任せる。

 彼女ならうまくやってくれるはずだ。


『マリア、トンネルの入口で合流しよう』

『うん、わかった!』 


 俺は子どもたちを連れ、トンネルの入口を目指す。

 スラムのバラックが作る影から影をつたい、外周に向かった。

 すると、スラムの中央でオレンジ色の灯りが天にのぼっているのが見えた。

 あっちでも始まったらしいな。



「アイン、準備ができたぞ」


 暗い部屋の中で、銃を持った男たちが整列していた。

 彼らは一様に深青色の制服に身を包んでいる。

 これは王国を守る銃士隊の軍服だ。


 一見すると彼らの姿は銃士にしか見えない。

 だがじっくり見ると、その着こなしには奇妙な点が多々あった。


 ブーツの結び目は固結びではなく、ただの蝶々ちょうちょ結びになっており、余ったヒモが飛び出ている。これではモノに引っ掛けて結び目がほどけてしまう。軍人としては、まずあり得ないものだった。


 それだけでなく、裾、ベルトの巻き方。ありとあらゆる部分が間違っている。

 しかし、暗がりの中で素人が見る分には、見分けがつかないだろう。


「なかなか様になってるじゃないか。どこからどうみても銃士隊だ」


 アインが男たちを見て笑う。

 緊張をほぐそうとしたのだろうが、彼らの顔はこわばっている。


「そう固くなるなよ。俺たちがやることは単純明快だ。説明の必要もないだろうが、もう一度言っておくぞ……俺たちは帝国人の戦う心に火を付ける。スラムの長老たちは、すでに心が折れ、奴隷の――いや、エーテルを吸い取られるだけの家畜のような生活に満足してしまっている……これでいいのか?」


「良いはずがない!」

「そうだ、帝国の誇りにかけて!」


「戦う気がないばかりか、それを広めようとする敗北主義者を火の中に投げ入れて、革命の炎のまきにする。これが今回の作戦だ。――同志たち、始めるぞ」 


 アインの声に、男たちは銃に弾をこめ、撃鉄をあげる音で答えた。

 


◆◇◆


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