ニューオーダー


 俺とマリアは、しばらくしてトンネルの前で集合した。

 現場についてみると、先に彼女のほうが入口に到着していた。


『さすがだね。スラムの道を熟知しているだけあるってかんじ?』

『ふふん、まかせて!』


 俺はトンネルを封鎖していた木戸を開ける。

 ここはアインに教えてもらったトンネルで、吸血鬼と戦ったのとは別の場所だ。


 というのも、ヒザまである水の中を、子供たちに歩かせられないからだ。

 そんなことをしたら、汚水でずぶ濡れになって家に帰る羽目になってしまう。


 そうなればきっと、どうやって服を汚したのかと、必ず親に問い詰められる。

 計画を秘密裏に進めるためにも、浸水してないトンネルを使う必要があったのだ。


「…………?」


 短髪の少女が俺を見上げて、熊手のように開いた手を胸に当てた。

 そして指を振ってチッチッチと振って、首を傾げる。

 胸が苦しい? いやちがうな、これはきっと……。


『今のは「心配」とか「危なくないか?」かな?』

『うん、意味は「危なくない?」だよ。ジロー様も慣れてきたね』

『ハハ……マリアのおかげかな』

『どういたしまして、だよ!』


 マリアと過ごしているおかげか、異世界の手話が大体わかってきたな。


 指をふる仕草、チッチッチは、打ち消しをあらわしている。

 そして首を傾げるのは、疑問形だ。


 手の指を開き、鉤爪のようにした手を胸に当てるのが「危ない」。

 それにチッチッチと首の傾げを加えることで「危なくない?」になるわけか。

 よく出来てるなぁ。


「心配しなくても大丈夫だよ。このトンネルの中は、僕とマリアが探索してモンスターがいないことを確認してるからね。」

「…………!(こくこく)」


 マリアは俺の言葉にうなずいた。

 そして彼女は、拳を握った左手を盾を構えるように前に出すと、右手で前腕をチョップした。チョップは左手に弾かれる様に動かしている。ふむ……?


『あ、ひょっとして「安全」かな?』

『あたり!』


 なるほど。盾に剣が当たって、はね返されるのが元になった手話か。

 モチーフが実に異世界っぽいなぁ。


「よし、トンネルに入ろう」

「…………(こくり)」


 俺は子どもたちと一緒に暗いトンネルの中に入った。


 密輸人が手掘りで丹精込めて作った洞窟は、独特の土の香りがする。小学校の時に飼育係をしていたウサギ小屋の中がこんな感じだったっけ。


「みんな、はぐれないようにお互いに手をつなぐんだ」


「「…………(こくこく)」」 


 よし、いい子だ。


『マリアは列の後ろについて、はぐれた子が出ないか見張って』

『わかった!』

『迷子がでないように気をつけよう』


 俺は子どもたちの誘導にひたすら気を使った。

 トンネルの中で迷子になったら、見つけるのは不可能に近いからだ。


 奴隷になった子供たちは、声を取られている。

 つまり、迷子になっても自分のいる場所をこっちに教えられない。


 もし迷子が出たら、暗闇のなか、10メートル先も照らせない粗末なランタンを使って、その姿を探さないといけなくなる。いくらなんでもムチャが過ぎる。


 もし事故が起きたらと思うと、心臓がキュッとなった。




「ふぅ……やっとついた」


 しばらくして、俺は目的の場所についた。

 アインたちの元アジトを改造した「地下食堂」だ。


 子どもたちを誘ったあと、夜になるまでだいぶ時間があった。

 なので、トンネルの中に放置されていた道具で、食堂をつくりあげたのだ。


 テーブルは木箱。テーブルクロス代わりに古い布を敷いてある。

 イスは小さな木箱やを使ったベンチだ。

 とても豪華な食堂とはいえないが、食事をとるのに不都合はないはず。


 俺とマリアはランタンを使い、ランプに火を入れていく。

 次第に暗かった部屋がオレンジ色に染まっていった。


『こんなところかな?』


『うん! あとはご飯だね?』


『そうだ。ブラッドサッカーを倒したあとステータスを確認してなかったね。そこそこ大物っぽかったし、結構エーテル入ったんじゃないかな?』


『ジロー様、今のステータスを確認してみよ!』


「よし、ステータスオープン!」


『ジロー・デガワ LV8 創造魔法 活人剣』

『マリア LV15 聖騎士』


『おぉ、俺のレベルが3も上がって8になってる。マリアも1レベルあがってるな。スキルの方はと……』


・聖剣技   LV9 > LV10

・神聖魔法  LV2

・加護    LV5


『みて、ジロー様! 聖剣技が10になった!』


『10かぁ。何か新しい剣技を覚えそうだね。俺のスキルは、と……』


・クリエイト・ウェポン LV3

・クリエイト・アーマー LV3

・クリエイト・フード  LV3

・クリエイト・ドラッグ LV1


『ふーむ。クリエイト・ドラッグ以外は見事に横並びか。今回で「クリエイト・フード」のスキルLVを上限まで上げられるかな?』


『子どもたちの分を用意すればきっと上がるよ!』


『よーし、やってみるか……』


 俺に20数人の子どもたちの視線が集まっている。

 ちょっと気恥ずかしい感じもあるが、怯んでられない。いくぞっ!


「僕のスキル上げの強力に集まってくれてありがとう。これからご飯を出していくから、まずは1人1個づつ受け取ってね。――クリエイト・フード!」


 俺は創造魔法を使い、「三等娯楽食」を次々出していく。

 スロットまでやってると時間が押してしまうので、それはマリアに任せる。

 俺が箱を出し、マリアが食事を配る。それを延々と続けていった。


「クリエイト・フード!」


 ……もう全員にまわったか。これで全部で25個出した。

 前回は20個くらい出したところから、かなりの疲労感を感じていた。

 だがレベル8になった今は、ちょっと走った程度で収まっている。

 これならまだまだ創造魔法を使っても大丈夫そうだ。


「…………!!(ハフッ! ハフッ!)」

「…………!!(ぐァつぐァつぐァつ!)」


 食事を胃にかきこむ子どもたちは、一言も発していない。

 ただ荒々しい呼吸と食べ物を咀嚼する音が土の壁に吸い込まれている。

 子どもたちの感想は聞けないけど、これで十分だ。


 彼らは異世界のごちそうを見て、キラキラと目を輝かせている。

 それを見れただけでも、やってよかった。そう思う。


 この光景、ランスロットさんにも見せたかったな。


『さて、これだけクリエイト・フードを使ったなら、スキルも上がったろ』


・クリエイト・フード  LV8


『お、カンストしてる!? 最初の「強化栄養食」よりも、「三等娯楽食」のほうがスキル経験値の効率がいいのかな……?』


『ジロー様、新しいのが出せるかも!』


『そうだね。何かイメージしてみよう。マリアは食べたいものとかある?』


『ジロー様の出すものは全部美味しいから、大丈夫!』


『そう言ってくれるのはうれしいけど、むむむ、悩むなぁ……』


 あ、思いついたぞ!

 食後のデザートなんていいんじゃないか?


 今まで俺が出した食事って、全部主食だったからな。

 ここらで甘いもの、スイーツを出して食生活を豊かにしていくのはアリだろう。


 「三等娯楽食」にもスイーツはある。

 けど、ドーナツやフルーツパイみたいな、重いものばっかりなんだよね。


 パフェとかクリームがのったケーキとか……うん、これだ!!

 白くふんわりとして、甘く優しい――なんかそういうの……来い!!


「クリエイト・フード!!」


『――こ、これって……!!』

『ジロー様、まさかそれ……っ!』


『『――ケーキッ!?』』


 俺の手のひらに乗った、透明なプラスチックケース。

 その中には、ふわりと軽やかなショートケーキが収まっていた。


 白いクリームがランプの温かい光を反射してきらめく。

 ちょこんとのったイチゴの赤は、ルビーのように深く鮮烈だ。


 小さな箱に収められたたったひと切れのケーキ。

 静かに、しかし確かにここに存在している。


 このケーキは、ただのスイーツではない。

 口にしたものに幸せを約束する、小さな宇宙コスモなのだ。


『き、君の名は、何と言うんだ……?』


・クリエイト・フード  LV8

 :強化栄養食

 :三等娯楽食

 :D級戦闘英雄食


 なるほど。「英雄食」か……。

 きっと、何かしら功績を上げた人物に与えられた食事に違いない。


 しかし強化栄養色といい、創造魔法は食事に対して並々ならぬ執念を感じる。

 この魔法は未来のものを出す魔法。

 ということは、未来の世界は食糧難だったのかな?


 まぁ、そんなことを気にしてもしょうがない。

 目の前で起きていることのほうがずっと重要だ。


「「…………(じぃ~~~~~!!!)」」


「わ、わかったから! 今、みんなの分を用意するから!」


 子どもたちは本能的にスイーツの存在を感じ取ったようだ。

 子供というものはこと甘いものに対して一種の第六感を持っている。

 未知の食べ物だろうと、それが何か察知したのだろう。


「クリエイト・フード!」「クリエイト・フード!」


 俺はクリエイト・フードを乱打していく。

 せっかくのスイーツ枠がメニューに追加されたのだ。

 ガンガン出していくしかない。ヒャッホウ!


「さぁ、どんどん持っていって!」


「…………!!(キラキラ)」


『ジロー様、わたしもそれ欲しい!』

『うん、一緒にたべよう』


 せっかくなんだ、俺もケーキをいただくとしよう。

 俺は出したばっかりの「D級戦闘英雄食」のケースを開けた。


 おぉ……これはすごいぞ。


 クリームからエグいバニラの香りがする。

 それはフルーティーなイチゴの香りと重なり合い、期待感が高まる。


『いただきます!』


 俺はケーキにかぶりついた。

 久方ぶりにあじわった強烈な甘味が、ガツンと脳髄にしみる。


 これは犯罪的だ。このもったりとしたクリーム感。ここにシャキシャキのイチゴが参戦して、甘みに酸味という複雑さを持たせて飽きさせない。


『う~ん、この甘さ! スキルを使いまくった疲れが取れるなぁ……』

『ジロー様、これ美味しいよ!』

『うん、うん……スキル育ててよかったぁ~!』


 ケーキをほうばる子どもたちの顔は恍惚としていた。

 子どもたちが奴隷になってどれくらいの期間が経っているのだろう。

 ひょっとして、甘いものを食べたのは数年ぶりかもしれないな。


 ――さて、そろそろ時間的にお開きかな?

 踊りもクライマックスになるころだ。

 彼らを早めに返さないと、スラムで騒ぎになってしまう。


 俺はクアンタム・ハーモナイザーを使って、地上にいるルネさんやイゾルデさんと連絡を取ることにした。


 スラムの様子を聞いて、子どもたちを家に帰すタイミングを計らないと。


『ルネさん、僕の声が聞こえますか?』


『ジローくん!? ちょうどよかった、今トラブル発生中なの』


『トラブル? まさか、転移者が仲間を連れて戻ってきたんですか?』


『それよりもっと悪いわ。いますぐ――ザザッ!』


『ルネさん? 聞こえますか、ルネさん!!』


 会話の途中で、ハーモナイザーの音が切れてしまった。

 いままで使っていてこんなの始めてだ。一体何が起きたんだ?


『しっ! ジロー様、静かに!』

『マリア、どうしたの?』


 俺が心で叫んでいると、マリアから鋭い声がとんでくる。

 みると、彼女はトンネルの壁に耳を当てていた。


『ジロー様、壁に耳を当ててみて』

『え……?』


 俺はマリアに言われたとおりに耳をあててみる。

 だが、とくに何もな――


<<タタタタタタン!!>>


 え!? いまのは、銃声……?

 上でいったい何が起きてるんだ!?



◆◇◆



※作者コメント※

生クリームは17世紀に存在したので、この世界でもギリありそう?

たぶんマリア含めこの子たちはパーティとかで見たことあるかも。


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