アイデア勝負


 ルネとイゾルデは笑ったり深刻そうに見つめ合ったりしていた。

 彼女たちの心の会話は、俺たちには聞こえない。

 だけど、大事な話をしているっていうのは雰囲気でわかった。


 それにしても、俺とマリアの会話ってはたから見るとあんな感じにみえるのか。


『ねぇ、マリア。』

『どうしたのジロー様』

『僕ってマリアと話すとき、変な顔したりしてない?』

『うん、面白いよ!』

『……』


 マリアは俺に向かって無邪気にほほ笑んで見せた。

 まもりたい、この笑顔。


 しかしあれだな。こんどからは表情筋にも気を配ろう。

 幼い彼女が笑うならともかく、俺だとただの不審者にしか見えない。

 下手したらポリスメンに捕まりかねないぞ。


「…………」


 なにかを考えるようにしていたルネ。

 彼女は大きく息を吐くと俺に向き直った。


「ジローくん、私とイゾルデはここに残るわ」


「えっ、本当ですか!! あ、いや、迷惑とかじゃなくって、それは普通に嬉しいんですけど……どうして?」


「親友の頼みだから」


 ルネがそういうと、イゾルデはクスクスと笑っている。

 これ以上は野暮だと思った僕は、それ以上聞くまいと決めた。


「わかりました。よろしくお願いします」

「えぇ。」


 俺はルネさんの差し出した手をとって握手した。

 あらためて彼女の顔を見るが、彼女が造り物だとは信じられない。


 彼女の青い瞳には強い意志が宿っている。

 ぜったい人形なんかじゃない。


「ところで……ルネさんとイゾルデさんは、踊り子でしたね」


「えぇ。そうよ」


「ふむ……これは――ジロー殿、良いアイデアが思いつきました。スラムの子どもたちへ安全に食事を配れるかもしれません」


「本当ですか、ランスロットさん!」


「……何の話をしてるのか、説明してもらってもいいかしら?」

「…………!(こくこく)」


「もちろんです。これにはあなたたちの力が必要ですから」


 ランスロットさんは嬉しさに揺れるような笑みを浮かべ、計画を話し始める。

 それは嫌味な先生をこらしめる痛快なイタズラを思いついたような口ぶりだった。


 ひょっとしてランスロットさん、現役時代はけっこうヤンチャしてたんだろうか。

 全剣技を持つ彼ならあのトンデモ活人剣も使えるはず。

 フツーにありえるなぁ……。


「まず作戦の前提を共有しましょう。私たちはジロー殿の発案でスラムの子どもたちに十分な食料を与えようとしています。子どもたちは食料を求め、その引き換えとしてエーテル回収で苦痛を与えられている。これを軽くするのが目的です」


「スラムでエーテル回収をしてるって、話には聞いていたけど……子供からも?」


「はい。やはり外の世界にはあまり広まっていないようですね」


「この国、完全に底が抜けちゃったわね」


「僕も同感です」


「しかし障害となる点がいくつかあります。飢えているのは大人たちも同じ。子供から食料を奪おうとする不届き者や、反乱のために物資を備蓄しようとしている者たちもいます。彼らが給食の存在を知ったら……最悪、血を見ることになるでしょう」


「当然ね。子どもたちにちゃんとわたって、トラブルが起きないようにしないと」


「そこで計画ですが――今回の給食計画は、陽動ようどう作戦と迂回うかい作戦を併用します」


「ようどう? うかい?」


「カンタンに言うと、大人たちを集める〝おとり〟と、大人たちにナイショで食事を運ぶルートを使うということです」


「なるほど。その〝おとり〟……めくらましが私ね?」


「その通りです。人目を引き付けるために、派手な音楽を流し、火を使った踊りをするなんてのはどうでしょうか?」


「海洋民の踊りにそういうのがあったわね。おもしろそうだわ」


「ランスロットさん、ナイショで運ぶっていうのは?」


「久々に『星の暁』たちの話が出て、思い出したことがあったのです」


「?」


「このスラム……もともと訳ありの土地でしてね。禁制品を運ぶために密輸人があらゆる場所にトンネルを作っていまして。現役時代にそれは苦労したものです」


「このスラムの地下に、そんな通路があるんですか?」


「えぇ。ちょっとした地下世界と言ってもいい。スラムの地下にはアリの巣のようなトンネルが広がって、密輸人が使った貯蔵庫も無数にあります。そうした広い場所は食堂として、給食の提供に利用できるでしょう」


『僕らの足元に秘密基地みたいなのがあるのか……』

『なんかわくわくする!』

『うん、ちょっと見てみたいね』


「なるほど……うまくいくかも」


「でもその作戦、重要なことがさらっと説明されてないわよ」


「おや、なにか失念していることがありましたか。」


「あるじゃない。肝心の食料はどうやって確保するのよ?」


「その問題ならすでに解決済みです」


「買い付けてあるってこと? そこに積んである皿の量じゃ、とてもスラムの子どもたちにはまわりきらないんじゃないかしら」


 ルネさんはあばら家に積んであるディストピア飯を指さした。

 トレーの数は20枚くらい。いわれてみれば、たしかに心もとない量だ。


「ジロー殿、こう言っておられますし、倍くらいに増やしますか?」


「そうしましょう、ランスロットさん」


「……?」


 俺とランスロットさんはうなずきあう。

 そして事情を知らない彼女たちの前で、いつものアレを使ってみた。


「クリエイト・フード!」


 俺が呪文を口にすると、手に光があつまってトレーが生まれる。

 それをつぶさにみていたルネは目を丸くした。


「それがジローくん、あなたのスキル?」


「はい。俺の創造魔法は無から有を生み出します。それも……今よりもずっと進んだ未来の時代のモノみたいです」


「そういえば、ペンナックと戦う前に転移者とかなんとかっていってたわね。でも、追放されたんでしょ。そんなスキルを持ちながらどうして?」


「最初は使い方がわからなくって……オモチャみたいなモノを出しちゃったんです。それで無能、ゴミスキルの持ち主として見せしめに追放されたんですよ」


「なるほど……王女の短気もたまには人の役に立つわけね」



◆◇◆


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