禁書庫の手がかり

「では結論から言いますわ。禁書庫はこの世界に存在しない」


「「はぁっ?!」」


 俺とワルターは、そろって間抜けな声をあげた。 

 俺たちだけでなく、多くの人々が追い求めているモノが存在しないなんて。

 想像してなかった答えに頭がくらくらした。


「この世界に存在しないって……火事かなんかで焼失したってことですか?」


「いい質問ね。禁書庫はそういった事態に見舞われないように存在しないのよ」


「それはどういう……」

「…………?(かしげっ)」


「なるほど。言わんとする意味がわかったぞ。文字通りこの世界に無いんだな?」


 ワルターは得心がいったようだ。

 この世界にない。

 それを文字通りに解釈すると、禁書庫はあるけどない。つまり――


「禁書庫は俺たちのいるこの世界とは別の場所にある。そんな感じですか?」


「そういうことね。禁書庫に秘されている知識は、世界の創生から全ての出来事を記していると言われるほどに膨大なものなの。全てを紙に記したとしたら、この星を埋め尽くしたとしても本棚の数はまだ足らない。とても現実に存在し得ないですわ」


「世界が生まれてからの全ての記録……すさまじい量でしょうね」


「えぇ。もし、首尾よく禁書庫の中に潜り込んだとしても、膨大なゴミの中から必要な情報を探し出さないといけない。ヒトの身には余るわよね」


「ん、でもそれっておかしくないですか?」


「……………!(ぽんっ)」


『なんでミアさん、こんなに禁書庫に詳しいの、かな?』


『うん。そこまで分かってるなら、禁書庫に行った人がいるってことだよね』


「聞きたいことはわかるわ。一体どこの誰がそれを知ったか、よね?」


「ですです。わかってることが本当なら、禁書庫に行ったことのある人が記録を残したってことですよね?」


「数多くの種族が禁書庫を追い求めた。人間のみならず、ドワーフ、エルフ。

 ――そして、吸血鬼。」


 おぉ? ゲームなんかで聞き覚えのある種族名が出てきたぞ?

 人間以外の種族はこれまで1回も見た覚えがない。

 だけど、異世界だけあって異種族もちゃんといたんだな……。


「吸血鬼が禁書庫に何を求めたんです?」


「さぁ? あり余る時間の使い道を求めたのかもしれないですわ」


「なるほど。世界で一番の贅沢だ。」


「贅沢とは無駄を追い求めること。人間の定義にのっとるならそうですわね」


「この情報はその道楽の結果ですか……ミアさん、もっと詳しく教えてもらえますか? その吸血鬼はどうやって禁書庫にたどりついたんです?」


「ひとつひとつ説明するからあせらないで。まずはお茶でも入れましょう」


「…………!(ぱっ!)」


「あら、お嬢ちゃんも手伝ってくれる?」


「…………!(こくこく)」


 ミアは話を中断し、マリアと一緒に台所に向かってしまう。

 テーブルに残された俺は、リンを抱きながらルネさんに話しかけた。


「彼女の話が本当だとすると、ゼペットさんの異様さが際立ちますね」


「そうね……彼はどうやって禁書庫にたどり着いたのかしら。私が知る彼は、ただの陽気なおじいさんだったわ。丸っこい目をして、子供みたいな笑顔の……」


 ルネさんは何かを思い浮かべるように、部屋の天井を見上げた。


「ゼペットは、抜きん出た錬金術の知識を持っていた。けど、吸血鬼を超えるほどの魔術の素養はなかったと思うわ。もっとも、私が知る限りだけどね」


「もしゼペットが才能を隠していたんじゃなかったら……」


「禁書庫の門をたずねるには、知識や実力よりも運命のようなものが関係するのかもね。言い換えれば――世界における役割が。」


「役割、ですか?」


「えぇ。ナイアルトは世界を激変させた。そしてゼペットも。私が君と出会ってからというもの、君がこの世界に与えた影響は決して小さいものじゃない」


「そんな、僕は別に……」


「考えても見て? 貴方がいなかったら、きっとランスロットとマリアはスラムの反乱に巻き込まれて死んでいた。それにさっきの大爆発もそう。倉庫街の備蓄を失えば、シルニアが魔国に侵略するのは相当に遅れるでしょう?」


「じゃあ、この一連の事件には、全て筋書きがあるとでも?」


「世界のすべてを書き記すような存在がいたとして、未来を見通すことが出来ないとは思えないわ。歴史を学ぶ理由のひとつは、先人が残した教訓をもとに、これからの未来を見通すことだもの」


「まるで神様みたいだ」


「当たらずとも遠からずかもしれないわね。少なくとも私たちにはできそうにない」


 話し込んでいると、お盆にお茶と菓子を乗せて二人が戻ってきた。

 白い小皿に乗っているお菓子は、例の四角い焼き菓子だ。わーお!!


「いただきます!」


「…………!(ふんす!)」


 ミアはてずから白磁のカップに入ったお茶を俺たちに配る。

 お茶が手元に来た瞬間、俺はその香りにどこかで嗅いだような既視感を得た。

 これは……あれだ、蚊取り線香の匂いを上品にしたかんじだ。


 だが、すすってみると案外イケる。

 砂糖とバターの香ばしさと、ハーブ感のある香りが実に合う。


「ミアさん、これって何のお茶なんですか?」


菊花茶きっかちゃよ。胃をほぐして目を安らがせる効果があるの。今日はつかれたでしょうから、疲れによく効くものを選んだの」


「あ……お気遣いありがとうございます」


 うーん、どうにも調子が狂うな。


 吸血鬼にもかかわらず、ミアのやってることは完全にお昼のテレビにでてくる有閑マダムとおんなじだ。かと思えば、いきなり吸血鬼同志でぶち殺し合うっていう、喧嘩上等、夜露死苦っていう、ヤンキーまがいなこともするしなぁ……。


 ミアさんや、人間は理解できないことに恐怖するっていってたけど、こんなことしてたら、誰だって恐怖すると思いますよ、うん。


「さて、話を再会しましょうか。私たちの血筋の祖となる吸血鬼の一派は禁書庫を求め、ドワーフが残した遺跡を探索したの」


「ドワーフの遺跡? なんでまた」


「彼らもまた、禁書庫を求めていたからよ。そして実際にかなり良いところまでいっていたみたいなの。不毛の荒野バッドランズを越えた先にあるドワーフたちの故郷、白鈴山脈のどこかでそれは行われた――」


「禁書庫までの道を開く実験……みたいな?」


「そう。とあるドワーフ氏族が禁書庫を求め、要塞の中に大規模な魔術装置を作って実験を繰り返したの。けど結果は散々なものだったらしいわ。異形の怪物を呼び出してしまって大量の死者を出す事もあれば、実験に関わったものが肉の塊に変わり果てることもあったとか」


「完全にホラーじゃないですか」


「けど、彼らは多くの犠牲を払いながらも前進を止めなかった。そしてある時、ついに彼らは禁書庫に至る『門』を開くことに成功したらしいわ」


「うーん、ろくな事にならなそう……」


「ドワーフたちは『門』を開くことには成功したけど安定化までには至らなかった。異界は彼らのエーテルを吸い込み、うっかりさんたちを虚空に送り込んだ。吸血鬼が遺跡にたどりついたとき、要塞の内部は当時の食卓や宴の席を残したまま、完全な無人になっていたらしいですわ」


 メアリー・セレストだっけ?

 なんか似たような話を聞いた覚えがあるな。

 ますますホラーじみてきた。


「吸血鬼は当時の記録を元に『門』を改良し、安定化させた。そして禁書庫にたどり着くことができたんだけど……」


 帰れなかった?

 いや、それじゃ記録が残らないか……あ、そうか!


「禁書庫の内部が広すぎて、どこに欲しいものがあるのかわからなかった。

 それで、すごすごと帰ってきた……とか?」


「正解。そしてこの話は、ある教訓とともに語られるわ」


「…………?(かしげっ)」


「己が問いを持たずに答えを求めようとする愚を避けよ。問を持たずして、どうして答えを得られようか、とね」


「えっとつまり……その吸血鬼さんは、なんとなく禁書庫に入っちゃっただけ?」


「そ。」


「うっかりさんだなぁ……」


「でも、かえってそれが良かったのかもしれないですわ」


「というと?」


「禁書庫に入った彼は、おびただしい数の遺骸を見つけたの。人間、ドワーフ、そしてこれまでに見たことがない――いや、同じ生命とは思えない異形の種族まで。彼らは禁書庫に答えを求め、力尽きた者たちだったの」


「あー……」


 求めるモノがあるなら、それを見つけるまで出ようと思わないだろう。

 それが自分の人生、生死に関わることならなおさらだ、

 だが、そうして探し続けるうちに、道を見失って人は禁書庫に囚われる。


 禁書庫の知識。それ自体がエサであり、罠になっているのか。 

 え、えげつねぇ……。



◆◇◆



※作者コメント※

この異世界、基本ファンタジーだけどクトゥルフ味も出てきたな…

入れたとしても、その存在自体が壮絶なトラップになってるの極悪すぎる。

ん? 禁書庫の運営に使われてる知識の由来ってもしかして…



獲物は著述者でもある?


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