血の掟

 俺はルネさんから幽霊屋敷に残されていた日誌を受け取ろうとした。

 しかし、日誌は彼女の手に力強く握られていた。


『これを渡す意味がどういうことか、わかっているわね?』


『はい。日誌を書いた彼らの仇はとれなくなる。もともと証拠としては弱かったですが、これを渡せばミアが吸血鬼だという証拠は完全に消える』


『その価値があることを祈るわ』


『……はい。』


『勘違いしないで、貴方を責めてるわけじゃない』


 革表紙を支えていた彼女の手が緩む。

 俺は日誌を手に取ると、それをミアの前に置いた。


「これが幽霊屋敷にのこっていた日誌です」


「そう」


 ミアは俺の日誌を取ると、空いた手の指をパチンと鳴らした。

 すると彼女の手の中にあった日誌がオレンジ色の炎に包まれて、灰も残さずあっというまに消えてしまった。


 何か取り返しのつかないことをしてしまったのではないだろうか。

 炎を見つめる俺に何か後ろめたい気持ちと喪失感がわき上がってきた。


「では、これが報酬よ」


 彼女はそういって、テーブルの上に小さな革のポーチをおいた。

 そうか。吸血鬼だから銀貨は置いてないのか。


 わずかに震える手でワルターはポーチの口を緩ませる。

 中から出てきたのは、ウソみたいに輝く新品の黄金色の金貨だった。


 しかし、コインを数えたワルターは、逆に顔色を青ざめさせた。


「さ、30枚……? 多すぎる。約束では金5枚だったはず」


「せっかくしたのだもの。もったいないでしょう?」


「――ッ!?」


 ぶわっと手に汗が浮く。

 ミアは俺たちが銀の武器を用意したのをさとっていたようだ。


「ま、待ってくれ。金貨30枚となると、銀貨にして450枚だ。どんな大物を相手させるつもりだ? 刀傷をいちいち火であぶって倒さないといけない、クッソ面倒な沼トロルだって金10枚ちょっとだぞ?!」


「フフ、銀が必要といえば、だいたい察せるでしょう?」


「……不思議に思ったことがあります。あなたが上級吸血鬼なら、なぜ自分で幽霊屋敷の問題を対処しなかったのか。できない理由がその依頼にあるんですね?」


「鋭いわね坊や。私の孤児院を狙っている不届き者の首を取ってきて欲しいの」


「ようするに、鶏小屋を狙う猫を退治しろっていうのね?」


「平たく言うと、そういうことね」


「ふむ……どういった相手だ? 銀が必要なモンスターは数多くいる。悪霊や屍鬼といった存在から、呪いで呪縛された獣憑きから――吸血鬼までな」


「相手はその吸血鬼よ」


「ま、待ってください、王都の吸血鬼は貴方の手下なんじゃ?」


「ところがそういうわけではないのよ。私たちにもヒトでいうところの違いがあるの。そうね……血統をもとにした派閥と言ったらわかりやすいかしら?」


「なるほど。派閥が異なれば貴方の言うことを聞く必要がないと?」


「そのように捉えてもらっていいわ」


「まるで人間の政治ね。吸血鬼にも派閥があるなんて」


「私は子どもたちの体調を見て慎重に血を飲むけど、ヤツはそんなことお構いなしだわ。気まぐれに喰らい、そして壊す。サラには可哀想なことをしたわ」


「ちょっとまってください。サラさんを殺したのは……その、貴方なのでは?」


「そいつよ。だけど、私は何も出来なかった。その意味では私が殺したとも言える」


「どういうことです? 僕はてっきり、その……」


「殺したと思ったんでしょう?」


「……はい。」


「そうなると、だいぶ話が変わってくるわよ」


「どうしてさっきは、そのことについて何も言わなかったんです?」


「今、私の言葉が坊やに届いているのは、貴方と私が互いに同じ価値観を共有してそれを理解しているからよ。〝助けてくれる相手を助ける〟という価値をね」


「それは……たしかにそうですね」


「もし、お互いにそうした理解を持たずに『殺していない』なんて言ったとしても、私の言葉は坊やに届かなかったでしょう」


 ミアの言う通りだ。

 もし、僕が彼女のことをただの吸血鬼と思っていたなら?

 彼女の言葉を信じるなんてしなかっただろう。


「どうしてなすがままにされているんです? 貴方は上級吸血鬼。それもかなりの格にあるのでは?」


「吸血鬼が定めた〝血の掟〟のせいよ」


「血の掟?」


「――吸血鬼は同族同士で殺し合いをしてはいけない。わかりやすいでしょ?」


「人間と同じようなルールが吸血鬼にもあるんですね」


「そう、煩わしくも愛おしいルールよ。しかし、掟は〝吸血鬼〟を縛るモノ。掟の中には人間のことまで入っていない。


「吸血鬼が人間を従えて同族を殺すなんて、掟の制作者は考えてなかったと?」


「あなたたちだって『怪物は人間を殺してはいけない』なんて、わざわざ石に刻んでいなかったでしょう?」


「なるほど。道理です」


「……それで、私からのアンコールは受けてくれるのかしら?」


「ワルターさん、僕は受けるべきだと思います」


「おい、そういう時に限って責任を年長者に投げるんじゃねぇ!」


「頼られてるんだからいいじゃない」


「あのな姉ちゃん……上級吸血鬼のナワバリに踏み込むクソ度胸を持った、得体のしれない野郎だぞ? もうちっと慎重にだな……?」


「ワルターさんはベテランの冒険者ですよね。心当たりは無いんですか?」


「そうは言われても、調べないと何とも言えんな。オレは吸血鬼の専門家じゃない」


「むしろ彼女のほうが詳しいんじゃないかしら? 同族だもの」


 そういってルネさんはミアを見た。

 たしかにワルターよりも、彼女のほうが詳しそうだ。

 なんて言っても同族なんだから。


 だが、俺の想像とちがって、彼女は難しい表情をしていた。


「吸血鬼だから知っているはずっていうのは暴論ですわね。貴方たちの言うことは、街の中で見ず知らずの他人を捕まえて『知り合いか?』って聞くようなものよ」


「そういうものなんですか?」


「そういうものよ」


「うーん、手詰まりかぁ……」


「ただ、ヤツを探す方法がひとつだけあるかもしれないわ」


「微妙に嫌な予感がするんですけど、なんですか?」


「私がした〝ミュリング〟の説明を覚えているかしら?」


「えっとたしか……生まれることができなかった子供が、自分を殺した相手を追い詰めるとかでしたっけ? ――あっ、そうか!」


「たしか、グレムリンとかいったかしら? 貴方の名付けたリンとかいうモンスターが今回の件に無関係なら、ミュリングはまだ生まれていない」


 なるほど。そういう見かたもあるわけか。

 ん、ってことはつまり……?


「――私のスキル『呪言』でミュリングを呼び出し、吸血鬼を探させるのよ」


 ……ちょ、それってホントに大丈夫なやつぅ???



◆◇◆



※作者コメント※

ジローたちに吸血鬼(カースメーカー)がパーティイン!

ちなみにですが、本作の異世界の金貨と銀貨の交換レートは15対1。

原作だと14世紀の北イタリアがこれくらいです(史実のことを原作っていうな)


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