ブギーマンがくる

「じゅ、呪言……? それって本当に大丈夫なんですか」


「わからないわね。呪いですもの」


 心配する俺に対し、ミアはそれが何か? といった表情を返す。

 文化がちがーうというより、精神性が違う気がする。


「危険……なんですよね?」


「呪いですもの。相応に危険はあるわ。けど、完全に姿を隠した吸血鬼を見つけるには、呪いでも使わなければ不可能ですわ」


「わかりました。何が必要なんですか?」


「薬草がいくつかと、エーテルの濃い場所。そして――サラの死体。正確には、彼女の体に入っている子どもの死体ね。彼の者は名を与えられること無く、現世と常世の間で今も彷徨っている。彼を呼び起こしますの」


「本気で言ってます……よね」


「えぇ。名前は封印になる。それを持たない彼は今も解き放たれたままですわ」


「ちょっと待て。まさか墓場に行って死体を掘り起こせっていうのか?」


「人目を気にする必要はないですわ。彼女の墓は敷地の中にありますから」


「そういう意味じゃない。クソッ、最悪だ……」


 ワルターはサラの墓を暴くことに嫌悪感があるのだろう。

 だが一方のミアは、死体をただのモノとしか思っていないようだ。


 俺にはそれが、死に敬意を持っていないと言うよりも、別の何かに思えた。


 例えば、医者のそれだ。

 外科医は人体を知りすぎたがゆえに、美醜をあまり感じないという。


 それと同じように、呪いを使う彼女は人の恨みつらみを知りすぎた。

 だから墓を掘り起こすことに対して、無感動になっているのかも知れない。


「……そろそろマリアを呼んできます。彼女にも説明しないと」


「そうだな。口が回るお前に任せる。はぁ……なんでこんなことになっちまった」


 俺はテーブルから立ち上がってマリアを探した。

 きっと孤児院のどこかにいるはずだ。レコンヘルメットを被り直して彼女を探す。


「……おや?」


 みると、近くにあったドアの向こう、部屋の中でいくつかの白い影を見つけた。

 部屋の床には、5本の尻尾をもった猫のシルエット。

 どうやらマリアは、孤児院の子どもたちと知り合ったようだ。


「あー……猫みたいな動物がきたらテンションあがっちゃうよね」


 学校に犬や猫が入り込んだときのことを俺は思い出した。

 みんなが注目しちゃって、だいたい授業がとまるんだよなぁ……。


「マリア、ちょっといいかな?」


 俺はドアを押し開けて部屋に入る。

 部屋には三段ベッドが並び、ヒモで吊られた布が仕切りになっている。

 どうやらこの部屋は子どもたちの寝室のようだ。


「…………!(はっ)」

「みゃーん♪」


 僕を見たマリアはハッとした表情になる。

 リンは子どもたちに囲まれ、なでまわされていた。


『ジロー様! あの人とのお話はどうなったの?』


『えっと、どこから始めようか。まず、僕らに誤解があったみたい』


『……誤解?』


『日誌の内容を誤解していたんだ。サラさんを殺したのはミアじゃない。彼女の話によると、別の吸血鬼らしいけど……』


『やっぱり……』


『やっぱりって、どういうこと』


『ここにいる子たちに聞いたの。世話をしてくれたサラさんの身に何があったのか、それと、この子たちに起きてることも』


『――ッ!』


『サラさんは子供たちの服のお洗濯とか、ごはんのお世話をしてくれてたの。でも、ある夜になって、孤児院の端から端まで届くような悲鳴が聞こえたんだって』


『彼女に何があったのか、知ってるの?』


『ううん。子どもたちは誰も見てなかったし、ミアも教えてくれなかったんだって。でも、みんな夢の中に出てくるアイツの仕業だってわかってるって』


『夢の中……マリア、どういうこと?』


『……みんなが寝てるとき、たまに昔の夢を見るんだって。お母さんとお父さんがいて、昔の家で暮らしている時の夢を』


『それってつまり……帝国にいたときの夢ってことだよね?』


『うん。その夢を見てる時は幸せで温かい気持ちになるけど、起きると体がすっごい疲れてるんだって教えてくれたの』


 ふーむ。ミアが子どもから血を取る時、夢を見せてるってことか?


 吸血鬼なら幸せを感じている人間から吸うほうが味がいいとか、風味付けの理由もありそうだけど……なんかちがう気がする。


 彼女なりの子供に対しての愛情、あるいは贖罪かもしれない。


『ジロー様?』


『あ、ごめん。続けて』


『――でも、この子たちの話だと、時々ちがう怖い夢をみるんだって』


『怖い夢?』


『うん。たとえば……火事になってる家の中にいるときから始まって、何かに追いかけられるとか、暗い森の中で狼に追いかけられて、穴の中に隠れたりするの』


『ぜんぜん雰囲気がちがう夢だね。それで?』


『そして夢は、大きくて黒い何かに襲われて終わる。起きたら汗でぐっしょりになって、首から血を流してたり、服を切り裂かれていた子もいるんだって』


『どう考えても普通じゃないな……サラさんがなんとかしようとしたはずだ』


『うん。みんな怖がってる』


『優しい夢はミアさんなのかな? で、怖い夢がその黒い何かブギーマン?』


『そうだと思う。すこし前からそういう悪夢を見るようになったんだって』


「えっと……みんな話してくれて、ありがとう。」


「…………!(こくこく)」


 俺は子どもたちに向かってお礼を言った。

 どうやら俺が思っていたよりも状況は深刻なようだ。


 ……ぞっとするな。

 もし俺が早まってミアと戦っていたら、ブギーマンは野放しになっていた。


 仮にミアを倒せたとしたら、孤児院も無くなる。

 残された孤児たちは、きっと俺が連れ帰るとか言い出すだろう。


 もしそうなれば?

 子どもたちを追ってオールドフォートに怪物が来たかも。

 下手をすれば大惨事だ。


 ブギーマンはここで何とかしよう。



◆◇◆



現代兵器と未来の道具がちゃんぽんになってる世界なのに

それにひけをとらないオカルトの存在……大好物さ!

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