儀式の準備

 俺はマリアを連れてテーブルに戻った。

 全員そろったところで、俺は彼女が子どもたちから得た情報をつぎ足した。


「――といった感じです」


「ありがとう。でも、私には話してくれなかったのに……けちゃうわね」


「…………!(ふんす!)」


「夢の中に現れる黒い影、そして火事、暗い森か……どう思う?」


「私が思うに、夢の中身はそこまで重要ではないですわ。注目すべき点は、子どもに恐怖を与えようとしていることね」


「ヒトに辛党、甘党がいるように、吸血鬼にもそういうのがありますか?」


「そうね。悪夢が関係する吸血鬼と言うと、アルプやモルモーあたりかしら。足取りがつかめないわけだわ」


『どっちも初耳だなぁ……』


『ジロー様、私知ってるよ!』


『え、ホント?』


『うん、アルプはスラムのみんなをトンネルに連れて行った時に出てきた吸血鬼だよ。夜、夢の中に現れてくるんだけど、正体を現すと色んな動物の姿に変身して襲ってくるの』


『ふむふむ……』


「アルプは以前マリアが遭遇しましたが、モルモーは聞いたことがないですね」


「俺も初耳だ。なんだそいつは?」


「モルモーは太古に存在した人食い部族の生き残りですわ。彼女たちは呪いによって生きながらえ、夫と子を失って孤独にさいなまれている」


「呪われた古代人か。聞くだけでも厄介そうだ」


「吸血鬼って言っても、色々なのがいるんですねぇ……」


「吸血鬼と一口に言っても本当に多種多様なの。正体を探ることがどれだけ難しいかわかってもらえたかしら?」


「はい。大きく分けると、アルプやブラッドサッカーのような生来の吸血鬼と、呪いによって生まれたモルモーみたいな存在がいるってことですか?」


「そういうこと。この違いはかなり重要よ」


「……元人間。 つまり、人間の社会に溶け込む知性と自制心がある?」


「正解。私たち吸血鬼が恐れられる理由のひとつね」


「というと?」


「人が感じる恐怖の最たるものは未知に対する恐れですわ。それが知っているモノと似通っているものであればあるほど……ね」


 彼女のシミひとつ無い蝋のような白い肌。鮮烈な赤い髪。

 その非人間的なまでの美しさには、居心地の悪い違和感を感じる。


 なるほど。人間のようだが、どこかちがうもの。

 不気味の谷なんていう言葉があるが、それに近いかもしれない。


「ともかく行動を起こすときだ。ちがうか?」


 ワルターの言葉に全員が同意する。


「今日は儀式をするにはうってつけの日ですわ。雨が降っていれば家の外に出る者も少ない。夜ともなれば、まず儀式が人目につくことはないでしょう」


「なら、私たちはその儀式に必要なものを集めてきましょう」


「お願いできるかしら? 必要なものは――」


 ミアは儀式に必要な物品の名前をつぎつぎに並べる。


 スコップ、ロウソク、薪は俺でもわかるが、薬草にはまいった。

 全く聞いたことがない名前が次々と出てくる。

 錬金術に詳しいルネさんがいないとお手上げだったろう。 


 メモをとり、俺たちは孤児院を後にした。

 激しく降る雨が地面を雨水で満たして、玄関前は沼地のようになっていた。


「ったく、生きた心地がしなかったぞ……」


「ワルターさん、ストリガってそんなに恐ろしい吸血鬼なんですか?」


「ったく、無知は力なりだな。吸血鬼っていうよりは悪魔に近い。古い物語の記述では、ストリガは2つの心臓と2つの魂を持ち、決して殺せないとある。」


「それってもう神話の怪物クラスじゃないですか……」


「だからそう言ってる。物語にはストリガを封印する方法が記されていたが、元気に歩いてるところを見ると本当に効力があるかは疑わしいな」


「封印の方法?」


「首を切り離して胴体とは土の下に埋めて、岩で押さえつける」


「力づくぅ……」


「あとは棺の中に鍋でった穀物の種を注ぎ入れて、夜に目を覚ましたストリガに朝まで種を数えさせる、ってのもあるぞ」


「あ、それはすごい昔話っぽいですね。でも、彼女にはまるで効きそうにないです」


「だな。斜めになった額縁が許せないタイプに見えるが、種の粒なんぞに興味を持つとは思えん」


「同感です」


 ふと俺は、雨が降り注ぐ暗い空を見ているルネに気づいた。

 なにか物思いにふけっているような様子だ。


「ルネさん、薬草をそろえるのは難しそうですか?」


「いえ、そうじゃないわ。彼女が注文したのは毒草ばかりだから店で買い求めるわけにはいかないけど、自生している物も多いから……」


「そうですか。何か考え事があるように思えたので」


「……彼女と子どもたちの関係についてちょっと、ね」


「あぁ。思っていたのと違いましたね。僕はもっとこう……家畜のような扱いかと」


「彼女が子どもたちを愛しているのは本当でしょうね。でも、その愛の本質がわからないの。酪農家だって仔牛を病気から守り、愛を注いで世話をするわ」


「彼女の愛は、僕たちが思う愛とはちがうかも知れないと?」


「――だがな、小僧。それは俺たちもしていることだ」


「僕たちも?」


「獣たちが住む未開の地であれ、人間の石造りの都市であれ、強いやつが弱いやつを喰らう自然の摂理ってやつは存在する。お前も見たはずだ」


「……そうですね。奴隷たちからエーテルを奪う光景は、吸血鬼と何も変わらない」


「とはいえ、彼女は俺たちから奪いすぎないように極力注意している。回り回って、自分が飢えてしまっては仕方ないからだ」


「人は彼女と同じことを牛や羊、そして奴隷にやっている……」


「そうだ。そうして奪うばかりか、彼らを自分たち以外の捕食者から守ってさえいる。ミアのすることは、俺たちがやっていることと何ら変わらん。いやむしろ、思いやりすら感じるくらいだ。そうは思わんか?」


「そこなんです。僕は、ミアが子どもたちから血を吸うことに嫌悪を感じている。王国が奴隷たちからエーテルを吸うのもです。けど、それらが必要とされているのも確かです。僕の考えは、好き嫌いを押し通そうとするただのエゴなんでしょうか」


「小僧、人生の先達として忠告しよう」


「?」


「たしかに今世界を回している方法はイマイチだ。今よりもっと良い方法があるかもしれん。だが、やれたらとっくにやってるはずだ。だから『今は』できないんだ」


「……」


「ありきたりな人生訓かもしれんが――

 生きるってのは、うまくいかないって覚悟を決めることの連続さ」


「……はい。」


「小僧は俺みたいに足を止めるなよ? 大抵の場合、川の流れから取り残された水はにごって腐っていくもんだ」


 割り切ったつもりだった。

 だけど、俺の心にはまだ何か小骨のような思いがひっかかっている。


 もっと良い選択ができたんじゃないか?

 そういう思いだ。


 いったん「しくじった」と心に浮かぶと、立ち止まらずにいるのは難しい。

 そうした間違いも飲み込んで、なんとなく進むために足を前に出す。

 ワルターのいう〝覚悟〟っていうのは、そういうことなんだろう。



◆◇◆



次回、ようやく本シナリオのバトルパートです。

これまでで一番長い前フリだったぜ…

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