長い夜(1)
――その日の夜。
ミアをふくめた俺たち5人は、儀式の準備を整えていた。
『よし、次はあっちだ』
『うん!』
俺とマリアは孤児院の窓という窓を閉めきって、お守りをぶら下げて回っていた。
お守りと言ってもそんな仰々しいものではない。
ミントに似た香りがする薬草とドライフラワーを輪にしたものだ。見た目はクリスマスの飾りっぽいが、これで
寝室のドア、玄関、そして窓にお守りをかけていく。
すべてをかけ終わると、部屋の中がほんのりと良い香りにつつまれていた。
「これで最後だな……」
「………!(ぱんぱんっ)」
「みゃん!」
「さて、あっちはどうなったかな?」
ワルターとルネさんの二人は、キャンプファイヤーをつくる力仕事をしていた。
上から見ると漢字の「井」の形になった木組みが墓を中心に東西南北にある。
ミアによると、これが結界になるらしい。
雨が降っているのにキャンプファイアーなんか大丈夫かと思ったが、そこはワルターが何とかした。彼は有り合わせの資材と道具を使って雨よけを用意した。
「よし、こんなもんでいいだろう」
「ワルターさんは大工仕事もできるんですか……冒険者って大変ですね」
「まぁな。お前も覚えておくと都合が良いぞ」
「考えておきます」
「ご苦労さま。お菓子を焼いたからどうぞ」
俺たちにねぎらいの声をかけ、四角く切った焼き菓子を配るミア。
バターとほんのりとお酒の匂いのする、カステラに似たお菓子だった。
「じっと見てどうしたの? 毒や薬なんて入ってないわよ?」
「いやそうじゃなくって、ちょっと意外で」
「あら、吸血鬼が火を扱うのがそんなに意外?」
「そっちじゃなくて、お菓子づくりのほうです。なんていうかその……こういうのは人にやらせるタイプかと」
「気持ちを伝える時は手づからっていうのがモットーですの。冷める前にどうぞ」
うーむ……。まぁ変なものを入れたりはしないか。
俺は彼女から受け取った焼き菓子を口にした。すると――
「ん……これはイケる!」
「…………!(じだんだ)」
お菓子を口にしたマリアも興奮で足をばたつかせている。
うむ、彼女のハイテンションもわかるというものだ。
お菓子の外側は香ばしくカリッとしていて、バターがしみている。
かじるために歯をたてると、じゅわっとバターの風味が立ち上ってきた。
中は空気でフワっとしているが、カリカリの外側によって空気と一緒に水分が閉じ込められ、まったくパサついた感がない。おぉ……マーベラス!!
コンビニで売ってるフィナンシェをもっとカリカリにした感じだろうか。
これはイケるぞ。
「どうかしら、転移者のお口にも合うと良いのだけれど」
「すごい美味しいです。これ、なんていうお菓子なんですか?」
「ボヌール・カレ『幸運の四角形』っていう意味よ。お気に召したなら幸いだわ」
「…………!!(こくこく)」
『ジロー様のお菓子もおいしいけど、これも美味しい!』
『うん。この外側のカリカリがエグいなぁ……』
「あと必要なものはエーテルだけですわね」
そういえば、儀式にはエーテルの濃い場所が必要なんだっけ。
ん……それだとおかしくない?
いま俺たちがいるのは、孤児院の庭だ。
ここで儀式が出来ないなら、なんで準備なんかしてるんだ?
「ここのエーテルじゃダメなんですか?」
「えぇ。とても十分とは言いがたいですわね」
「エーテルが濃い場所ってのは、精霊と交信できるような『聖地』と呼ばれるような場所だ。王都の中じゃまず無理筋だろうな」
「じゃあ、なんでここで準備をしてるんです?」
「あら、足らないなら集めるしかないでしょう」
「集める……?」
メチャクチャ嫌な予感がしてきた。
異世界の知識がカタカタと音を立てて、俺の中で組み上がっていく。
「あ、そっか……この世界には、エーテルそのものっていう存在がいましたね」
「ゴーストといった非物質的なモンスターの体を成しているのはエーテルそのもの。それらを呼び寄せて退治すれば、聖地と同程度のエーテルで空間を満たせる――」
それって、聖地っていうより心霊スポットじゃない?
とんでもねぇアイデアだよ!!!
「ゴーストって、そんな簡単に呼び寄せられるものなんですか?」
「死は常に命ある者の
「あ……スラムの反乱?」
間抜けな声をあげる俺に対して、ミアはふっと微笑みを返した。
そうか、今が儀式をやるのにうってつけの頃合いなのか。
たくさんの偶然がおり重なって、最悪のハーモニーを奏でているなぁ。
「では、始めましょうか」
ミアが指を弾くと、4方に置かれた組み木が燃え上がる。
孤児院の屋根を騒々しくたたき続ける雨音に、薪が
「儀式が始まったら私は動けない。火を絶やさないようにお願いしますわね」
「わ、わかりました」
「いつでもいいぞ」
ワルターはショットガンのポンプをガシャコン、と動かして弾を込める。
ルネさんも深呼吸をして、いつでも体を動かせるようにしている。
もうこうなったらやるしかない。
マリアに続いて俺も剣を抜き、次に起きることに備えた。
用意が終わったのを見てとったミアは、さっそく儀式を始めた。
まず彼女は雑多な物品の中を探ると、穀物の種をとって地面にまいた。
奇行の意味はまるでわからない。
だが、これも儀式に必要なことなのだろう。
俺は黙ってミアの動きを見る。
次に彼女は牛乳で満たされたボウルを両手で持つ。
そして、そのままボウルを傾けて中身を地面に流してしまった。
するとどうしたことだろう。
地面で泥水と混ざりかけていた牛乳は、みるみるうちに真紅に染まる。
いや……牛乳をぶちまけた場所だけじゃない!
オレたちの足元全てが真っ赤になっている……ッ!?
『これってまさか……血?』
『うん。ジロー様、これ……本物の血だよ!!』
「炎と剣によりて、汝が魂の檻を失い地の底に眠るものどもよ――」
おどり上がる炎にその身をさらし、照らされた両手を雨の中に突き出したミア。
彼女は雨に濡れるのもかまわず、呪文のようなものを唱え続けている。
その様子は、俺がこれまで見たスキルと明らかに空気感が違う。
ガチの魔法……いや、黒魔術って感じだ。
「東より
ミアは左手に短いナイフを手に取り、それを右の手のひらで握りしめる。
そして、何のためらいもなく、スッと刃を引いた。
「我が旧き血を持ってここに命ず――汝がおぞましき姿を現したまえ」
手からしたたる血を彼女は地面に注ぎ込む。
すると……。
<ボッ!!!>
俺たちの四方を囲んでいた炎の色が、オレンジ色から青緑色になった。
炎の色が変わると共に、卵が腐ったような硫黄の匂いが空気に交じる。
とても生臭く、口の中に酸味を感じる。死臭だ。
「フシャー!」
「?!」
突然、足元にいたリンが牙をむき、虚空に向かって吠えた。
すると何も無いの空中で炎が吹き出し、突如として悪霊が姿をあらわし始めた。
その数は……10。いや、20。……ん、え? 30? まだ増えるの?
ちょ、ちょっと待って! あまりにも多すぎない????
<Ahhhhhhhhhh……!>
炎をまといながら、30数体の
俺はあまりの数にうろたえるが、ヤツらを見てハッとなった。
体を燃やしながら宙に浮く亡霊の中に、どこか見覚えのある姿があったのだ。
『あれは……トンネルで吸血鬼にやられたアインの同志たちだ!』
『――!!』
首筋に傷があるし間違いない。トンネルの中で死んでいた奴らだ。
この数日、俺の周りで死んだ連中がみんなこの場に集まっているらしい。
<Aghhhhhhhhh!!!>
緑色の炎で燃え盛る銃剣を手にした亡霊たちが迫ってくる。
……クソッ、長い夜になりそうだ。
◆◇◆
※作者コメント※
本話に登場するボヌール・カレは、四角く作ったカヌレみたいなお菓子です。
外はカリカリ、中はバターでジュワッとしております。フィナンシェをさらに焼きしめたお菓子を想像して頂ければと……
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