長い夜(2)

「グレネードいきます!」


「おう!」


 銀の爆弾は、亡霊だけでなく吸血鬼にも悪影響を及ぼす。

 儀式のジャマをしないようにしないと。


 俺はピンを引き抜き、団子になっている亡霊たちの中心に投げ入れた。

 地面に落ちた鉄のリンゴはすぐさまボンッと弾け、周囲を銀色のガスで満たす。

 おっと、これは吸い込むとまずそうだ。ヘルメットをかぶろう。


『警告:大気に異常を検知。エアの供給を開始します』


 ヘルメットにパワーを入れると、早速警告が飛んできた。

 グレネードが吹き出した銀粉は、俺達の周りを囲んでいる。

 幽霊でなくっても害がありそうだ。


<Ahhhhhhhhhh……!!>


 銀の煙に苦悶の声を上げる亡霊たちだが――


「クソッ、雨のせいで効果がイマイチだな」


「……ですね」


 降り注ぐ雨のせいで、銀粉は留まることができない。

 銀色の霧は雨粒にうたれると、たちまち薄くなっていった。

 亡霊を足止めできる時間は長くないだろう。


「マリア!!」


「…………!(こくりっ)」


 マリアは抜き放った銀剣をまっすぐ大上段に構えると、地面の水たまりに波紋だけを残して弾けるように走った。


 「風のように走る」なんて陳腐な例えがある。

 彼女の動きはまさにそれだ。ああなったらもう、誰にも捕まえられない。


 彼女は青緑色の炎を映した銀剣で亡霊を打つ。すると、風に舞い踊るカーテンを叩いた時のようなくぐもった響きが、肉を切った音の代わりを務めた。


 マリアの銀剣が空気を切り裂き、凛とした声を闇に届かせる。ときおり舞い降りた雨粒が剣身に弾かれて、鈴のような音色が彼女の剣筋に交じった。


 亡霊は生者のように肉や骨を持たない。

 銀が霊の体を通り過ぎると、霧に息を吹きかけたかのように散っていく。


 孤児院の庭にあるのは、水たまりを蹴る音と彼女の剣が奏でる音色だけ。

 眼の前で繰り広げられる戦いの光景は、どこか非現実的だ。

 殺し合っているという実感すら、どこかに置き去りにしているようだった。


「ったく、キリがねぇな!」


<ドン、ドン、ドン!!!>


 ショットガンを連射するワルターがぼやく。

 彼は引き金を引き絞ってコインをばらまいていた。


 ショットガンが放つ弾丸とちがって、コインは大きく遅い。

 俺の目でも追えるほどだ。


 火薬の力で銃身から押し出されたコインは、奇妙に折れ曲がったうえに、ばらけて飛んでいる。コインが互いに押し合いへし合いしたせいだ。


 だが、そのおかげで射撃の軌道がひどく読みにくい。


 亡霊たちはショットガンの銃身を避けて押し寄せようとするが、エキセントリックな軌道で飛び回るコインに体を貫かれて霧散していた。


 こっちに飛んでこないことを祈るばかりだ。


 マリアとワルターの二人に比べると、ルネはスマートに亡霊に対処していた。


 彼女は身につけたアクセサリーを鳴らす音でリズムを刻んで踊っている。

 そうしてルネはダンスに誘うように亡霊の手を取ると、恐ろしく憎悪に歪んだ彼らの形相がほどけ、水面に垂らした墨のように筋を引いて姿が消えていった。


 除霊、というよりは浄霊といった感じだろうか。


 マリア、ワルター、ルネ。

 各々のスキルを駆使して、みんなで亡霊を排除している。

 そして俺だが――とくにやることがない。


 ……いや、マジで。


 だって、持ってる剣は普通の鋼のショートソードだし・

 タキオンランスは自分で使おうとしても使えないカウンター武器だし。

 セントリーガンだって、純粋な物理攻撃なんだもん……。


 いや、まてよ……? セントリーガンを出すのに「クリエイト・ウェポン」をたくさん使ってたから、そろそろ新しいメニューを覚えられるかも。


 ――よし、いっちょやってみるか!


 俺には創造魔法がある。

 そうだ、亡霊たちを蹴散らす兵器を想像するんだ。


 亡霊たちを蹴散らすっていうと……うーん、やっぱ光だよなぁ。


 雲を割り、空から差した神々しい光が亡霊たちをBBQにしていく。

 そんな光景を俺は思い描いた。

 よし、このイメージだ!! キタキタァ……これだッ!!


「クリエイト・ウェポン!!」


 俺はイメージを創造魔法に注ぎ込み、解き放つ。

 光が俺の眼の前に集まって、なにかを形作っていく。


「これは……ミサイル?」


 俺の眼の前に現れたのは、真っ白な胴体に先端がオレンジ色の尖った棒。

 棒の下部には三角形をした5枚の羽がならび、黒いノズルが見える。


 どこからどうみても、戦闘機が翼の下にぶら下げているミサイルだ。

 武器にしてはかなりの大物が来たなぁ……。


『ジロー様、それって棍棒? 大きくて使いづらそう……』


『いや、これは持って殴るものじゃないよ。飛ばして当てるんだ』


『棍棒をなげるの? もっと使いづらそう……』


『まぁまぁ、それは見てのお楽しみさ』


 しかし、ミサイルそのものをどうやって射出したもんか。

 俺は戦闘中にもかかわらず、ミサイルの使い方を調べ始めた。

 今も戦っているのに、本当に申し訳ないと思っている。


「うーん……さっぱりだ。普通はバズーカみたいな筒に入ってるもんじゃないのか」


「みゃーん?」


「あっ」 


 ミサイルの前で首をかしげるリンを見てひらめいた。

 彼ならこのミサイルを使えるかも?


「リン、これをちょっと使えるようにできない?」


「みゅ!」


 俺が両手を合わせて頼み込むと、リンはぴょんっと飛んでミサイルを小突いた。

 すると側面が開き、なにかの操作パネルが出てきた。


「おぉ、さすがリン!」


「みゃん!」


 パネルの中には発射ボタンのようなものがあった。そしてもうひとつ、銃身の無いピストルのようなものも収められている。ピストルにはプラスチックのトリガーがあり、上には赤色のランプが点灯していた。


 きっとこれがミサイルの点火器に違いない。よし、やってみるか……!


「みんな、この棒から離れて!」


「なんだぁ?」

「ともかく言うとおりにしましょう。きっとロクなことにならないわ」


 ルネさんは何かを察したようだ。おそらくそれは正しい。俺が点火器のトリガーを引くと、ミサイルはズゴゴと音を立てて下の方から煙を吐き出し始め――


<バシュゥゥゥン!!!>


「ちょ、お空に飛んでったぁ?!」


 チカチカと光りながら、白い軌跡を残してミサイルは明後日の方向に飛んでいく。

 そのまま夜空を埋め尽くす雨雲の中に飛び込んで、完全に姿を消してしまった。


「おうふ……何がミサイルだ! ただのゴミじゃん!」


「みゃ!」


 地面に四つん這いになり、肩を落とす俺。

 するとリンはそんな俺を慰めるように、俺の手の甲に丸い手をやった。


「ふっ、人生ってのはままならないものだね……」

「みゃんみゃん!」


 ふてくされる俺に向かって、リンは何かを訴える。

 はて? 彼は俺の手の中にある、点火器をつんつんしている。


「これ? トリガーを引けってこと?」

「みゃー!」


 どうやら俺を慰めていたわけではないらしい。

 俺がにぎったままにしていた点火器を使えと訴えていたようだ。


 何気なく点火器を見てみると、ピストルの背にあるランプが緑色になっている。


「まさかとは思うけど……」


 俺は点火器を握りしめ、今も現れ続ける亡霊の集団に向かってトリガーを引く。


 すると、眼の前で信じがたいことがおきた。


 天から細いピアノ線のような光が伸びたかと思うと、直後、目もくらむまばゆい光が頭上から降り注いだのだ!!


<カカカッ!!! ドカカカカ!!!>


 あまりにも突拍子もなく、無慈悲な亡霊虐殺ショーが始まってしまった。


 雲を割り、天からごんぶとレーザーが降りそそぐ。

 閃光が亡霊の体に直撃したかとおもうと、一撃で光の粒に変えていく。

 なんなのだこれは!! どうすればいいのだ!?


『ジロー様、これってさっきの棍棒が……?!』


『う、うん……たぶんそーみたい、かなー……?』


『報告:サテライトキャノンの軌道投入に成功。ファイア・コントロールシステム、オールグリーン。衛星にユーザー登録を行いますか?』


『あっはい……お願いします。』


 レコンヘルメットが何かとんでもないことを言い出してる気がする。

 サテライトキャノンってことは、衛星砲?

 どうやらただのミサイルではなく、人工衛星だったらしい。


『了解。現在のエネルギーは0.1%です。チャージ終了後、オートターゲットにより敵性存在の殲滅せんめつを行います』


『なんかクッソ物騒なこと言い出してるぅ?!』


 ヤバイ。超展開で脳の奥がマヒしている感じがある。

 何かとんでもないことをやらかしてしまった。そんな気がする。

 幽霊は吹き飛ばせるが、くっそ目立つなぁこれ……。


 せっかく人目を避けて儀式してるのに、これじゃ台無しだ。

 どうしようかと思っていると、亡霊たちの動きに変化があった。


 ゴーストがより集まってひとつになり、大きな顔をつくりだしたのだ。

 そして、俺にはその亡霊の面影に見覚えがあった。


<マリ・ア……!>


「まさかお前は……アイン?!」



◆◇◆



※作者コメント※

まさかのアイン再登場。

そしてついにサテライトキャノンさんのエントリーだ!

(いや、どうするのこのチート兵器…)

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