長い夜(3)

「あのゴースト、貴方のお知り合いなんですの?」


 儀式を続けるミアが質問を投げかけてきた。

 マリアの名を呼んだアインの反応が気にかかったんだろう。


「えぇ、まぁ……。あいつは以前、スラムで俺とマリアに因縁をつけてきたやつで、反乱を起こした首謀者でもあります。広場で処刑されたはずだけど……」


「死にきれなかった。って感じだな。」


「以前の彼と同じとは思わないように。すでに別の存在に成り果てていますわ」


「分かってます……!」


「…………!(ふんす!)」


<マリ・ア……ジロー……! なんで俺を助けなかった……お前だけは――>


「あのゴースト、貴方たちにとてつもない恨みを持っているみたいですわね」


『アイン……』


『マリア、心を許しちゃダメだ。あいつはもう完全な悪霊になっている』


『う、うん……!』


『言葉に聞こえても、逆恨みで発してるただのうわごとだ。終わらせよう』


<モット、モットダ……! オレが、持ツ者なら、お前なンかに!>


 空中に浮いている巨大なアインの生首が金切り声をあげる。

 すると、周囲にいる悪霊たちが突然苦しげな声色で叫びだした。


「おいおい、いったい何が起きてるんだ?」


「あの悪霊、周囲のエーテルを取り込んでいますわ! マズイ、このままだと――」


<ドクンッ!!!>


 そのとき俺は、空間そのものが鼓動したような錯覚を覚えた。

 アインの周りに青緑色の炎が逆まき、熱風が吹き上がる。

 雨が降っているというのに、まるでオーブンの中にいるみたいだ。


『イヤな予感がする……マリア、みんなの近くでベルトのスイッチを!!』


『うん!』


 俺の勘は正しかった。いっさいの間をおかず、集まった炎が弾ける。シールドベルトを展開するのが少しでも遅れたら、まともに炎を食らっていたところだ。


「みなさん、大丈夫ですか!?」


「オレはなんともない。――それよりミアだ、彼女がかなめだぞ」


「私のことならご心配なく。それより……気に掛けるべきは坊やたちよ」


「何?」


「僕たちが? ――ッ!!」


 俺は爆炎が通り過ぎていった周囲を見渡すと、はっと息をのんだ。

 あれだけいた亡霊の姿が全てかき消えている。


 かわりに立っていたのは黒衣の男。

 黒ずくめのコートにツバの長い帽子を被った、どこか気取った格好の男だ。


 男は自らの手を前に突き出す。そうして何かを確かめるように、何度も手を開いては閉じるといったことを繰り返していた。

 

 すると突然、男は体を前に折って発作のように笑い出した。


<ハ、ハハ、ハハハハッ!!>


「――その声は……アイン?」


 黒衣の男から聞こえてくる声はアインのものだった。

 するとヤツは、親指で狩猟帽のつばを押し上げて顔を見せる。


 間違いなくアインだ。

 姿形はヤツそのものだが、その両目は煌々と赤く燃えている。

 完全にモンスター化してしまったようだ。


「あの黒衣の狩衣、間違いない……帰参者――〝レブナント〟だ」


 ワルターが声を震わせている。

 たしか、その名前はサイゾウさんに聞いた覚えがある。


「レ、レブナントって、すっごいヤバイやつなんじゃ?」


「あぁ、最悪の亡霊だ。レブナントは決して復讐を諦めない。世界が滅ぶまで、だ。いったいお前、あいつに何したんだ?」


「ただの逆恨みですよ。アイツはスラムで反乱を起こすために、マリアにつきまとっていたんです。彼女の父親が帝国の重鎮だからって、ただそれだけの理由で……」


「なるほどな。だがそういうヤツほど恨み心頭になるもんだ。嫌だねぇ」


 アインが俺たちを恨んでいるのはわかっていた。

 だが、レブナントに成り果てるほど憎まれていたなんて。

 お前がマリアに嫌われたの、そういうとこやぞ!


『こうなったら仕方ない……マリア!』


『うん、やっつける!』


 マリアは銀剣を構え、切っ先をレブナントにやった。

 だが、ヤツは銀を向けられているというのに、構えすらしない。

 だらりと両手をたらし、顔に笑みを貼り付けている。


<来いよ、今は俺が持つもので、お前が持たざる者なンだぜ?>


「…………!!(フッ!!)」


 マリアが真紅に染まった地面を蹴り、血しぶきを残して跳ぶ。

 そしてオレンジ色に輝く炎で包まれた剣を突き出すが――


<遅ェ! ブラック・ネイル!!>


 アインはだらりと垂らしていた両手をあげる。

 するとその手には、いつの間にか漆黒のクロスボウが握られていた。


 引き絞られていたげんが弾かれ、黒い杭が散弾となってマリアを襲う。

 彼女は銀剣を引き戻し、刃で受ける。

 すると、漆黒の杭は金属質な音だけを残し、闇に消えていった。


「…………!(くわっ)」


<スゲーだろ? なんか俺、スゲー頭がスッキリしてるんだ。>


 そういってアインは、俺たちを嘲るようにくつくつと笑う。

 完全に別人としか思えない能力だ。

 クソッ、借り物の力で調子に乗りおってからに……!


「えぇい! なんか知らんが喰らえ!」


 俺はサテライトキャノンについてたピストルを向けてトリガーを引く。

 なにがレブナントじゃい! こいつを使えばイチコロというものよッ!!


 そっちが新しい力を得たってんなら、こっちもパワーで解決だ!!

 ガハハ、喰らえぃ!!!!


<カチンッ!>


「……へ?」


 しかし、俺の期待とは裏腹に、ビームは出ない。

 手元でカチカチと虚しい音がするだけだ。何も起きない、だと……?!


『警告:サテライトキャノンはチャージのために軌道を周回中。再度ランデブーするまでの時間を計算中……残り5分です』


『そんなっ!?』


 こんな肝心な時に撃てないなんて!!

 ちょ、え、マジ?!



◆◇◆



※作者コメント※

サテライトキャノン「もう疲れちゃって ぜんぜん動けなくてェ…」

◯◯◯◯◯「簡単にクリアされたら悔しいじゃないですか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る