残りライフは1

「……どちらの味方でもありません。彼らの行いを見て判断するだけです」


 頭をフル回転させたが、出せる言葉はこれだけだった。


 ふと、ワルタ―の言った言葉を思い出す。

 どんなに可愛らしく見えても、モンスターはモンスター。

 自分の都合しか考えないと。


 そういう意味では僕も大差ない。

 これまで僕がやったことだって、自分の都合でしかなかった。


「そう? なら貴方はどういう判断をくだしますの?」


 ミアは絶妙に言葉を隠しながら質問を繰り返す。

 彼女の質問――いや、尋問には、ふたつの質問が重なっている。


 王国と帝国人。

 人間とモンスター。


 そのどちらを生かすのか、彼女はそれを俺に問いかけていた。

 逃がしてくれる気は無さそうだ。


 だが、俺に答えられるか?

 他人の生き死にを決める資格なんて、俺にあるのだろうか。

 いや、そもそも――


「勉強のテストとちがって、現実の問題は一問一答で答えられるようにできてません。この世界がこうなったのは、そうした答えを求める人が絶えないからでは?」


「面白い考察ね。そうした言葉遊びは嫌いじゃないけど……不愉快だわ」


 部屋の空気が張り詰める。

 俺はグレネードのピンをいつでも引き抜けるよう、手をのばした。


「坊やは優柔不断や皮肉をさかしさだと思っているのかしら? 貴方が決めなければ、他の誰かが貴方より先に決めるだけよ」


 凄みのこもった彼女の言葉を聞くと、俺の肌が粟立った。

 牙をむいたライオンを前にしている気分だ。


 まだミアは動かない。

 だが、残りライフは1といったところか。


 次の言葉を間違えれば、間違いなく血が流れる。

 慎重に言葉を選ばないと、そう思って言葉を探していたときだった。


「すみません、うちの助手の失礼をお許しください。こいつは口がたつんですが、まだまだ未熟者で余計なことばっかり……」


「私は彼に聞いているの」


「は、はいっ」


 ワルターが助け舟を出したが、見事に撃沈した。

 どうもミアは俺の口から直に聞かないと納得いかない様子だ。


 スタンスを明確に示せ。

 それはわかる。だけど、なぜ俺なんだ?


 幽霊屋敷の依頼を受けたのは俺じゃなくてワルターだ。

 なら、この会話の主体性は彼が持っていてもよいはずだろう。


 俺が敵か味方かなんて……いや、まてよ?

 彼女が問題にしているのは、彼が関係していないこと?

 って、まさか……。


「僕は――僕のことを助けてくれる人を助けます」


「それがあなたの判断?」


「はい。地下で起きたことについてなら、互いに選択の余地がなかったのはご存知のはずです。モンスターだからといって戦いを挑んだわけではありません」


「そうね……確かに。先に手を出したのはこちらの側ですもの」


「おい小僧、何の話だ?」


「スラムで反乱が起きる前後、地下トンネルを探索していた僕たちは、吸血鬼と遭遇して何度か戦ってたんですよ」


「なっ……」


「ですがこれ、よくよく考えるとおかしいんです」


「あら、何がおかしかったのかしら?」


「物言えぬ奴隷を獲物にして地下に隠れるというアイデアを、吸血鬼がどうやって思いついたのか、です。彼らはトンネルに入った人間を手当たり次第に攻撃していた。知性は感じるけど、その行動自体はきわめて衝動的だった」


 アインたちを襲ったブラッドサッカー。そして子どもたちをおそったアルプ。

 どちらもこちらを見かけ次第襲ってきた。

 トンネルに潜み、声の出せない奴隷を獲物に選ぶ慎重さがあるなら不自然だ。


 とくにブラッドサッカーだ。アイツは自分の姿を隠す能力を持っている。アインたちを見逃して、いつもの生活を続けてもよかったはずだ。


 だが、トンネルの中にいた奴らは、そうはしなかった。


 俺の言葉が終わるころ、彼女の形の良い真っ赤な唇が半月を描く。


「吸血鬼を統制している存在がいるみたいだった、と?」


「ミアさん、単刀直入にお聞きします。貴方は吸血鬼ですか? 幽霊屋敷で見つけた日誌には、そう思わせる内容があった」


「ちょ、おま?!」


「その通りよ。私は〝ストリガ〟。いわゆる上級吸血鬼と呼ばれる存在よ」


 ワルターが「げっ」と悲鳴のような声を漏らした。

 ベテランの彼でも恐れる危険な相手らしい。帰りてぇ……。


「ミアさん。貴方たち吸血鬼に目的があるように、僕にも目的があります」


「――続けなさい」


 冷や汗が背中をつたっていく。

 彼女と対等に話すなら、方針を明確にすることだ。


 彼女が俺と対話を続ける気になっている理由はただひとつ。

 俺の〝自分を助ける者を助ける〟という判断に同意したからだ。


 これにそった話を続ける間かぎり、彼女は爪を隠したままでいるはず。

 90%くらい、俺の願望が含まれてるけど。


「僕は転移者です。目的は自分がもといた世界に帰ること。もしそれが叶えられるなら……残してきた家族に眉をひそめられるようなことでもやる覚悟はあります」


「それで?」


 ミアはぞっするほど冷たい視線を俺に送る。

 凍えそうな恐怖が頭の後ろに突き抜けて、背中全体に広がったように感じた。


 これもスキルなんだろうか。

 あるいは捕食者が獲物に感じさせる、もっと根源的な「何か」かもしれない。


「僕が帰るためには『禁書庫』を探し出す必要があります。僕たちを異世界から連れてきた魔法があるなら、もとの場所に還す魔法もきっとあるはず」


「それは難題ね……これまで幾星霜、星の数ほどの人々が禁書庫を求めてきたけど、その場所、姿を知ると言い張る者は詐欺師しかいないわ」


「貴方がたでも手がかりをつかめていないんですか?」


「えぇ。もっとも、私達の生きたヒトよりは詳しいでしょう。ただ――」


「教える義理はないと?」


「そうね。冒険者はタダでは動かないけど、私たち資本家もそう。高値で売れそうなものは、それはそれは大事に守るものよ」


 禁書庫の手がかりはワルターさんも持っている。

 だが、情報はあるに越したことはない。

 それがヒトとは全く視点のことなる存在のものとなると、なおさらだ。


「取り引きするには何が必要です?」


「幽霊屋敷で手に入れたものを全てこちらに渡しなさい。あの子もね」


「日誌はともかく、あの子って……リンまで?」


「あら、ミュリングに名前をつけたの?」


「ミュリング?」


「殺された子という意味よ。ミュルは旧い言葉で殺人を意味し、リングは小さな子、つまり嬰児えいじを指す。彼らは生まれることができなかった世界を恨み、死の原因になった者たちを追い詰める……そういう怪物よ」


「リンは見た目がちょっと変わってるだけの機械好きな猫です。差し出がましいようですが、貴方のいうミュリングでは無いと思います」


「機械好き? 奇妙ね……」


「僕はリンはグレムリンだと思います」


「グレムリン? そんな名前のモンスターは初めて聞くわね」


「そのはずです。僕がいた世界にいたモンスターですから。機械いじりが好きで、機嫌を損ねると機械の調子を悪くしたり、壊してしまうモンスターです」


「……なるほど。その子の扱いについては、いったん保留としましょう」


「ありがとうございます。僕が必要としているのは『禁書庫』の情報ですが、これを探し出すためにも冒険者ランクを上げる必要があります。もしミアさんがそれを手伝ってくれるというのなら、貴方の身の回りには何も起きません」


「――助けてくれる人を助ける。私と貴方の間には、そのルールしか存在しない。

 これでどうかしら?」


「それでかまいません。けど、もし貴方とその仲間が見境なく人を傷つけて、冒険者ギルドから討伐依頼が出るようなことが起きたら……」


「えぇ。その時は逢瀬おうせを楽しみましょう」



◆◇◆



※作者コメント※

お、戦闘回避したっぽい。

メガテンでいうところのカオスルートに突入かしら?


ミュリングの設定を一部改変しました。

原作(史実)のミュリングとは、その性質がちょっと違います。

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