ウルル湖へ

『わ、はやーい!!』


『わわ、あぶないって!!』


 俺とマリアは自転車で森の中の砂利道を進んでいた。

 流れる景色に興奮し、俺の後ろに座っているマリアがはしゃぐ。

 そのせいで、車輪がぐらぐらと左右に揺れて大変だった。


 結局、俺たちは騎士リリーと共に湖に向かうことになった。


 湖までは歩きで4時間ちょっと。車だと1時間弱とのこと。

 江戸時代の人ならともかく、現代っ子の俺はとてもじゃないが歩いてられない。

 なので、街で自転車ママチャリを借りたのだ。


 ファンタジーな異世界で自転車に乗るなんて、なんかチグハグな感じがする。

 いうて、馬なんて用意されても俺には乗れないけど。


 シルニアでは馬を使わなくなった代わりに、自転車を広く使っているようだ。

 自転車の販売とレンタルを生業にする「銀輪屋」が市壁のそばに何軒もあった。


 銀輪屋はその名の通り、タイヤを外したアルミの車輪を看板にしている。

 1日のレンタルが費用は銀1枚だ。

 この世界の物価からすると、けっこうお高い。


 この世界での銀貨一枚の価値は、4人家族の1日腹いっぱい食えるほどらしい。

 元の世界で例えるなら、銀1枚は、4000円か5000円くらいだろうか?


 となると、最初のゴースト退治の報酬は銀10枚だから、5万円くらい?

 命を張った派遣業で半分を会社(ギルド)にもってかれてその代金……。

 なんだろう。ビミョーにリアルでイヤんなるね。


 そういえば、ワルターはショットガンの弾に銀貨をモリモリ込めてたな。

 あれってものすごい投げ銭だったんじゃ……。

 きっと、そこらのVチューバーの赤スパなんか目じゃないぞ。


 さて、借りた自転車だけど、これは各地の支店に返すこともできる。


 ウルル湖にも銀輪屋の支店があるので、行った先で自転車を返せば、借りっぱなしにするよりずっとレンタル料金を節約できる。


 今後も外に出る時は、レンタル自転車を積極的に活用していこう。

 まとまったお金が入ったら、買っちゃうのも良いかもね。


『みて、ジロー様!』


『ん……?』


 マリアの声によって、俺は現実に引き戻された。

 砂利道から顔を上げた俺は、思わず叫んだ。


『おぉ!! カッコイイ!!』


 俺たちの後ろから、青い旗を掲げた車列が迫っていた。

 車列の先頭には緑色のハンビー。

 その後ろには、薄茶色のほろをはった2台のトラックが続く。


<ゴォォォォッ!!!>


 銃士隊の車列が俺たちを追い越し、風を残していった。

 まだ夏の気配は遠いとはいえ、ペダルをこぐ俺はシャツの中まで汗が浮いている。

 排気ガス混じりの風でもありがたかった。


『あのクルマ、カエルさんみたいだったねー?』


『あ、言われてみればそうかも』


 ハンビーは上から押しつぶしたような独特のシルエットをしている。


 フロントグリルのヘッドライトは離れていて大きい。ライトを目として見立てると、緑色なのもあって、たしかにカエルみたいな印象だ。


「うむ、シルニアの馬は大きくてやかましいな!」


「馬じゃなくて自動車ですけどね?」


 横でペダルをこいでいるリリーさんも車列に感心していた。

 が、俺にとっては彼女の姿こそ気になって仕方がない。


 騎士が自転車に乗っている姿がこれほど珍妙とは思わなかった。

 作り物の馬の首までマウントされてるからなおさらだ。


「お、あれは戦象エレファントか? なんという鼻の長さだ」


「え、象……いや、あれは!」


 地面が震え、握っているハンドルにまで伝わってくる。

 エンジンの音は空気を震わせ、俺の頬を叩く。

 砂利道でうなりをあげて後ろからせまってきてるのは――戦車だ!!


 まるでジェット機のような甲高いエンジン音をうならせ、高速で回るキャタピラが地面を滑るようにしてその巨体を前に進ませている。


 あれはニュースなんかで見たことがある。

 アメリカ軍が使ってる、M1エイブラムスとかいう戦車だ。


 映画で見る戦車は鈍重な印象だが、実際の戦車は気持ち悪いくらい機敏きびんだ。


 砂利道の上でうねるキャタピラと、滑らかに上下するホイール。

 それをみていると、どこか別の世界に生きる生物のようにも見えた。


 戦車は俺たちのすぐ横を通り過ぎていった。


 深いキャタピラの跡と、灯油のようなえぐみのある排気ガスの臭いが残されていなかったら、幻覚か何かとしか思えなかったろう。


『すごーい! でっかいね!!』


『あれは僕の世界にある戦車タンクっていう現代兵器だよ。話にはきいてたけど、本当に持ち込まれてたんだね……』


 森の中の砂利道は見通しが悪い。

 俺達の横を通り過ぎた戦車の姿は、すでに見えなくなっていた。

 砂利道に残っているのはキャタピラの跡だけだ。


 戦車が通り過ぎると、再び森の静けさが戻ってきた。

 余韻にひたっていると、マリアはふと何かに気づいたような心の声を上げた。


『あれ? ジロー様の世界ってモンスターいないんだよね? なんであんなに大きな〝ゲンダイヘイキ〟が必要なの?』


『武器が必要な相手はモンスターだけじゃないからね。元の世界にはもっとタチの悪い相手がいるんだ。何千年かかってもまだ倒せない相手がね』


『何千年かかっても倒せないって……悪魔みたいな?』


『うん、そんなとこ。』


 悪魔といえば確かに悪魔だ。

 この世界にもいる、〝戦争〟という名の悪魔だ。


 神話の中では神と悪魔が戦う。

 けど、現実においてはそうじゃない。


 悪魔はいるけど、神がいた試しはない。


 自分たちで始めたことだろ?

 ケリをつけるなら自分たちでつけろ。


 そういって神様は電話番号すら教えてくれなかったのだ。


 僕らはお互いに恐怖した。

 その結果、大地の形が変わるほどに鋼を集め、鍛え、たくさんの武器を用意した。

 あの戦車の装甲は僕たちの恐れ。大砲は憎しみの具現化だ。


 恥じることはあっても、誇るようなことではない。


 この異世界の人たちのほうが、僕らの世界の人々に比べてまだ正気かも知れない。

 黙々と自転車のペダルをこぐ俺は、ふとそんな事を考えたが――


「ハイ・ヨー!!」


<パカラッ、パカラッ!!>


 自転車のハンドルをにぎりながら、器用に2つのココナッツをたたき合わせ、馬の蹄の音を奏でているリリーさんを見たら、それもどうなんだろうと思った。


 っていうか、ココナッツからそんな音が出るのを初めて知った。

 めっちゃリアル。


 でもさ、それどこから持ってきたの???

 絶対ここら辺じゃヤシの木なんて生えてないし、見つからないよね???


 ていうかココナッツを使う発想がどっから出てきたの??????


『うーん……やっぱり正気じゃないかも』


『え?』


『いや、こっちの話』


『????』



◆◇◆



※作者コメント※

ええい、急にハードボイルドになるな!!

そしてリリーがフリーダム過ぎる。なんというシリアスブレイカーか(

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