ヒナゲシのある野原

『銃士隊の人、どうしたの、かな?』


『もっと死体の様子を調べみよう。何かわかるかも』


 俺は衛星画像に写って椅子死体の様子をしげしげと観察する。

 まず俺の目を引いたのは、死体が背負っていた灰色のタンクだ。


 最初は酸素ボンベか何かかと思ったが、少し様子が違う。

 灰色のタンクからは、太いホースが伸びており、その先を追っていくと、取っ手のついた太い鉄の棒につながっている。


 これには見覚えがある。火炎放射器だ。

 第二次大戦を舞台にした、戦争映画なんかでよく見る兵器だ。


 ガソリンと軽油を混合した燃料を吹き付けて、火炎


『花畑で倒れている銃士隊が背負ってるのは、火炎放射器か』


『……ホウシャ?』


『えーっと、簡単に言えば火をつける道具だよ。ガソリンっていうよく燃える油を吹きつけて、広い範囲を燃やしつくす兵器だね』


『じゃあ、倒れてる人たち、花畑を燃やそうとしたの、かな?』


『だろうね。上手くいかなかったみたいだけど』


 あらためて死体の周りを見返しみると、何かが燃えたような跡がある。

 だが、黒い灰の上には例の赤い花が咲きほこっている。


『花を燃やしたけど、また生えてきたってところかなぁ?』


『……でも、どうして花畑で倒れてるの、かな』


『うん、そこなんだよね』


 銃士隊が花畑を燃やそうとしているのはわかった。

 だが、なんで倒れているのか? 彼らの死因がわからない。


 傷もなしにどうして……? いや、それが手がかりか。

 外傷がないということは、目に見えない何かが原因なんだろう。


『ここから見る限り、銃士たちの死体には傷がない。ってことは、直接体を傷つけない何かが彼らを殺したんだ』


『体を傷つけない、何か?』


『うん。例えばそう……毒とかね』


『毒? じゃあ、このお花に毒があるの、かな?』


『可能性は高いと思うよ。キレイなものにはなんとやらって言うからね』


 大地を覆っている花に毒があって、そのせいで前進できない。

 うん、有り得そうだ。


 普通の毒ガスなら、風が吹いたり雨が降ればそのうち消える。

 だが、花畑となるとどうか?

 その土地に根付く植物が出す毒とならば、留まり続けるだろう。


 衛星画像に写っている花畑は、尋常じゃないくらい広い。

 シルニアの周辺がすっぽり入るくらいの大きさだ。


 いくら大砲でもこの広さは手に負えない。

 ブルドーザーで埋め立てたり、火炎放射器で焼き払いたいところだ。


 ……で、試しに焼き払おうとしてみたが、上手くいかなかった、と。


 当てずっぽうだけど、大体合ってるんじゃなかろうか。

 あとはこの仮説を裏付ける証拠があればいいんだけど……。


『見た目だけの調査には限界があるな。衛星の機能でなんとかできないかな?』


 上空の監視衛星は、リンの手によってレコンヘルメットのパーツが使われてる。

 ヘルメットは汚染物質や何やらの検出ができる。

 その機能を使えば、もっと詳しい情報が得られるはずだ。


 俺は視界に浮かんでいた人工衛星のアイコンを押す。

 この手のものには、必ずオプション的なものがあるはずだ。


『えーっと……あ、これかな?』


 並べられたアイコンのひとつに、虫眼鏡のアイコンがある。

 うん、これに違いない。

 これじゃなかったら逆に何なんだって感じだよ。


 俺は視界に浮かんでいた虫眼鏡のアイコンを指で押してみる。

 すると、俺の指先にポンッと、矢印のアイコンが現れた。


 ふーむ、虫眼鏡を押したあとに矢印が出るということは……。

 察するに、この矢印で調べたいところを指し示せ、といったところか。


 ゲームやアプリなんかでよくあるタイプのヘルプオプションだな。

 遠い未来の道具といっても、そう使い方は変わらないものらしい。


『さて、調べるとしたら――』


 この花畑に何か異常があるとすれば、死体の近くだろう。

 俺は矢印に人差し指をのせると、小屋の前へ持っていって指を押し込んだ。

 すると、いつもの機械音声が流れてきた。


<報告:調査を開始します。動作が完了するまで、少々お待ちください>


『お、上手くいった?』


 しばらく待っていると、画面に大量の文字列が洪水のように流れだす。

 文字列はプログラムのコードのようで、全く内容が理解できない。

 うーむ……。


『えーと……調査の内容を要約できる?』


<肯定:このエリア全域でレベル6相当のエーテル災害を確認、現実歪曲が発生しています。また、当該エリアのエンティティは放射能を持ち、620から720ナノメートルの放射線波長範囲に、知性体の精神に作用するPSYサイフィールドが構成されています。人、動物、あらゆる生物の侵入に危険が伴うでしょう>


『……?』(かしげっ)


 しまった、ヘルメット君はこういうやつだった。

 専門用語が多すぎて、わかるようでわからない説明だ……。


『待って待って、情報の洪水が過ぎるって! えーっと……。危険なのはわかったけど、内容が専門的すぎてわからないよ。どういう危険があるか教えてくれる?』


<了解:報告内容をより平易なものに変更。このエリアには多量のエーテルが存在しており、生きものに害があります。そしてエーテルはこのエリアに存在する被子植物に類似したエンティティ――つまり、花に由来しています>


『なるほど。花が危険だってのはわかったよ。放射能とかなんとか言ってたけど……この花畑が、えーっと、核で汚染されてるってこと?』


否定ネガティブ:放射能は可視光線に限定されています。エンティティはいかなる状況であっても、赤、紫色を認識させます>


『いかなる状況であっても?』


<肯定:夜などの暗闇、または眼球を布等で隠したとしても、脳の大脳皮質にある視覚野に直接作用して、赤、紫の色を認識させます。>


『なんか雲行きが怪しくなってきた……。精神に作用するってのはそれのこと?』


<否定:これらは強制的な知覚であり、精神作用とは別の現象になります。>


『精神作用とは別って、どういうこと?』


<肯定:本エンティティの精神作用はエリアに立ち入った者に眠気をもよおさせ、最終的に昏睡状態にするものです。昏睡状態に陥った生物は、摂食や水分摂取といった生命維持に必要な行動に支障をきたし、死亡します>


『げ、つまり……花を見ただけでアウト?! ちょ、僕たち衛星画像でバッチリ見ちゃってるんだけど?!』


<報告:ユーザーに異常が発生してないことから、本エンティティの異常性が発揮されるのは花を視界に入れることと同時に、エリアの侵入だと推測されます。当該エンティティは固定式、致死的な異常であることからクラスBetヴェートに分類、「ヒナゲシのある野原」と仮称します。>


『……えーっと、ようするに、花畑に入らない限り安全ってこと?』


<肯定:異常の発生は、エンティティに侵入したものに限定されるようです。>


 そういえば、銃士たちはガスマスクみたいな装備を身に着けていない。

 彼らが死んだ原因は毒じゃなかったってことか。


 うーん、参ったな。もし、今後僕らが魔国に入る必要が出てきたら、この異常に対処しなければならない。


 未来の兵器を使っても突破は……リスクがありすぎるな。

 ゲームと違って、現実はセーブ&ロードするってわけにもいかない。

 かといって、誰かを使って実験するってのも避けたいし。


 何か方法を探さないと……。

 手がかりになりそうなのは、シルニアの行動だろう。

 連中なら、突破するための手段を何かしら考えているはず。


 情報があるとしたら、王城だろうか?

 ……ふたたび、王城に行くべきかもしれない。



★★★



※作者コメント※

魔国さんサイド、何してるん?!

祖国防衛のためにSCPみたいなのを解き放ったって……コトォ?!


異常なエンティティのクラスはABCDの4種で、それぞれが


(A)Alefアレフ(不定形、条件不明の異常)

(B)Betヴェート(固定式、条件付きの異常)

(C)Gimmelギメル(非物質的な、概念に由来する異常)

(D)Daletダレット(移動、伝播する異常)

(※注:Cがギメルなのは、ヘブライ語ではCとGに相当するからです)


という、特性による分類がなされているらしいです。

Aが一番やばいというわけではない模様。

禁書庫やアクマな人(?)はAかな…?

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