平和な、とても平和な

 人工衛星のレンズから送られてきた魔国の風景は、俺の想像を越えていた。

 何この、何……?


 まず色がおかしい。

 地面は極彩色の紫と赤が入り乱れている。

 色彩的混乱の極地とでも言おうか。


 その鮮やかさは、さながら子どもがクレヨンを塗りたくった絵のようだ。

 色鮮やかなのは確かなのだが、美しいという感情よりも先に異様さを感じる。


 ……いや、うん、落ち着こう。

 この世界は俺が住んでいた世界とはちがう、異世界なんだ。

 七色に輝くゲーミングカラーの大地だってあるだろう。


 それにほら、元の世界だってこうした風景がないわけでもない。

 深夜番組でたまーに世界の奇景とかやってるし。


 例えば、エチオピアのダロル火山なんかがそうだ。


 ダロル火山は、海底火山を除いて世界一低い火山だ。

 火という名前にも関わらず、周囲から落ちくぼんだ場所にある。


 そのため、火山の周囲は硫黄や鉄、塩なんかの噴出物が長年にわたって堆積し続け、それらがこの世のものとは思えない奇妙な風景を作っている。


 大地は硫黄によって真っ黄色に染まり、その大地を蚕食さんしょくするように、塩の階段で区切られたエメラルド色の泉が点在する。


 さらに夜になると、自然発火した硫黄によって空が青く染まる風景が見られる。

 この地球にあって、異世界にしか見えない場所というのは確かに存在する。


 俺たちの世界でもそうなんだ。いわんや、異世界ならば。

 この異世界なら、もっと奇妙な光景があってもおかしくないだろう。


『……ふぅ、第一印象に引っ張られすぎるのは良くないな。深呼吸して、魔国の様子をもっと冷静に観察してみよう』


 俺は赤と紫で彩られた極彩色の大地をもう一度観察してみることにした。

 視界に浮かぶ衛星のUIを操作して、衛星画像を拡大する。

 するとジリジリというノイズ音がして、画像がより地面に近づいていった。


『――あれ? なんだ、ただの花畑じゃないか』


 画像を拡大してみると、なんということはない。

 大地を赤く染めているのは、4つの丸い花びらを持つ大輪の花々だ。

 極彩色の大地は、ごく平凡な花畑だったのだ。


 ――ただ、花畑にしては異様に広い。

 その他には……奇妙な点は、とくに見当たらない。


『花畑……か』


『わぁ……キレイ』


 衛星画像をのぞき見たマリアが、ため息混じりの声をあげる。

 しばらくの間、彼女は花畑に見入っていたが、ふと小首を傾げる。


『ジロー様。これって変じゃない、かな?』


『え?』


 レコンヘルメットのアゴに小さな手をやって、マリアは続ける。


『銃士隊はたくさんのセンシャがあるのに、なんで進まないの、かな』


『あ、言われてみれば確かに。なんで銃士隊は花畑の前で止まってるんだ?』


 マリアの指摘で俺はハッとなった。

 銃士隊は拠点を作り、戦車や大砲といった大量の兵器を並べている。

 が、並べているだけだ。

 大砲をブッ放して大地を掘り返し、土煙を上げる戦車で前進する気配はない。

 ただ、魔国の方向に銃口を並べているだけだ。


 あれだけの準備をして、どうして前に進まないのか。

 行かないのではなく、行けない?

 だが、銃士隊の前に広がってるのはただの花畑だ。


 塹壕や地雷原なんかの防衛線があるなら、彼らが足止めされるのもわかる。

 しかし、ただの花畑が軍隊を止められるはずがない。

 なんで銃士隊は動こうとしないんだ?


『うーん……?』


 不審に思った俺は、衛星画像をスクロールしてみることにした。

 見るのは花畑の中央ではなく外縁部、銃士隊に近いほうだ。

 この花畑に「何か」があるなら、それは連中の近くにあるはずだ。


 衛星画像はリアルタイムなので、花々が風で波打っているのが見える。

 あまりにも平和すぎる光景だ。

 この場所には戦争なんて何もないように見える。


 ……この花畑を見て、戦争する気ががれたとか?

 まさかね。銃士隊の連中はそんな繊細おセンチじゃない。


 花畑があったら、むしろ喜んで踏み潰すような連中だ。

 ヤツらが前進できない理由は、もっと実害のあるものに違いない。


 そうして俺がゆっくりと画像を動かしてると、突然マリアが声をあげた。


『見て、ジロー様! こっち、小屋の前の地面!』


『えっ、どこどこ?』


『そこじゃなくてもうちょっと下……いま真ん中!』


『あ、これか? ん、んんん?』


 マリアの言う通り視点を動かしていると、小さな小屋が見えた。

 今にも花畑に飲み込まれそうな、本当に小さな小屋だ。

 木板を張った粗雑な屋根は、ところどころ板が欠けていて、骨組みが見える。


 見るからにオンボロな廃墟同然の小屋だが、その入口に何か転がっている。


『――なんだ、これ……』


 小屋の前にあったのは、倒れ込んだ銃士たちだ。


 それも1つや2つじゃない。10か20、もっとかもしれない。灰色のタンクを背負った銃士たちが、小屋の入口に頭を向けるようにして倒れている。


『銃士たちが――何かに襲われたのか?』


 俺の言葉に答えるかのように、銃士たちの体から血しぶきがあがる。

 ハッっとなって息を呑んだが、それは無数の死体の上で舞い上がった赤い花びらの仕業だった。風で渦巻いた花びらが血に見えたらしい。


『銃士の人たち、ケガはしてないみたい。眠ってる?』


『……そういう訳でもなさそうだよ』


 俺は仰向あおむけになった一人の銃士を見る。その肌は暗い黄土色をして、閉じた目の周りは落ちくぼみ、唇に歯の形が浮き上がっていた。


 うん。どう見ても、生きている人間の顔ではない。

 完全に干からびているようだ。


 穏やかで平和な花畑の中に、ミイラ化した銃士隊の死体の山。

 とても不釣り合いな光景だ。

 ……いったい、この花畑で何が起きてるんだ?



★☆★


※作者コメント※

開発から8年目にして発売されたFactorioのDLC「SpaceAge」を遊び、さらに14年ぶりのシリーズ最新作となる「S.T.A.L.K.E.R.2」を遊んでいたせいで超久しぶりの更新となります。大変申し訳無い…


大量のポスカリ(ポストアポカリプス)成分を摂取したので、しばらくの間、更新は安定すると思います。


どうぞよしなに…

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