獣の腹の中へ


『ランスロットさんに言われた場所にきてみたけど……とくに出入りがあったようには見えないね』


 俺は密輸人が荷運びに使っていたという隠し通路の入口に来ていた。


 さすがというか、人目につかないようによく考えられた場所にある。

 入口はスラムから少し離れた土手の中にあり、周りには雑草が生い茂っている。

 最初からココにあると知っていなければ、まず見つけられなかっただろう。


『ジロー様、あたりの草は倒れてなかったし、クモの巣もそのままだったよ』


『1発目から大当たりか……』


『中に入ってみる?』


『うん。すこし奥まで行って調べてみよう』


 鉄格子の表面は、サビでトゲトゲになっていた。


 そのままさわると手の皮をはがされそうだったので、俺は片方のガントレットを脱いでマリアに渡した。


 ゼペットの邸宅からガントレットを持ち帰っておいてよかった。

 もし何もなかったら、2人して手が血まみれになるところだった。


『マリア、そっちを持って』

『わかった、うんしょ……!』


<ギキィ……!>


 2人で重厚な鉄格子を持ちあげ、脇にどける。

 そして密輸人の隠し通路の中に潜り込んだ。


『こりゃ誰も入らないわけだ』

『わ~……こわい、かも』


 密輸人が作った隠し通路は、手掘りのトンネルだった。

 中は掘りたてのジャガイモのようなむっとした土の匂いに満ちている。

 小さな水滴がしたたり落ち、底に茶色い水がたまっていた。

 まるで巨大な生物の臓器の中にいるような光景だ。


『密輸人が使っていたなら、受け渡しのためにトンネルのどこかに荷物を置く場所を用意しているはずだ。それを探そう』


『うん。明かりつけるね』


 マリアが火口ほくち箱をつかって明かりをつけた。

 缶に穴を開けて作ったカンテラで前方を照らすと、小さな風で炎が揺れる。

 奥に向かって風が抜けているようだ。


 風が抜けるということは、このトンネルには出口があるのだろうか?

 すくなくとも、窒息ちっそくする心配はなさそうだな。


『先に行くよ。足元に気をつけて』

『きをつけてね、ジロー様』


 ぬるっとする泥水をかき分けて進む。

 トンネルを水浸しにしている水の高さはすねまである。

 当然、靴も靴下もビッチャビチャだ。ファッキン!


『今日は水難の日かな? やたらと水に縁があるや』

『お風呂はいりたいね』

『だねー……創造魔法でお風呂も出せたらよかったのに――ん?』


 目の前に何か浮いている。

 ゴミかと思ったがなにかおかしい。


『……げっ!』


 どかそうと思ってそれに触った俺は、奇妙な柔らかさに嫌悪感を覚えた。

 生暖かくもやわらかいそれはヒトの死体だった。


『マリア、死体がある。どうしよう……いったん下がるべきかな?』

『ううん、いったん前に進んでみるべきだと思う』

『えっ?』

『見て、ジロー様』

『わーぉ……』


 マリアが明かりを高く掲げると、ランタンの光が広がった。

 光の先、トンネルの細い通路の先に大きな空間何人か倒れているのが見える。

 倒れてるのは、ひぃ、ふぅ、全部で……4人か?


『水の中に顔を突っ伏してる。どう見ても死んでるな』

『みんな男の人だね。ついさっき死んだみたい』

『はぁ、すっごい嫌だけど、いちおう調べてみるか……』


 この異世界に来てほんの数日なのに、人の死を見すぎてる。

 何か僕の中ではすでに何かがマヒしつつある。

 この世界から戻ったとして、やっていけるのだろうか?

 ふと、そんな不安が僕の頭をよぎった。


『……鎧は着てない。服はスラムに住んでいる人と同じにみえるな』

『どこかから迷い込んだのかな?』

『かも……待って。マリア、こいつら王国に反乱を企ててる一味かも』


 死体は散弾銃ショットガン突撃銃アサルトライフルを持っていた。

 それも銃士隊が使うような立派なやつだ。

 こいつら、明らかに普通のスラムの住人じゃない。


 突撃銃の弾倉を外してみる。軽い。中は空っぽだ。

 っていうことは、この銃で誰かを撃ったのか?


『ジロー様、見て……首の前に刺し傷がある。かなり深い。でもナイフじゃない』

『傷はこれだけ? 銃を撃った跡があるのに1人も銃創はなし。ってことは――』

『うん。きっとこれをやったのはモンスター、かな』

『えぇ……? モンスターと反乱軍のよくばりセットなんて聞いてないよ……』


 ランスロットさんの話では、モンスターかアウトローがいるかもって話だった。

 でもまさか、両方来るとは思わないじゃん?


『マリア、どんなモンスターがこの人たちをやったかわかる?』


『えーっと……銃を撃っても倒せてないなら、銃が効かない相手。でもこの傷はキバみたいだからゴーストじゃない。となると――吸血鬼。それも下級の』


『すごいな……そこまでわかるんだ』


『前、ランスロットおじさんに旅の話をしてもらったときに教えてもらったの。下級吸血鬼、グールやブラッドサッカーは動物みたいなキバをもっていて人の首を噛む。そして銀の武器を使わないと、吸血鬼には傷をつけられないんだって』


 へぇ……ランスロットさんの旅の話か。

 面白そう。ちょっと聞いてみたいな――っと、そんな場合じゃない。


『ヴァンパイアみたいなのとは違うの?』


『うん。上級吸血鬼と下級吸血鬼のちがいは話が通じるか、通じないかなんだって。下級の吸血鬼は動物に近いっていってた』


『ふーん……マリア、そのまま動かないで』

『――ッ!』


 俺はふと、水面に波紋が流れているのに気づいた。

 波紋の発生源を目で追うと、トンネルのすみにある布のカバーからだった。

 ――あの中に何か隠れている。


 俺とマリアは顔を見合わせ、うなずきあう。

 ゆっくり、音を立てないように慎重に水の中を進んで布を囲んだ。


『……マリア、いい?』

『うん、いつでもいいよ!』


 布を引くのは俺の役目だ。もし、隠れているモンスターが吸血鬼だったら、ヤツに傷をつけられるのは、彼女が持つ銀の剣だけ。布で手をふさがせる訳にはいかない。


 大上段で銀の剣を構えた彼女に向かって、俺は目で合図する。

 よし、今だ!


「それッ!」


<――バッ!>


「まて、待って! 殺さないで!」


「……アイン?」


 布を取り払うと、そこにいたのはモンスターじゃなかった。


 泥にまみれて命乞いしている若い男。

 間違いない。

 朝、俺にケンカを売ってきたアインだった。



◆◇◆



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