スラムの吸血鬼
水の中から立ち上がったアインは汚水でぐっしょりと濡れていた。
カバーを頭からかぶってずっと隠れていたようだ。
「アイン、こんなところで何をしてるんだ!?」
「…………!(かまえっ)」
「へ、へへ……ただのかくれんぼだよ。わかるだろ?」
「他の連中とちがって鬼には見つからなかったのか。どうして?」
問い詰める俺に対し、アインは卑屈な薄ら笑いを顔に貼り付けてとぼける。
その顔を見ていると、小馬鹿にされたようで不愉快な気分になった。
『ジロー様、何か変なニオイしない?』
『そういえば……』
言われてみるとたしかに。
ほのかなアンモニア臭がヤツの方からただよってくる。
まさかこいつ……
このトンネルの足元、ぜんぶ水なんだぞ!!
ざけんなコラー!!
「お前の仲間は死んでる。何でお前だけ無事だった?」
「…………」
「戦わなかったのか」
「俺は指揮官だ。指揮官は銃を撃たせるのが仕事で、撃つことじゃない。それに……指揮官には、最後まで生き延びる義務がある!」
「兵隊の先頭に立つのも指揮官の仕事なんじゃないのか」
「……戦況を見極めて適切に行動しただけだ」
「つまり見捨てたわけだ。お前は大した指揮官だよ」
「チッ!」
・・・
『アインはこのトンネルを使って仲間と連絡を取り合ってたみたいだね』
『ジロー様、食堂に使えそうな場所、アインはきっと知ってる?』
『あっ、そうか。……ふーむ。気に食わないけど、手助けするのはアリか』
『でもそうすると、反乱の手助けにもなっちゃう、かも?』
『悩ましいところだね……でも今回は助けるか』
『どうして? ジロー様、アインのことキライじゃなかったの?』
『あいつのことはキライだけど、モンスターは放っておけない。このトンネルの中に隠れているヤツは、もう何人も殺してる。きっと始めての狩りじゃない』
『うん、そうだね』
・・・
「お前たちはこのトンネルをアジトにしてたってことか?」
「そうだ、俺に指一本でも触れてみろ、仲間が――」
「そのお仲間が持ってる銃は何だ。なんでこんな物を持ってる」
「……お、お前も欲しいのか?」
「ちがう。スラムに武器を持ち込んでどういうつもりなんだ。王国の銃士隊に見つかったら、皆が迷惑するだろ。きっとスラムをひっくり返す大掃除が始まる」
「バカめ、これは大義のためだ。スラムの連中だって協力すべきなンだ」
「ドブの中で布をかぶってゼリーみたいに震えていたお前にか? 僕は背骨が曲がっているけど、お前は骨そのものがなかったみたいだな」
「俺を侮辱するな! なにもしらないくせにッ!」
「じゃあ聞こう。何があったんだアイン」
「モンスターに襲われたンだ。見れば分かるだろ!」
「それはわかってる。何に襲われたんだ」
「それが……まるでわからない……」
「なるほど。仲間が銃を撃ち始める前に隠れたのか?」
「バカにするな! 最初は見ていた……いや、見ていたが、姿は見なかった」
「どういう意味だ?」
「姿が見えなかったんだ! 俺たちがトンネルを歩いていると、突然、仲間がさけんだ! 全身どころか魂まで凍りつく、バンシーみたいな叫びだった。それで……」
「それで、次に何が?」
「誰かが銃を撃った。俺はやめろといったが、銃声にかき消された。銃弾が花火みたいにトンネルの中を飛び回ったけど、モンスターはそれにも構わず一人ずつ黙らせていった。あの叫びと苦しみの声と言ったら……まだ耳に残ってる」
「お前はその戦いの最中に布をみつけて、それを被った。」
「あぁ。」
「仲間はすぐに全滅したのか」
「――すぐには死んでなかった。モンスターが連中の喉をやったのは、動きを止めるためだったんだ。俺が隠れている間、何かを――血をすする音が聞こえてた」
「なるほど。姿が見えない。銃が効かない。そして血を求めるモンスターか……」
・・・
『マリア、どんなモンスターかわかる?』
『姿を消すならグールじゃないとおもう。たぶんブラッドサッカーかな』
『倒せると思う?』
『うん。銀の武器があるし、きっと大丈夫』
『そうか……ならやろう』
・・・
見えない敵を相手にするのは不安だけど、このままにはしておけない。
俺の推測が確かなら、このモンスターは絶対に倒しておくべきだ。
「……ところで、マリアとお前はなんでこのトンネルにいるんだ?」
「そっちが先に教えてくれるなら、こっちの目的を教えてもいいよ」
「チッ……なぁ頼むよ、モンスターを始末してくれ。何も聞かずにさ。お前たちは冒険者なんだろ? なら、こういうのにも慣れてるよな」
この必死さよ。
きっとトンネルの中に武器庫でも作ってるんだろうなぁ……。
あんまり助けたくないけど、今回は仕方がない。
このモンスターは、アインだけの問題だけじゃないからな。
「――ああ、やろう」
「やってくれるのか! ありがとう! 本当にありがとう! へへ……」
「お前のためじゃない、スラムに住むみんなのためだ。やつは僕たちの想像以上に多くの人間を殺してるはずだ」
「はぁ? ここに入り込むヤツは俺たちくらいだ。そんなはずは――」
「そんなはずがあるんだ。やつがこのトンネルに住み着いたのは偶然じゃない。あきらかに狙った目的があってここに引っ越してきて、
「意味がわかンねぇ。何だって?」
「考えてもみろ。吸血鬼はなんでスラムの地下に住み着いたとおもう? 獲物は痩せ、病気の人間だらけ。しかし、ここがヤツにとって最高の狩り場だった」
「……奴隷は弱いから、か?」
「…………(ふるふる)」
アインの答えにマリアは首を横に振った。
それも「無言」で。
「――奴隷は声を発せない。そして、スラムで殺人が起きても銃士はまともな捜査をしない。これ以上都合の良い場所が他にあるか?」
「あっ……」
「マリア、このモンスターは必ず片付けよう。」
「…………(こくり)」
今回の戦いはちょっと激しいものになりそうだな。
姿を消すモンスターなんて初めてだし、何人も犠牲者が出てる。
きっとこれまでのモンスターより「格」が高いはずだ。
そうだ、ゴーレムたちを倒して俺のレベルも上がってるはず。
戦いに入る前に創造魔法もチェックするとしよう。
◆◇◆
※作者コメント※
なんかカクヨムが不安定…大丈夫かしら
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