仕様通り


「そうだ! ランスロットさん、ちょっといいですか?」


「なんでしょう、ジロー殿。」


「イゾルデさんに使った道具は『何でも治療薬』っていう冗談みたいな名前なんですけど……文字通り、どんなケガでも直してしまうものなんです。多分病気も。だからこれをランスロットさんに差し上げようかと」


「よろしいのですか?」


「はい。ケガにはるかして、病気なら……多分飲むのかも?」


「ほう! では、失礼して」


<きゅぽんっ>


 ランスロットさんは受け取った小ビンを開け、中身をゴクリと飲んだ。


 俺のことを信用しているにしても、その動きにはあまりにも迷いがない。

 渡しておいてなんだが、ちょっと驚いてしまった。


「ふむ……?」


 ランスロットさんは首をひねり、不思議そうな顔をしている。

 あれ、効果なし?


「なんともないですか?」


「おお、つい先日から風邪気味で喉がイガイガだったんですが、消えましたね」


「え……それだけですか?」


「そうですね。ジロー殿、これはすごい薬ですよ」


「ヒザとか、腰の具合はどうですか?」


「残念ながら、古い木戸のようにキシキシ鳴っています。おそらくこの薬は私のような老人には効果がないのでしょう。幸いにして、大きな刀傷を受けたこともなければ、大病もしたことがなかったので」


「……そうですか。」


 ランスロットさんの言葉を聞いて、俺はハッとなった。

 〝老化は病気じゃない〟

 つまり、これは仕様通りの挙動ということだ。


 俺の『なんでも治療薬』が治せるのは、きっと最近受けたケガや病気だけなんだ。

 老いてはいるが、健康なランスロットさんはどうしようもない。


「若いときのように飛びはねたり、剣を振るうのを想像してましたか?」


「……あっ、はい。すみません」


「ハハ、ヒザが少し楽にはなった気はします。ありがとうございます」


 ランスロットさんはそういって快活に笑った。

 たしかに、最初にあった頃よりずっと元気になったように見える。


 最初に会ったときの彼の印象は、ひん死の病人だった。

 しかし今は本当にイキイキとして元気そうだ。

 農作業でも何でも、サクっとこなしてしまうんじゃないかな……。


「さて、子どもたちを地下に案内する前にやることがありますね。」


「あ、依頼の報告忘れてた」

「…………!!(はっ!)」


 マリアは左手で握りこぶしを作り、右手の指差し指でそのこぶしを何度も素早く指さした。たぶん「急いでやらないと」かな?


「それもですが……密輸人の地下通路は長年放置されています。何かが住み着いていてもおかしくない」


「中にモンスターがいるかもしれない?」


「モンスターだけでは無いかもしれません。念のため、中に子どもたちを入れる前に様子を確認したほうが良いでしょう」


「あっそうか。まだ犯罪者たちに現役で使われてるとか、元帝国の軍人たちが反乱にそなえてアジトを作ってるとか、そんな場合もあり得ますね」


「その通り。彼らと遭遇したらトラブルは必至です。近ごろ使われた形跡のない場所を選ぶべきでしょう」


「ランスロットさん、その隠し通路の出入り口を教えてもらっていいですか?」


「もちろんです。まずはこの場所――」


 俺はランスロットさんにいくつかの地下への入口を教えてもらった。

 よし、ひとつひとつ当たってみよう。


「こっちはこっちで踊りに使う道具やなんやらを用意しないといけないね」


「ルネ、音楽はどうするの? いくら踊りがあっても音無しはキツイよ」


「心当たりがあります。私はそちらのお手伝いをしましょう。ジロー殿とマリアは、地下の安全確保を頼めますか?」


「はい、任せてください」


『いこう、マリア』

『うん!』



◆◇◆



 ――時が止まったような、静かな土の洞窟。

 その土がむき出しになった床に、男たちが輪になって立っていた。

 彼らの目は中央に置かれたひとつの木箱に釘付けになっている。


 乱暴にフタをこじ開けられ、すこし割れた木箱の中には、冷たく光る現代兵器がぎっしりと詰め込まれていた。


「最高級のブツだ。最新式のアサルトライフル。ショットガン。そしてグレネード。王国の銃士隊でもまだ完全に行き渡ってないシロモノだ」


 箱の近くに立っていた男が、箱の中身を自慢気に指し示す。

 男は銃士の青い制服を着ているが、洗練されたデザインのコートは着崩れ、ブーツには光がなかった。こうした着こなしは、軍人としてはありえない。

 彼の服は、おそらく本物の銃士から奪ったものと見てとれた。


「ほ、本物か……すげぇ!」「やったなぁ!」


「へへ……手にとって確かめてみろよ、アイン!」


「あ、あぁ……」


 木箱から中身を取り出したアインは、黒光りする銃をしげしげと眺めた。

 その熱心さときたら、食商品店で大根を点検する主婦のようだ。


 ぎこちない手つきで銃を操作したアインは、レシーバーについた装填レバーを操作したときに手の皮をガッチリと噛まれてしまった。


 いくら精密に作られていても、銃はあくまでも機械だ。

 不適切な扱いをすればこうして牙むき――文字通り噛みついてくる。

 彼はするどい痛みに顔をしかめ、舌打ちした。


「チッ! 手をはさまれたぞ! 壊れてるんじゃないか?」


「そんなわけないだろ。工場からのおろしたてだ。仕様通り……そういうもんだ」


「――まぁいいさ。これさえありゃぁ、王国の奴らと対等に戦える」


「おうともよ! いつ立ち上がる?」


「まだ早い。俺たちにはもっと同志が必要だ。スラムの長老たちに話を通して兵隊をもっと用意しないといけない」


「じゃあ、帝国の軍人たちを仲間にするのか?」


「ああ。でも帝国の貴族や将軍だったヤツじゃだめだ。これは革命でもあるんだからな。俺たちを見くびってたヤツらに指揮棒を渡すわけには行かない」


「そうだ! 貴族の白手袋どもに一泡吹かせてやる!」


「「おう!」」

「ハハッ、その意気だ!!」


「勝ち目はあるんだろ?」


「……ああ、もちろんだ!! 決まってるだろ――フフ」


 もし、この場にジローがいたなら、「アインの笑いかたはランスロットのそれとはまるでちがうな」と、思ったことだろう。


 アインはどこか、他人をバカするような笑い方をしていた。


 彼はいつも他人の考えを浅く見て、自分だけが何か特別なことを理解していると思いこんでいる。「俺だけが世界の真実を見抜ける」自分ひとりでそう思って、うすら笑いを浮かべていた。


 アインの人生は、父親に支配されている。

 より正確には、彼の行いによって。


 彼の父はほまれある帝国軍の将校だったが、彼自身はそうではなかった。

 アインの父は目の前の欲望に弱く、酒におぼれ多くの借金を抱えていた。


 それゆえ、彼は金と引き換えに帝国の敗北に手を貸してしまった。

 砦の扉を開き、自ら王国軍を招き入れたのだ。

 この裏切りが原因でアインの父は処刑されるという運命をたどる。


 以後、アインは、父の罪が自分に向けられる重圧を日々感じていた。

 周囲からの蔑視べっし嫌悪けんお。それを肌で感じる毎日。


 しかし、彼は固く信じていた。

 「親の罪は親のもの。子である自分の罪ではない」と。


 この信念が彼の内面に複雑な感情を生み出した。

 他人を見下す傾向と自己中心的な態度の背後にあるのは、他責と孤独だ。


 彼は自分以外の全てを軽蔑けいべつしている。

 父の罪でなく、「俺」という本質を見れぬバカばかり、と。


 だからこそアインは、新たな人生を切り開くことを切望していた。


 彼の心には、英雄としての栄光を手に入れるという熱い願望が燃えたぎっている。

 しかし、彼が選んだ道は、危険をともなうものだった。


 スラムで暮らす帝国人を集め、彼らをひきいて王国の支配に反逆する。

 彼の計画は無謀とも言える戦いへと人々を駆り立てることになるだろう。


 アインもその危険は承知している。

 しかし、彼はこの道を選んだ。いや選ばざるを得なかった。

 

 人に使われた父と違って、自分は人を使う。

 それがアインにとって自分自身を証明するための唯一の道だったからだ。



◆◇◆






※作者コメント※

サブクエストが終了したのでメインクエストを再開です。

しかし、最近暑いです…室温が30度超えると集中力が半分以下になる。

高温デバフがきちゅい。


あ、ブクマ400↑ありがとうございます。

おかげさまで本作、なかなかにジワ伸びしております!


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