エサを与えないでください

「こいつは……」

「どう見ても毛玉ね」


 真っ白な毛玉がラジカセの上で体を左右にゆらして踊っている。カワイイ。

 ふわふわとした毛玉は空気をよく含んでいて、みるからに手触りが良さそうだ。


「…………!(わきわき)」

「マリア、ステイ。ステーイ。気持ちはわかるけど」


 謎の物体を前にして、マリアはわきわきと手指を動かしている。

 毛玉を抱きしめたい気持ちを抑えきれないようだ。


 うん。彼女の気持ちはとてもわかる。

 オフトゥンや毛布のようなモフモフは、人びとを魅了する。

 しかし、それが罠だったら?

 

 この毛玉は人々を罠にかけようとする、危険な存在かもしれない。

 俺は手を触れようするマリアの肩をつかんで、その場に押しとどめた。


「マリア、わからないものを触っちゃダメです。めっ!」


「…………!(ぶーっ)」


「ぶーたれないの! ワルターさん、これが何かわかりますか?」


「うーむ、モンスターには違いないようだ。だが、まだ姿が定まってないがな」


「姿がさだまってない?」


「あぁ。エーテルが薄い。おそらくなんだろう。モンスターにはときおり自然的に発生する新種がいる。こいつはその手の存在かもしれん」


「モンスターの新種……じゃあ、レコンヘルメットに映らなかったのは――」


「弱すぎる存在だからさ。こいつは、バケツ一杯の水の中に落ちた一滴のミルクみたいなモンだ。俺でも気配を察知できんわけだ。ほとんどいないようなもんだからな」


「…………?(かしげっ)」


 マリアは首をかたむけて、左右の人差し指をバッテンを作るようにぶつけた。

 そうして次に、右手の指をチッチッチ、と振る。えーっと、これの意味は――


「このモンスターを本当にやっつけるの、かな?」


「…………!(こくこく)」


「おいおい嬢ちゃん、俺たちゃ学者じゃないんだぞ? ま、どこぞの研究所に持っていけば、それなりの金額になるだろうが」


 毛玉は赤いラジカセの上で踊っている。

 すると突然、「コツン」と何か固いものがテーブルの上に落ちる音がした。


「あっ、ネジ……!」


 毛玉がラジカセのネジを外したようだ。

 小さな黒いネジが、テーブルの上を転がっている。


「こうもエーテルが薄いと、ほとんど自然現象みたいなもんだ。やめろって言っても通じないだろうな。しばき倒すかビンに詰める以外にとめる方法はないぞ」


「…………(がっくり)」


 ワルターさんの非情な言葉にマリアは肩を落とす。

 どうやら彼女は、このフワフワと踊る毛玉を気に入ったようだ。


『ジロー様、退治するのはかわいそう』


『うーん……でも、ワルターさんの言う通り、マトモに話が通じないんじゃなぁ』


『ねぇ、ゴハンはどうかな?』


『え、ゴハン?』


『うん。ジロー様のゴハンを食べたら、私のエーテルが増えたでしょ? フワフワにゴハン食べさせたら、お話できるようになる、かも?』


 毛玉と話ができないのは、エーテルが薄いせい。

 それなら濃くしてやればいいというのは、もっともな話だ。

 しかし……


『マリア、この子が邪悪じゃないっていう保証はどこにもないんだよ?』


『う、うん……』


 毛玉はラジカセのテープを収めるフタを開け、中に潜り込もうとしてる。

 その様子は、ただ単に機械に興味があるだけにも思える。

 しかし、このモンスターの本当の意志を知るすべは、俺たちにない。


『はぁ……でも、試してみる価値はあるか』


『ありがとう、ジロー様!』


『でも、暴れ出したら僕らの手で倒さなきゃいけない。それはわかってるよね?』


『う、うん……』


 毛玉に邪悪さは感じない。

 しかし、エーテルを与えてどうなるかまでは不明だ。

 それなりの備えが必要だろう。


 俺はルネさんとワルターさんに向き直る。

 そして、今からやろうとしていることを説明した。


「この子にエーテルを与える、ね……やってみたら良いんじゃないかしら?」


「おいおい、本気でいってるのか? 危険すぎる」


「えぇ、本気よ。意思疎通ができれば、この子が発生した由来もわかるでしょ?」


「オレたちは冒険者だ。学者じゃない」


「依頼は呪いをはらうことでしょ? この子が発生した原因が館にあるのなら、この子を消したとしても、また同じように自然発生するのではなくって?」


「むむむ……」


「エーテルを与えることの危険性は承知してるわ。でも、ここには腕利きの冒険者がいるし、何の問題にもならないでしょう?」


 ワルターは危険性を訴えたが、ルネさんに言い負かされてしまった。

 渋々といった様子で、毛玉にエーテルを与えることに同意した。


「では……クリエイト・フード!」


 俺は創造魔法を使って、いつものディストピア飯を取り出した。

 この食事は食べた者の身体を強化する。

 ラジカセに乗った毛玉も、俺たちと同じように強化されるはずだ。


 俺はトレーのラップをひきはがすと、ラジカセの中におさまって、ぽよんぽよんしている毛玉に差し出した。


「さ、食べてみて」


 俺の言葉を理解したのかわわからないが、赤いゼリーの上に毛玉が飛びのった。

 じっと見ていると、ゼリーは少しづつ減っていく。


 どこに口があるのか定かではないが、毛玉は確実にゼリーを食べている。

 うんうん。どうやらお気に召したようだ。


「…………(つんつん)」

「ん、どうしたのマリア……え?」


 ゼリーを食べていた毛玉の外側が金色に光っている。

 いや、大きさも変わっている。こんなに大きかったっけ?


 最初、毛玉の大きさはソフトボールくらいだった。

 しかし、今の大きさはだいたいサッカーボールくらいだろうか。

 ここまで大きくなると、ちょっと怖いぞ。


「「…………ッ?!」」


 音もなく閃光がほとばしり、屋敷の部屋が白光に満ちる。

 レコンヘルメットが異常を知らせ、赤い「警告」の文字が視界に浮かんだ。


 くっ、何かマズイことが起きたのか?

 俺とマリアは腰を落として構え、テーブルの上のそれを見た。


「――これは!」

「な、なんてこと……ッ!」

「マジかよ……」

「…………!(ガタッ!)」


 俺たち4人はそれぞれに驚愕の反応を見せた。

 ラジカセの上にいたは、闇の中でキランと光る瞳を俺たちに向ける。

 その宝石のような金色の目は、俺達の心まで覗こうとしているようだ。


 毛玉だったものは、新しく得た姿を確かめるように体をくねらせた。


 つややかな毛皮に覆われた、しなやかな体。

 そして、ふわりと空気の中を泳ぐ5本のしっぽ。


 自らの変化を確かめたヤツは、ラジカセの上に立って俺たちを見すえる。

 そしてヤツは、聞く者の心を砕き、骨を震わせる恐ろしい咆哮ほうこうをあげた!


「みゃーん♪」



◆◇◆



※作者コメント※

(ΦωΦ) ……!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る