死を呼ぶ毛玉?

「ここが応接室だ。ようこそお客様ってな」


 俺たちはワルターの案内で、一階の応接間に案内された。

 応接間には低いテーブルがあり、灰が山盛りになったブリキの皿がおいてある。


「……なるほど。例の香はここで焚かれたようですね」


 ルネさんはテーブルの前でかがむと、金髪をかき上げて皿の中をのぞきこむ。

 しばらく灰を見つめた彼女は、呪文を口にするように植物の名前をつぶやいた。


「ヒヨス、マンドレイクにドクニンジン。燃えカスにそれらの種や根があるわね」


「この香って、モンスターにも効果があるんですか?」


「何ともいえないわね。モンスターによって毒になるものは違うから。人間と同じような毒の感受性を持つモンスターなら効果があるはずだけど……」


「だとすると、呪いの原因はそうしたモンスターでは無さそうですね」


「そうね。ダニやシラミは出ていったと思うけど」


「生き物じゃないとすると、幽霊か魔法的な何かの可能性が高いな。ランスロットの言っていた家霊の可能性も無くもないが……ま、試してみるか」


「?」


 ワルターは手に持った風呂敷包みを開くと、中から赤いラジカセを取り出した。


 彼は灰の乗った皿をどけ、ラジカセをテーブルの上に乗せる。


 うーん……どうでもいいが、バリバリ中世ヨーロッパ風の家の中に、鮮やかなプラスチックの家電が鎮座している光景は違和感しか無いな。


「呪いの好物の機械だ。こいつを置いたあと、家の中に隠れて様子を見るんだ」


「うまくいきますかね?」


「わからん。だが他に思いつく方法もない」


「置いた後はどうするんですか?」


「この前はタンスの中に隠れて待ったが、昼まで待っても現れなかった。あきらめてラジカセを置いたまま日を改めたら、バラバラにされてたって感じだな」


「……ワルターさん、ひとつ質問なんですが、呪いによる奇妙な現象って人前では起きないものなんですか?」


「それはモノによるとしか言えんな。呪いも魔法やスキルの一種に過ぎん」


「というと?」


「呪いとは、条件が整えば発動する設置型の魔法やスキル。これでわかるか?」


「なるほど。その条件に『人目が存在しないこと』が設定されていれば、誰もいない場所で人知れず機械を解体する呪いのできあがり、と」


「そういうことだ。何でそんなことをするのか理解に苦しむがな」


「家主にいやがらせをするなら、もっと効果的な方法があるものね。深夜に女の叫びを聞かせるとか、家をゆするとか」


「高価な家具を壊すってのも大概だがな。さて、どうする名探偵?」


「うーん……ワルターさんの話をきくと、呪いの正体は人の気配が近いと現れない。なら、この家の外で現れるのを待ちましょうか」


「おいおい、家の外にいてどうやって中の様子を知るんだ?」


「僕とマリアが使っているヘルメットは、壁越しに生き物……つまりエーテルを持つ存在を見つけられるんです。それなりの範囲に限られるんですけど――」


 俺は家の中を上から下までレコンヘルメットで見てみる。

 だが、ヘルメットの計器には俺達以外に反応がない。


「今のところ家の中にエーテルの反応が無いです。多分、家の中にはいないのかも」


「ふむ……ダメでもともとだ。やってみるか」


 俺たちは応接間のテーブルにラジカセを残して、全員で屋敷を出た。

 そうして近くの物陰で屋敷の中を観察する。


「よっしゃ、後は待つか……」


「ワルターさん、本当にヘルメットいらないんですか?」


「あぁ。いっちゃなんだが、お前らずいぶん不気味な格好してるぞ」


「う……」


「ジローくんが被ってるそれ、バイザーにスリットも何も無いのっぺらぼうだもの。始めてみた人はドキっとするわね」


「よし、ヒマだしそこに顔でも描いてやろうか?」


「遠慮しておきます」


 さて、屋敷の外に出た俺とマリアは、ヘルメットの機能をオンにする。

 レコンヘルメットは周囲の人間も自動的に探知してしまう。

 このため、街中をみると視界が白い影でいっぱいになってしまった。


『このヘルメット、便利は便利だけど……人の多いとこだと目がしぱしぱだ』


『うん。でもお屋敷の方は真っ暗だね』


 マリアの言う通り、幽霊屋敷の中は真っ暗だ。

 ヘルメットにほんのりと浮かぶ3Dマップ。その中には何も動く影がない。


『ジロー様、あの屋敷って地下室もあるんだね』


『え? あ、ホントだ……』


 マリアに言われて気がついた。

 3階建ての屋敷には地下もあるようだ。

 それもかなり深くて大きい。


『まさか、地下牢……? 呪いの原因は地下室か?』


『ううん。ジロー様、ただのワイン蔵だとおもう。タルが並んでるし、食料とか飲み物を保存してた地下室じゃないかな?』


『なーんだ。ただの地下室か』


『ん?』


『ジロー様、なんだろうあれ、光の玉……?』


 地下室をじっと見ていた俺たちの視界に、白い物体が現れた。

 部屋のすみっこから現れたのは 丸く、ふわっとしていて、半透明な白い玉。

 その姿を例えるなら、ソフトボールサイズのタンポポの綿毛だろうか。


 ふわふわの玉は、床の上で何度もジャンプしている。

 その動きかたは、「ぽいんっ!」としか表現しようがない。


 光の玉は、重力に逆らうような動きでリズミカルに階段を登っていく。

 どうやら一階を目指しているようだ。


『ジロー様!』

『……あっ、忘れてた!』


「ワルターさん、地下室から何か出てきました」


「何かってなんだ? それじゃわからんぞ」


「えーっと、なんでしょう……? 丸くて、ふわふわして、ぽんぽんしてます」


「はぁ……? どうにも要領を得んな」


「す、すみません。ヘルメットで分かるのはシルエットだけなんです。ふわふわの動きをみるかぎりだと、一階の応接間をめざしてるみたいです」


「目当てはラジカセか。屋敷の中に入るぞ!」


「あ、ちょっと!」


 とにかくワルターは、呪いの正体をとっちめるつもりのようだ。

 ドアを弾き飛ばすかのように押し開けると、勢いよく家の中に入った。

 俺も彼に続いて応接間を目指す。


 どたどたと足音を立てて応接間に入った俺たち4人。

 すると、テーブルに置かれたラジカセの上に「それ」がいた。


『『毛玉……?』』


 俺とマリアの心の声が重なる。

 白い毛玉はそれに答えるかのように、ラジカセの上で軽やかに跳ねた。


<ぽいんっ!>



◆◇◆


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