手を取り合って

『…………?(ぱちくり)』


 マリアの身に起きたことは、彼女の想像と異なっていた。


 まぶたの表面に強い光を感じたあと、何かが弾ける大きな音が耳を襲った。

 反射的に身を縮こませると、頬を熱い空気が通りすぎていった。


 全てが終わったあと、彼女はおそるおそる目を開ける。

 すると、トンネルの中に白い蒸気が漂っていた。


 マリアの胸はアルプが化けたヒョウの鋭い爪で貫かれるはずだった。

 しかし、彼女の体はもちろん、綿鎧アクトンにもひっかき傷ひとつない。


 他方、アルプはひどい有り様だ。

 右腕が真っ黒に炭化して、もうもうと白い煙を上げている。


 トンネルの床には焼けただれた肉が飛び散り、血が湯気を上げている。

 怪物の撒き散らした破片は、ひどく鉄臭い。

 だが、トンネルの中にはそれとはまた別の香りが漂っていた。


 オゾン臭。

 現代に生きる我々は、少なからず嗅いだ経験があるはずだ。


 オゾン臭は、レーザープリント式のコピー機の近くで感じることができる。


 レーザープリントでは、用紙にインクを定着させる工程で静電気を使用する。

 その際に使われる静電気は空気にふれている。

 すると、静電気は酸素を電気分解してしまい、その一部がオゾンに変化する。

 これがコピー機を使った時の奇妙な臭い、オゾン臭の元になっているのだ。


 オゾンのなんとも言えない臭いがマリアの鼻を刺激する。

 彼女はこの感覚を知っている。


『これ、墓場でゴーストと戦ったときの……まさか!』


『敵対的意思存在を検出。自動迎撃を行いました』


 甲高く、抑揚のない声がマリアの胸元から聞こえてきた。

 声の主は、彼女が胸にぶら下げていた銀色の銃型のオモチャ――

 「タキオンランス」だ。

 

『あなた……もしかして、光の剣……さん?』


 マリアはタキオンランスを手に取り、心の声で疑問を発した。

 しかし、銀のピストルは答えない。

 ひどく冷静な声でもって、彼の言いたいことを言うだけだった。


『戦況を自動判断。白兵モードに移行します』


<ヴォンッ……!!>


『光の剣? いや、これって――エーテル?』


 光刃をまじまじと近くで見たマリアは、タキオンランスの刃の正体に気づいた。


 タキオンランスの先端から出ている光り輝くブレード。

 それは高濃度のエーテルが凝縮され、半実体をもったものだった。


『――っと、驚いてる場合じゃない!』


 腕を失ってもなお、牙をむいて威嚇するアルプにマリアは向き直った。

 吸血鬼はまだ戦うつもりのようだ。

 アルプは変身を解き、ヒョウの姿からもとの白い異形にもどる。


 ――しかし、元の姿に戻っても、怪物の右腕は失われたままだった。


『光の剣は吸血鬼の再生を防いでるみたい。ゴーストをやっつけられたし、たぶん、吸血鬼だって断ち切れるはず……!』


 タキオンランスが出している光刃の特性に気づいたマリアは、銀剣を収める。

 そして、代わりに銀色のピストルを片手に握り、半身になって構えた。


「Shhhhh!!!」


 手傷を負ったアルプは闇に吠えると、再び霧に姿を変えた。

 不意打ちを食らわすつもりなのだろう。


『――逃さない!!』


 マリアは霧の中に向かって光刃をふるった。

 すると、光の剣は空気を焦がしながら霧を裂いていく。


<ブォンッ!!>


「「Ahhhhgggg!!!」」


 黒っぽい霧を、タキオンランスの先から伸びた光が払う。

 直後、アルプの苦悶の叫びがトンネルの中を満たした。


『やっぱり効いてる! 光の剣はエーテルそのもの。エーテルを変調させるどころか、実体のないモンスターを力づくで破壊してるんだ!』


 マリアは霧に向かって光の剣をふるい続けた。

 光刃の青い光がトンネルの中を踊る。

 墨のような真っ黒な闇をカンバスとして、光刃は幾重にも軌跡を残していった。


 マリアが霧を払うと、トンネルの床にはらはらと白い灰が落ちていく。 

 圧倒的なエーテル塊の前に、アルプは半実体となった肉体を破壊されているのだ。


 これなら勝てる。

 子どもたちの方からも、声にならない歓声が上がった。


「「Knhaaaaaa!!!」」


 アルプは霧になるのをやめ、もともとの異形の姿に戻った。

 エーテルを撹乱され、自身の変身能力を使うことができなくなったのだ。


『――にげるつもりッ?!』


 アルプはマリアに背を向けて逃げ出した。

 霧の姿で切り刻まれたせいか、逃げるアルプは奇妙な動きをしていた。

 例えるなら、ヒモがいくつか切れたあやつり人形のようだ。


 実際、怪物は体の健や筋肉をいくつも失っているのだろう。

 ぎっくり腰のまま無理に走っているようにも見える。


『くっ……』


 アルプを追いかけようとしたマリアは足を止めた。

 彼女はこれ以上怪物を追うことは出来ない。

 マリアの背中には、守るべき子どもたちがいるからだ。


「…………!?(かしげ?)」


 逃げたはずのアルプが、闇の中で立ち止まった。

 まるでみえない壁が前にあるかのように、怪物はぴくりともしない。


 次の瞬間、オレンジ色の閃光がほとばしったかと思うと、アルプの肉体はバラバラになって吹き飛んだ。


 マリアが驚いていると、闇の中から声が聞こえてくる。

 その声を耳にした彼女は、いても立ってもいられず駆け出した。


「ま、まさか、吸血鬼を素手で倒すなんて……」


「いえ、あの吸血鬼は能力も使えないほどにエーテルがかく乱され、弱っていた様子でしたからね。万全だったら無理ですよ」


「剣聖じゃなくて拳聖の間違いなんじゃぁ……」


「……………!!」


「あ、マリア!」


 トンネルの中で小さい影どうしが一つになる。

 手を取り合い、懐かしい顔を見た少女は少年の綿鎧のなかに顔を埋めた。



◆◇◆



※作者コメント※

 なんで未来の道具がエーテルを利用しているんや?

 猛烈に嫌な予感がするのう…


 あ、今日からFF14の新しい拡張パックも来ましたね

 今年の夏は熱いぜ…


 1章エンド~2章目開始の書き溜めをするので少々お待ちを…

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