光の先へ


「…………?(かしげっ)」


 僕を見つけたマリアは、まるでセミみたいに僕にしがみつく。

 そうしてゆっくりと顔を上げた彼女は、僕の顔をみて首をかしげた。

 それは何か、見慣れないものを目にしているみたいな……あっ。


『これは創造魔法を使って出した、新しい防具だよ。こう見えて、いろんなものが見えるんだ』


『色んなもの?』


『うん。闇の中にあるモノはもちろん、壁の先にあるモノだって見つけ出せるんだ。このヘルメットのお陰でマリアを見つけ出せたんだよ』


 クリエイト・アーマーで出した新しい道具は「レコンヘルメット」といった。

 「レコン」とは〝偵察する〟という意味だ。

 いうだけあって、ヘルメットには偵察に使用するであろう機能が盛り沢山だ。


 それらの機能は、とんでもない性能を持っていた。

 正直いって、かなりブッ飛んでいる。


 まず基本機能として、大気を解析できた。

 解析の結果、空気が人間にとって有害なら、新鮮な空気を提供する。


 解析によると、この異世界の空気は、だいたいよろしくないようだ。

 二酸化硫黄、窒素酸化物、鉛、水銀。


 ヘルメットの警告によると、二酸化硫黄と窒素酸化物という物質はぜんそくや肺病の原因になるらしい。鉛と水銀はいうまでもないな。


 他にもあるが、これらの物質で大気はかなり汚染されている。

 この世界に来て最初の日に俺が危惧した通りだ。


 実際スゴイ機能だが、これくらいの解析は現代でも可能だ(たぶん)。

 もう一つの機能が、はてしなくブッ飛んでいた。


 レコンヘルメットには、生物を検出する高機能のセンサーがある。

 このセンサーはかなりのすぐれもので、壁の向こうに存在する生物を探知できる。


 地下トンネル内は迷路というのでも生易しいほど、混沌としている。

 俺がマリアを見つけられたのは、これが理由だ。


 さらにこのセンサーは、周囲のマッピングも行える。

 俺の視界の右上に、ちっちゃく表示されている立体地図がそうだ。


 きっと生物を検出する機能の応用か何かなのだろう。バクテリアだが微生物だかをつかって、それで3Dの地図を作り出しているに違いない。


 正直いって、ここまでの物が手に入るとは思わなかった。

 未来のヘルメットはすごいなぁ……。


 ただ頑丈なだけのヘルメットでは手に入らない〝情報〟という優位性。

 このヘルメットはそれを持っている。

 スラムから連れてきた人たちがはぐれなかったのも、これのおかげだ。


『……とまぁ、そんな感じなんだ』


 レコンヘルメットの機能を説明していると、彼女はうつむいて顔に影を落とした。


『あれ、わかりづらかったかな?』


『ううん、そうじゃないの』


『あ――ごめん』


 マリアの瞳はうるんでいる。

 そうだ、ヘルメットの説明なんかよりもっと先に言うべきことがあった。


『よく頑張ったねマリア』

『うん』


 湿気でぼさついた彼女の赤髪をなでる。

 彼女は照れくさそうに笑い、僕の体からおりた。


『今日だけでいろいろありすぎて、頭の中がぐるぐるしちゃう』

『同感。』


 マリアに使い方を簡単に説明して、彼女にも「レコンヘルメット」を渡す。

 これがあればトンネルの中を迷わず進んでいけるはずだ。


『マリアが連れてきた子どもたちは、みんな無事みたいだね』


『うん。年上の子たちがしっかりして、はぐれないようにしてくれた』


 黒い短髪の女の子がこどもたちを引率して俺の前に来た。

 ベースサッカーをしていたグラウンドでは、がさつなガキ大将に見えた。

 俺が思った以上にしっかりした子だったようだ。


『マリア、ちょっと聞いていいかな』


『どうしたの、ジロー様?』


『えっと……〝ありがとう〟って手でどうやってつくるの?』


『見てジロー様、こうだよ』


 すると、マリアは両手を心臓にあてると、ゆっくりお辞儀した。

 これがこの世界での「ありがとう」の手話らしい。


『ありがとうマリア』

『どういたしまして、だよ』


「君、ちょっといいかな?」


 俺はこれまで協力してくれた黒髪の子を呼び止める。

 そして〝ありがとう〟のジェスチャーをした。


「本当にありがとう。君が助けてくれなかったらどうなったことか」


 僕がそう言うと、黒髪の子は鼻で笑って握りこぶしを見せつけた。

 この程度のこと造作もない、って感じかな?


「うん、君がいてくれたよかった」


 彼女は両手を腰にあて、自慢げにしている。

 気丈な振る舞いをしていた彼女だったが、その表情はすぐにぎこちなくなった。


 トンネルの奥から現れた大人たちが目にはいったからだろう。

 ランスロットさんに続く彼らの服は、ところどころ血で汚れ、焦げも目立つ。


 地上で何が起きたのか?

 彼女はそれを大人たちの様子から察したに違いない。


「あとで全部説明する。だから今はトンネルの出口を目指そう」


「…………(こくり)」


「うん、もう少しの間だけど、子どもたちをお願いするね」


 彼女は僕の言葉にうなずき、子どもたちに振り返った。

 トンネルの出口まではあと少しだ。

 だが――


『ジローくん、見えますか?』


『はい』


 ハーモナイザーを通して、ランスロットさんの声が聞こえてきた。

 僕が見ているのはやや上方、トンネルの出口付近だ。

 しかしその場所には、いくつもの白い影がうごめいている。


 人の形だが、吸血鬼とはまたちがう。

 背中が曲がった胴体は太くずんぐりとしていてシッポがあった。

 太い胴体に比べ、その手足は頼りないほどに細い。


『ランスロットさん。あれはいったい何のモンスターです?』


『影の形から察するに、ラットマンでしょうね』


『ラットマン……つまり、ネズミ男?』


『そうですね。彼らの主食は人間の残飯ですが、酔客や病人、赤子をさらって喰らうこともあります。吸血鬼に続き、彼らまでトンネルに住み着いていたとは……』


『なんで出口に溜まってるんでしょう?』


『これは当て推量ですが……ラットマンは基本的に臆病です。トンネルの中で戦いの音を聞きつけ、さらに爆音と煙でトンネルの出口に避難したのでしょう。しかしトンネルから出ることは出来なかった。外に出れば銃士隊に見つかり、死ぬまで戦うことになるからです』


『なるほど。連中って、話は通じる方ですか?』


『……彼らの生活に余裕があるときに限ります。おそらく、今は無理でしょう』


 ――となると、今は戦うしかなさそうってことか。


『マリア、露払いといこう』


 僕と彼女は頷き合い、すらりと剣を抜く音を共に奏でた。



※作者コメント※

朗報:ジローくん、ウィッチャーの感覚を手に入れる。

しかし、これを自前でやっちゃうゲラルトさんの凄さが際立つなぁ…

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