空からの目

『ジロー様、何をするの?』


『僕の世界では、人工衛星っていう空から地上を見下ろす機械があったんだ。それを使えば、とても自分の足では行けないような場所でも様子がわかるんだ。リンの助けを借りて、それを再現してみようかと思ってね』


『ジロー様の世界って、そんなすごいものがあるの? 空から見下ろすなんて……まるで神様みたい』


『はは、大げさだよ。ただ見るだけの神様なんて、神様なんて言えないよ』


『そうかなぁ?』


『前回の依頼では、森の中をあてどもなく探索しても迷わずに済んだ。けどそれは。たまたまトラックのわだちなんていうわかりやすい痕跡が残っていたからだ』


『毎回そういうのがあるとは限らない、かな?』


『その通り。もし、そうした痕跡が無い場合でも、空からの目があれば目的の場所を見つけられるはず……と思ってね』


『あ、禁書庫も見つけられる、かな?』


『うん。雪に埋もれたドワーフの遺跡を見つけるのはかなり難しいと思うけど、可能性はあるはず。雪山を集中的に探せば、遺跡の痕跡が何か見つかるかも知れない』


『わ、なんかワクワクしてくるね!』


『さて、リンを連れてこよう』


 この計画には、機械を混ぜあわせる彼の才能が不可欠だ。

 リンを探しに行くと、彼はオールドフォートの塔の中にいた。


 どうもグレムリンは、外にいるより薄暗い建物の中を好むらしい。

 5つに別れたしっぽを優雅にゆらし、光のハンモックの上で無防備に寝ていた。


「リン、ちょっと相談して頼みたいコトがあるんだけど、いいかな?」


 俺が声をかけると、リンは寝そべったまま片耳をピンと立てる。

 うーむ……興味なさげに見えるが、とにかく話してみるか。


「以前、君がいじくりまわしたロケット……ええと、天に向かって飛んでいったアレがあるだろ? あれにまた違う改造を頼みたいんだ」


 リンは頭をもちあげ、箱座りの姿勢になる。

 お、もしかして乗り気なのか?


「君が前改造したサテライトキャノンがあるだろ? 例えば何だけど……あの本体にレコンヘルメットのパーツをくっつけて、地上を監視できるようにできないかな?」


 俺はクリエイト・アーマーを使ってレコンヘルメットを取り出してみせた。


 レコンヘルメットには周囲をスキャンする機能がある。その機能のもとになっているパーツをロケットに組み込めば、監視衛星になるのでは? というわけだ。


 しかし、俺の説明を聞いたリンは小首をかしげている。

 俺の言ったことが具体的にイメージできない、といった感じだ。


 ここで俺はハッとなった。


 リンはその動作の端々に、俺たちの言葉を把握している節がある。

 だが、彼はあくまでも異世界で生まれたモンスターだ。

 俺が使う元の世界に由来した言葉を完全に理解できるはずがない。


 俺のやりたいことを、彼にわかるように説明しないといけない。


「えーっと……人工衛星とか、この世界に存在しない単語を使って言葉で説明するのは難しいな。そもそもリンはモンスターだし……」


「…………(かしげっ?)」


「あ、それだ! 体を使って手話で伝えればいいのか!」


「…………!(ぽんっ)」


 人工衛星を言葉として正確に伝える必要はない。

 要はやりたいことのニュアンスが伝わればいいのだ。


 俺はレコンヘルメットを両手に抱え、そのヘルメットを地面に向けてふる。

 そして、手でヘルメットの目に当たる部分に上にひさしをつくり、見回すような仕草をする。


 リンは俺の奇行をしげしげと見つめ、なにか思案しているようだ。

 もう少しで伝わりそうな気がする。

 あと何かひと押しが必要だな……むむむ。


『よし、これでどうだ!』


 俺はベッドの上に飛び乗り、体を鉛筆のようにピンとのばしてトランポリンの容量でぴょんぴょん跳ねる。もちろん、手にレコンヘルメットを持ったままだ。


 塔の中には俺たちの他にも、スラムから避難してきた大人たちがいる。

 俺の奇行を生暖かく見る視線が痛いが、気にしてはいられない。

 リンに人工衛星のことを説明するには、この奇行がどうしても必要なのだから。


「リン、僕のやりたいことがわかった?」


 俺が息を切らしながら問いかけると、リンはその小さく白い手をアゴにやる。

 その仕草はまるで仙人がヒゲをなでる様子を思わせた。


<ぴょんっ>


 リンはハンモックの上から飛び降りる。そして、5本の尻尾をクジャクのように広げて塔の外に向かって優雅に歩き出した。


「お、やってくれるの?」


 俺の声に振り返ったリンが、こくりと頷いたようにみえた。

 どうやらリンは、この手の挑戦的なことが好きらしい。

 俺の計画プランが気に入ったなら何よりだ。


「よし、さっそく始めよう!」


 リンは移り気だ。彼の気が変わる前にささっとやってしまおう。

 俺は塔の前にある砂地でクリエイト・ウェポンを使った。


 砂の上に現れ、デンと立つロケット。

 俺はその下にレコンヘルメットを置いて、リンの動きを待った。


 リンは尻尾を広げると、その先をエーテルで工具に変形させ、ヘルメットをバラしていった。白い装甲をパカッと開き。中のパーツをざっくばらんにもいでいく。


「相変わらずの手際だなぁ」


 俺がそうつぶやくと、リンは得意げにふふんと鼻をならす。

 この白猫、やっぱり言葉を理解しているな……。


 説明のためとは言え、本当にあの奇行が必要だったのか。

 すこし疑わしくなってきたが、俺の心の安寧のためにこれ以上気にしない。


 さて、ヘルメットを解体した次は、サテライトキャノンの解体に取り掛かった。

 ミサイルの横腹を開き、中にある謎のパーツを取り出していく。


 偵察衛星にするなら、キャノン部分は不要。

 ということは、取り出しているのは衛星砲そのものだろうか。


<ドンガラガッシャン!>


 リンはキャノンから取り外したものを、かたっぱしから積み上げている。

 何でもないように雑に扱ってるが、爆発とかしないよね……?


 そうして空いたスペースに、彼はヘルメットからもぎ取ったパーツを押し込んでいく。パイでも作るような雑さだが、これで本当にうごくのだろうか。


<くしくし>


 サテライトキャノンのパネルを閉じ、ひと仕事終えたリンは顔をあらう。


「えーっと……これでおわり?」


「みゃーん♪」


 ふむ、どうやら作業は終わったらしい。


 なかなか野性味あふれる仕事ぶりだったが……。まぁ、機械いじりならグレムリンの右に出るものはいない。ここは彼を信じよう。


 俺はサテライトキャノンのパネルを開き、発射シーケンスを開始しようとしたが、今になってようやく気付いた。


 今は真っ昼間。そして、ここはスラムのど真ん中だ。


 時期もよくない。つい最近大規模な爆発事故があった上に、秘密研究所の存在が何者かの手によって暴露されている。


 こんな状況で、キャノンが天上の世界に旅立てばどうなるか?


 間違いなく、ロケットの白い煙をたどった銃士隊が、サイレンの音とともにオールドフォートになだれこんでくるだろう。


「どっか目立たず打ち上げられる場所は……」


 あ、そうだ。ついこの前、依頼で行った湖があるじゃないか。


 あの湖は豊かな自然と一緒に怪しい伝説でいっぱいだ。

 今さら怪しい話が増えたところで、誰も気にしないだろう。


 よし、あそこで打ち上げよう!!


◆◇◆



※作者コメント※

おおもう……。

アイザックさんの胃がやばそう(

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