ふたたび湖へ


 ――次の日。

 俺は朝一で自転車とリアカーを借りると、湖に向かってペダルをこいだ。

 荷台にはリン、マリア、そして布にくるまったロケットくんが鎮座している。


 砂利道をいく自転車のペダルは重い。

 当然のことだが、荷台に乗っているロケットのせいだ。


「はぁ、ふぅ……やっぱり、先に作ったコイツは解体して、現地で新しいロケットを組み立てれば良かった!」


「みゃみゃ!!」


 僕がぼやくと、リンが普段より激しく鳴く。

 作らせておいて、解体させるとは何事だ。とでも言っているのだろうか。


「わかったよ。こいつはちゃんと捨てずに持っていくから」


「みゅ」


 リアカーの重さに悲鳴をあげる自転車をなだめながら、俺は砂利道を進む。

 ほどなくして砂利道の左右にあった森が開け、湖の入口が見えてきた。


「ふー……ようやく到着だ」


『ジロー様、なんかお客さん、前より増えてない……かな?』


『え? あ……本当だ』


 依頼で来たときの湖のキャンプ場は、静かで閑散としていた。

 客はまばらで、テントも片手で数えられるくらいしかなかった。


 だが、今の様子は全く違う。湖の岸では、若いキャンプ客が仲間とコンロを囲んでBBQをしてビールを何本も開けており、湖面を見ればいくつものボートが浮かび、家族連れの客が親子で釣り糸を垂らしている。


 まるでウソのように、湖は賑やかさを取り戻していた。


『なんか……お客さん、メッチャ増えてない?????』


『こないだの秘密研究所騒ぎのせい、かな?』


『うーん……ちまたで話題になったから、遊びに来てみたってところかな? 王国の人って意外とミーハーなんだなぁ……』


『うん。とっても流されやすい、かも』


『うーむ。ここを打ち上げ場所に選んだのは失敗だったか?』


「うみゃみゃ」


『ジロー様、ロケット、あきらめて帰る?』


『せっかくここまで持ってきたのになぁ……。いや、まてよ? 相手はその場の空気に流されやすい頭空っぽのパリピだ。巨大な花火ってことにして打ち上げれば、うまいことごまかせるんじゃ?』


『花火……たぶん、見えないこともない、かな?』


『よし、このプランでいこう。夜になるまでコテージで時間をつぶそう』


『アイザックさん、お客さん増えて喜んでる、かな?』


『うーん、それはどうかな~?』


『どうして?』


『アイザックさんの場合、商売人っていうよりも職人っぽいからね。普段来ているお客さんのほうを大事にしてそうだし、いっぱい来ると逆に困りそう』


『あ、たしかにそう、かも』


 俺はリンを抱き上げると、コテージの扉を開いて中に入った。


 すると、香ばしい小麦とバターの香りが鼻をついた。一瞬、パンでも焼いているのかと思ったが、香りの奥には、バニラの甘さもある。


 焼いているのはケーキか何かのお菓子のようだな。


『わ、いい香り!!』


『おぉ~? これはまた、ちょうどいい時に来れたかも!』


 このまえ湖についたときはお昼のすこし前だったが、今回はリアカーの積荷で足が遅くなったせいで、ちょうどお昼どきについた。


 そうしてお腹が減った時にこの香り。

 まさにジャストタイミングだ。


 俺とマリアがバターの香りを楽しんでいると、奥から眼帯をしたおじさんが布巾ふきんで手をふきながらやってきた。アイザックさんだ。


「なんだ、この間の冒険者か。今度はいったい何の依頼できたんだ?」


「いえ、今日来た理由は依頼じゃないです。ちょっとその……この湖で花火を打ち上げようかな~って。それで夜までコテージで時間をつぶそうかと」


「みゃんっ!」


「花火ねぇ……。いっておくが、今日はもう泊まりは一杯だぞ?」


「え、もうお客さんでいっぱいなんですか」


「あぁ。しかし、湖に平和をもたらしてくれた冒険者をほっぽりだすのもなんだな……。時間をつぶすだけなら、食堂のテーブルを使ってもかまわんよ。寝るのはそのへんのソファーになっちまうが、それでかまわんか?」


「すみません、お世話になります」


「…………(こくこく)」


「気にするな。お前さんがしてくれたことはそれだけの価値がある。そうだ、新作を見ていくか? おかげさまで皿の売れ行きも好調でね」


「新作?」

「…………?(かしげっ)」


 アイザックは俺とマリアを土産物コーナーに案内した。

 するとそこには、サメをモチーフにしたお皿やコップが並べられていた。

 例の都市伝説をモチーフにしたお土産品らしい。


「商魂たくましいなぁ……」


「なはは! こういうのはその場の『勢い』ってのが大事だからな。勢いがあれば、どんなトンチキな商品でも『必要ないが欲しくなる』っちまうもんだ」


「なるほど……」


 土産物コーナーに並んでいる皿は、たしかにどれもヘンテコだ。

 湖に見立てた皿にサメのヒレが浮かんでるやつとか、どう使うんだろ。


「このお皿、サメのヒレが生えてますね」


「おう。それはスープを入れるとスープの中からサメが現れるってやつだ」


「でもこのお皿、ヒレが邪魔になって他のお皿と重ねられませんよね?」


「洗った時に必ず一番上にすればいいだけだ」


「ちゃんと余計な手間が増えてるじゃないですか……それとこのカップ、サメの口がモチーフみたいですけど、口をつけたら牙が歯にあたるし、歯がジャマになってスプーンも使えないじゃないですか……」


「なに、水専用コップにすれば何の問題もない」


「コップとしてどうなんですかそれ。歯ブラシを立てるのには便利かもですが……」


「土産物なんてそういうもんさ。買った後の後悔も含めて思い出だ」


「たしかに忘れられなさそう」

「…………(こくこく)」


「さて、どれにするね? 知り合いのよしみでオマケしておくよ」


「もう買うの前提なんですか。うーん……コップは買ったし、次はお皿かなぁ?」


「…………(むむむ)」


 マリアは腕を組んで真剣な眼差しを棚に送っている。

 不真面目なものしかないんだから、そんな真面目にならなくてもよさそうだが。


「あ、これなんてどう? サメのお皿にしてはわりとマトモだよ」


 俺が手に取ったのは、下からみたサメの顔をかたどったお皿だ。ちょうどアイロンのような形をした皿で、底にはサメの逆V字の口とつぶらな瞳が描かれている。


『かわいい!』


「よし、これにしようか。サメのお皿なんて買うの初めてだよ」


「毎度あり! 2枚で銀1枚でいいぜ」


「なんかうまいこと乗せられた気がする……」


 お世話になるとは言え、なかなかの出費だ。

 アイザックさん、やりおるわ。


「ハハ! サメどもをバッタバッタと倒せる腕なら、銀くらいすぐに稼げるだろ?」


「まぁ、実際のところはリリーさんがやっつけたんですけどね」


「そうだな。あの騎士はいい腕をしていた」


 アイザックはサメの皿がなくなったスペースに別の皿を補充しようとしている。

 俺はその彼の背中にある疑問をぶつけてみた。


「それは否定しません。ですけど、ジャークシャークにトドメを刺したのもリリーさんだったんでしょうか?」


「そうだと思うがな。お前さんは直に見ただろう?」


「そうですね。ですけど、あの場に彼女はいなかった。いるはずがなかったんです」


「ほう?」


「リリーさんはうっかりして自分がした宣誓オースで森から出られなくなっていた。森から出るためには宣誓を果たす必要があった。それにはジャークシャークを含めた全てのサメを倒さないといけなかったんです」


「なるほど。だがそれが問題か?」


「というと?」


「やっかい事は解決したんだ。いまさらほじくり返す必要があるとは思えんね」


「いえ、解決していない問題はまだあります」


「さて、何かあったかな……?」


 土産物を探っていたアイザックの手が止まる。

 彼の背中はなぜか、中年の煤けた男のそれより、ずっと大きいものに見えた。


 彼はこちらを見ていない。なのに、なぜだろう。


 背中から何か大きなものに見つめられている気がして、背筋に寒気が走る。

 心臓に手を伸ばされるような恐怖が襲ってくる。

 俺はそれにもかまわず、喉の奥から言おうとしていた言葉を送り出した。


「せっかく助けてもらったのに、お礼を言えてないという問題が、です」


「……なるほど。」


 心臓に伸ばされていた手がひいていき、肩越しに感じた視線も消えていった。

 リンはあくびをしているが、こっちは生きた心地がしなかったぞ。


「こちらこそ、厄介事はもうこりごりだからな」


 すみません。

 今日の夜、それが増えるかも……。



◆◇◆



※作者コメント※

いったそばからぁ!!!

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