トワイライト(1)

 俺たちは夜までコテージで時間を潰すことにした。

 食堂のかたすみにある2人用のテーブルを占領し、そこで日没を待つ。


 真っ昼間にロケットを発射すると、さすがに目立ってしまう。

 そのため花火として偽装することにしたが、それには夜のほうが都合がいい。


 待っている間、食堂には入れ代わり立ち代わりで色んな客が来る。

 3,4人の親子連れからカップル、ひとり客まで。

 服装、振る舞いを見ていれば、なかなか飽きるものではない。


 コテージに来る客は、基本的に王都から来ている客がほとんどのようだ。

 だが、たまに珍しい人も来た。

 いや正確には人ではない。――亜人だ。


『みてマリア、狼男だよ』


『わ、ホントだ、格好いい!!』


 午後すぐにコテージに入ってきたのは、灰色の毛並みをした狼の亜人だった。

 異種族のため性別はわからないが、狼は細い目鼻立ちをしていて、どことなく線が細い印象を受ける。もしかしたら女性なのかも。


 狼は玄関でたちどまり、左右をきょろきょろと見回している。

 どうやら店主を探しているようだ。

 だが、一言も言葉を発しようとせず、立ちすくんでしまっていた。


『あれ? もしかして……喋れないのかな?』


『え、うん。狼人族ライカンは私たちと口のつくりが違うから、言葉が喋れないの。ジロー様、ちょっと行ってくるね』


『え? あっそうか、手話を使えばいいのか』


『うん! 狼人族の人なら、きっと手話を知ってるはず』


 マリアはてててっと小走りで狼人に近寄ると、素早く手を動かし始める。


 まず彼女は、さっと手のひらでテーブルを拭くような仕草をして、両手の拳を握り込んで見えないテーブルの上に置いた。そして次に、目の上にひさしをつくると、周囲を見回したあと首を傾げた。


 僕が察するに……最初のジェスチャーは『店』、『店の人』かな?

 それに『探す』に『疑問形』をつなげて、『店の人、探している、?』か。


「…………ワフ!(こくこく)」


 狼人族は短くえてマリアにうなずいた。

 どうやらマリアの質問通り、店の人を探そうとして困っていたようだ。


『アイザックさんを呼んでくるよ』


『うん。お願いジロー様』


 俺は台所にいってアイザックさんを呼ぶ。そうして後は彼に任せてテーブルに戻ると、俺とマリアの話題は狼人族についてのものになった。


『あの人の格好、王都の人っぽくないな。どこから来たんだろう?』


 王都から来る客は、草布リネン綿布コットンを仕立てた上等な服を着ている。


 それらの服に使われている布地は、俺が着ていた学生服とほとんど変わらない見た目をしている。きめが細かく表面はなめらかだ。


 だが、コテージに入ってきた狼人族の服は違った。乾かした草をそのまま編み込んで布にしたような生地で、表面は荒々しくデコボコとしていた。


 といっても、けっして粗雑な服というわけではない。

 むしろ、俺たちが着ている服よりずっと手がこんでいるはずだ。


 彼の服には、自然の色味を利用した幾何学的な文様が浮き出来ている。

 しかしそれは染料を使って染めているわけではなく、布地に赤、黄、緑の多種多様な草を編み込み、その色の差で文様を作り上げているのだ。


 機織りについてまったく無知な俺でも、逸品だというのがわかる。


『たぶん北の辺境、かな? 北の帝国の山すそには狼人族が住むツンドラがあるの』


『へぇ……さすが異世界。人間以外の種族も住んでるのか』


『ジロー様の世界には狼人族っていないの?』


『うん。狼人族はもちろん、吸血鬼もエルフもいないかな』


『じゃあ、人間しかいないってコト?』


『そうだね。僕の住んでた世界には、言葉を使って意思の疎通ができる存在が人間しかいなかった。もちろん、動物の中にもごくまれに頭が良くて人間とコミュニケーションできるのがいるけど……ほんとうにごくまれだよ』


『ジロー様の世界には、モンスターも亜人もいなんだ。ずーっと平和、かな?』


『いや、別にそうじゃないかな。お互いに意思の疎通の手段を持っていたとしても、それをちゃんと使うかどうかは別の話だからね』


『そっか……』


『マリアたちの世界と同じか、もっと悪いかも。僕たちの世界は、とても危ういバランスで成り立ってる。まだ壊れてないのが不思議なくらいでね』


『ジロー様の世界も、戦争とかあるの?』


『うん。僕が住んでいるのは島国なんだけど、海をへだてた遠い世界の向こう側では毎日のように戦いが起きてる。戦争が日常の国もあるんだ』


『そうだったんだ……』


『形や色が変わっても、人がいる限り、どこも似たようなものってこと……かな』


 マリアと僕の間に沈黙が降りる。すると、狼人族の相手を終えたアイザックさんが俺たちのテーブルに足を向けてきた。


 彼の両手には白い湯気をあげる焼きたてのケーキが乗った皿がある。

 アイザックさんはそれをテーブルの上に並べ、ふふんと笑った。


「お客に手伝わせちまって悪いな。お礼にうちの自慢のバターケーキはどうかな?」


「…………!(ぱぁっ!)」


「いいんですか?」


「あぁ。それに、さっきからずっと黙って座ってるから不気味なんだよ。もうすこし楽しそうにしてくれ。うちは捕虜収容所じゃないんだぞ」


「あ、すいません……」


「…………(こくこく)」


 テーブルの上に並んだ2つのケーキ。

 金色にこんがりと焼けたそれは、バターの香りが食欲をそそる。


 一応、レコンヘルメットを通して見てみるが……うん。

 特に汚染はされてないようだ。

 このあたりには王都の汚染がおよんでないのかな。


「――もっとも、お前さんの言い分もわからんわけじゃない」


「へ?」


「あーすまん。盗み聞きするつもりじゃなかったんだが、お前さんたちが使っているな。俺のような存在には筒抜けになるぞ」


「え”っ?」


「より純粋なエーテルに近い存在。それか旧い時代のエーテルを持った存在は、お前さんらの会話に感応できる。まぁ、何となく感じ取れる程度だがな」


「そうだったんですか……。ってことは、やっぱりアイザックさんって――」


「戦乱に巻き込まれ、隠遁いんとんしているだけの不幸な陶器とうき職人だよ」


「うーん……」


「俺はウソをつけないタチでね。ウソをつくのは他人に任せているんだ」


 他人に? じゃあ、僕が最初に聞いた湖のウワサも……?

 まさか、秘密研究所の真実がウヤムヤになっているのも、この人の仕業か?


「そう構えるな。そうだな……お前さんの悩みに対して、一つ視点を足してみよう」


「視点?」


「例えばこういうのはどうだ? 広い荒野におっぽり出された人間は、互いに助け合う。力を合わせて強大な獣を狩り、木を拾い集めて家を立てる。ゆくゆく石を積み上げて壁を作り、獣の世界と人の世界を隔てるようになるわけだが……どうしたことか、今度は壁の内側で人は相争うようになる」


「せっかく安全を手にいれたのに、自分たちでそれを崩すようなことをしてしまう。歴史の本で何度も見る光景ですね」


「これがどうして起きるのかと言うと〝壁〟に理由がある。ここでいう壁ってのは、石を積み上げて作った城壁だけを指さないんだ」


「というと?」


「端的にいうと――社会だ。血筋、職業、人種……そうした壁はそれに属するものに安全を提供するが、生きている世界を狭くもする」


「えーっと……ようするに、自分たち以外の存在が気に食わなくなる?」


「そうだな。人間の友愛というものは『望ましいもの』に対してのみ贈られる。一つの理想を鋳型として、そこから外れるものを歪みとする。だが、歪みは歪みとして生まれたわけではない。ただ元からそこにあっただけだ」


「わかるような、わからないような……」

「…………?(かしげっ)」


「人間は粘土のように都合よくないってことさ。一度焼き上がっちまったもんを無理にかえようとすれば、パキっと割れるだけだ。できないことをやろうとするからそうなる。争いってのは、だいたいそうした生真面目さから生まれるんだ」


「例えが例えになってないような……」


「はは。いい加減なのが良い加減ってことよ。つきつめず、ありのままでわちゃわちゃしてるのも楽しいもんだ。あの棚みたいにな」


 そういってアイザックさんは土産物が並んでいる棚をアゴで示した。

 あの混沌とした棚が、彼にとっての理想の状態……ってことかな?


「あの棚はもうちょっと整理したほうが良いと思うけど……そういうもんですか?」


「あぁ、そういうもんだ。それに――」


「?」


「人様が時間をかけて腑に落ちたことを、数分そこそこの説明でわかったとしたら、それは上手なウソを聞かされただけだ。俺はウソをつけないといっただろう?」


「……なるほど」



◆◇◆



※作者コメント※

やはりアクマ。思想がカオス寄りだわ……。


ある種の秩序が打ち立てられると、純化という名の否定の連鎖、破滅が始まる。


しかし、ありとあらゆるものが入り乱れ、混沌とした状態になると――

それはかえって〝安定しない安定〟をもたらす。


仮にこの異世界の混乱状態にその意図があって設定されたものだとすると――

いったいどこの誰がこのコンセプトを考えて実行したのか……。

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