いや、このシステムいる?
「開けるぞ」
剣を肩にかけたリリーが、空いた手でドアノブに手をかける。
さびた
まるで喉をつぶされた怪鳥の悲鳴のようだ。うす気味悪い。
「……廊下か。3つ扉があるな」
廊下の幅は、人ひとり通るのがやっとのせまさだ。向こうから来た人間とすれ違おうとすれば、きっと肩がふれあってしまうだろう。
客間から点々と続く血痕は、真ん中の扉の前で途切れていた。
「ふむ。血の主が逃げ込んだか、それとも――」
「怪物が
「そういうことだ。ここは戦うには狭すぎる。正体不明の相手となるとなおさらな。ドアを開けたと同時に中に突っ込むぞ」
「リリーさん、それは危険すぎるんじゃ?」
「ハハ、ここまで来て、いまさら気にすることか」
「それはそうですけど……」
<バンッ!>
扉にタックルをかますようにして、部屋の中に押し入った。
彼女に続き、俺とマリアも突入するが……。
「遅かったか」
「死んでる……」
部屋の床にぺたんと座り込むような格好の死体があった。
傷口から流れ出た血の赤は、青色の生地とまざってドス黒く見える。
青い軍服を着ているということは、シルニアの銃士か。
俺たちが突入した部屋は、洋館の使用人が使う個室のようだ。
部屋の大きさは4畳半もない。ちょっとした息苦しさすら感じる空間に、ベッドとサイドテーブル、そしてクローゼットが押し込められるように置かれていた。
「ふむ。こんな傷口はこれまで見たことがない。いったい……」
死体の前にかがみ込んだリリーが、喉の奥で小さくうなる。
彼女の言う通り、死体の傷は異様なものだった。
胸から肩にかけて無数の穴がUの字状にならんでいる。
「
「歯列の左右幅は人間の手の先から肘まである。もしこれが動物のアゴだとしたら、人間を飲み込んでもおかしくない大きさだ。しかし、奇妙だな」
「何がです?」
「傷口の大きさと数にくらべて、流れ出た血の量が少なすぎる」
「あっ、確かに」
床の血痕は点々続いていた。
だが、眼の前の死体に残っている傷はそんな程度ですみそうにない。
「うーん……別の場所で仕留めて持って帰ってきたとか」
「うむ。妥当な推測だ。しかし、なぜそんなことをする必要があった?」
「えーっと……」
『持ち帰らないといけない理由があった、かな?』
『あっ、なるほど』
マリアの心のつぶやきに俺ははっとなった。
なるほど。それなら持ち帰ってきたのもわかる。
「死体を持ち帰らないといけない理由があった、とかですか?」
「そうだな。もっとよく調べてみるとしよう」
彼女はそういって、死体のポケットや握り込んだ手の中を調べ始める。
うーむ。どうでもいいけど、やたらに手慣れているムーブだ。
『リリーさん、騎士になる前に探偵でもやってたの、かな?』
『あー……あり得そう』
「……っと、どうやら欲しかったのはこれのようだな」
「メダル?」
「うむ。黄金のメダルだ。表面にサメが描かれているが……」
リリーが死体から拾い上げたのは、サメの絵が彫り込まれたメダルだ。
すごい既視感を感じる。今までにない熱い既視感を。
「リリーさん、ちょっとメダルを回転させてみてください」
「うん? それはかまわんが……」
リリーはメダルを上下左右に回転させる。
おぉ……アレを実際にやるとこんな感じなんだな。
メダルの横をみると、何か硬いものでこすったような跡がある。
ふんふんなるほど。完全に把握したわ。
「メダルの横を見てください、何かでこすったような跡があります。屋敷のどこかにこのメダルをはめる場所があるはずです」
「うん? はめてどうするのだ」
「きっとその……隠された道が現れるはずです」
「フツーにカギでいいだろう。なぜわざわざメダルを?」
いやまぁ、うん。ド正論過ぎる。
わざわざこんなメダルをカギにする必要性はまったくない。
たしかにそうなんだけど……!
「えーっと……リリーさん、ここは屋敷に偽装した秘密の研究所です。ただのカギを使ったりするでしょうか。メダルの形をしているのは秘密を守るためです」
「ふむ。納得いくような、いかないような……」
「ともかく、メダルをはめられそうな場所を探してみましょう」
「…………!(こくこく)」
廊下を戻った俺たちは、一応左右の扉を開いてみた。
手がかりがあるかもしれないからだ。
しかし、あったのはピストルのマガジンと壊れたショットガンだけだった。
……たぶんだけど、俺たちには必要ないな。
「ここには無さそうです。ホールに戻りましょう」
「うむ。」
残るは入って右手の扉か、階段裏にある両開きのドア。
おっと、階段を登った二階の先も忘れちゃいけない。
こうしてみると、まだまだ探索場所できる場所がたくさんあるな。
「少年、つぎはどうする?」
「左から時計回りに調べるのがいいでしょう。調べたか調べてないかで迷わずにすみます。なので、次は階段裏の部屋ですね」
「未知の場所を探すのに手慣れているな。さすがは冒険者だ」
「まぁ……何事も経験ってやつです」
冒険者っていうより、ゲーマーの勘だけどね。
ホールに戻った俺たちは、階段の裏にある扉を開ける。
するとそこには、マジで意味のわからないものがあった。
「むむ、これは……なんだ?」
「水槽……に、見立ててるんですかね?」
部屋は四方が白い壁に囲まれており、部屋の中央に天井までのびる柱がある。
サメの彫刻や海のモチーフが施された柱の中ほどには、光と影を使って絵を描く
幻灯機は青色の光でもって白い壁を青く照らし、魚の影を光の中で泳がせている。
俺とマリアは、まるで水槽の中にでも入ったような錯覚を覚えた。
「ふむ……見ろ少年。この柱、何かをはめる穴があるぞ」
リリーが柱の台座を指差す。
するとそこには、さっきのメダルとちょうど同じ大きさの穴があった。
「ここにメダルをはめてみてください」
「ふむ、たしかにちょうどいい大きさだ。お、丁度はまったぞ」
<ゴトッ! ゴゴゴゴ……ッ>
「う、動き始めた!」
「思った通りだ!」
「…………!!(わくわく)」
リリーが台座にメダルをはめると、柱がゆっくりと回転し始める。
そのまま見守っていると、メダルの下に中から3つのスイッチが出てきた。
「これを押せってことかな」
「まて少年。罠かもしれんぞ」
「罠ならこんな回りくどいことはしませんよ。えいっ!」
俺はメダルの下にあるスイッチを押す。
するとカチリと音がして、壁に浮かび上がっている影の形が変わった。
どうやらこのスイッチは、幻灯機を操作するものらしい。
スイッチを押すと、サメ、クジラ、イルカ、シャチなんかの影が壁に浮かぶ。
……だが、それ以上のことは何も起きない。
「うーん……?」
「幻灯機を動かすだけか? あのメダルはただのオモチャだったのではないか?」
「それならわざわざ死体を回収しますかね。きっと何か意味があるはず……」
「ふむ。少年がそこまでいうなら、もう少し調べてみるか」
しぶしぶといった様子で、リリーは部屋の中を調べ始める。
だが、部屋の壁は白く塗られただけのフツーのコンクリの壁だ。
柱もメダルとスイッチの他にとくに目を引く物はない。
――手詰まりか。
俺の頭がその言葉で埋まりかけた時、マリアが心の声を上げた。
『えーっと……〝魚たちの王国〟? ジロー様、この絵のタイトルみたい」
部屋の中をぐるっと回って影絵を見ていたマリアが、壁にかけられていた白い札に気づいたのだ。その札には小さく『魚たちの王国』と書かれていた。
『魚たちの王国かぁ……。たしかにこの影絵にピッタリのタイトルだ』
『ね、きれー!』
柱の中央にある幻灯機は今もゆっくりとまわり、壁に影を映し出している。
動きのトリックのせいだろう。壁に映るシャチやマッコウクジラの影は、まるで青い光の中を泳いでいるように見える。
うーむ、ロマンチックだ。
ん、待てよ?
タイトルは、魚たちの王国……そうか!
「――でかしたマリア! 仕掛けの解き方がわかったかも!!!」
「…………?(かしげっ)」
「少年、いったいどういうことだ?」
「この影絵のタイトルは『魚たちの王国』。謎解きの答えは、壁に写っている影絵を『魚』だけにすることだったんです!」
「ん、水の中にいるものは全部魚だろう?」
「いえ、それがちがうんです。クジラやイルカ、シャチは哺乳類といって陸上生物の遠縁で魚ではないんです」
「少年は奇妙なことを知っているな……」
「…………!!(ふんす!!)」
俺がほめられたのに、なぜかマリアがちょっと得意げになっている。
さて、俺はメダルの下に並ぶスイッチを押して、壁に映るクジラやシャチをマグロやサメに変えていく。そうして『魚たちの王国』を作ると、奇妙なことが起きた。
<……ゴゴゴゴゴッ!>
地鳴りのような音がして、俺は目まいを感じた。
何事かと思ったが、どうも部屋自体が回っているようだ。
……いや、なんぼなんでも仕掛けに
<ズンッ………!>
音が止むと、部屋の入口が変わっている。
扉の先がホールではなく、地下に向かう金属製の階段になっていた。
「どうやら、この先が本当の研究所のようですね」
「いや……このシステムいるか?????」
リリーはうろんなものを見るような視線を俺に投げかけて、言葉を続ける。
「秘密の研究所とはいえ、職員は普段通り勤務をしているわけだろう? 出勤のたびにいちいちメダルを使ってこんな仕掛けを解くのか?」
またしてもド正論がきた。
うん、それはそう。俺も……というか、バ◯オを遊ぶ人は一度は気にしただろう。
え「出勤のたびにこんなことしてんの?」って。
「そ、それはですね……高度なセキュリティシステムというのは、どうしても面倒くさくなるものなんです。ドアにカギを2つ付けたほうが良いのは誰だって知っていますが、実際につける人はあまりいないでしょう?」
「ふむ。言われてみれば確かにそうかもしれんな。しかし、火事が起きたときなど、緊急の時はどうするのだ? それに――」
「それは……あちらを立てればこちらが立たぬ、というものでしょう」
「そういうものか?」
「そういうものです。さ、先を急ぎましょう」
「う、うむ。」
秘密研究所には、効率なんかよりもずっと大事なものがある。
この施設の設計者はそれを理解している。
何者が作ったのかしらないが、俺は彼に一種の敬意すら抱き始めていた。
やっぱり秘密研究所はこうじゃなくっちゃな!
◆◇◆
※作者コメント※
何が秘密研究所よ!!!
こんなのただのバ◯オランドじゃない!!!
あ、ちなみに中世~近代にかけての西ヨーロッパでは、水の中にいるものはたいてい魚扱いでした。水鳥やビーバーすらもお魚として扱われており、宗教的理由によって肉食が禁じられた期間の食卓に供されていました。
……ん? じゃあこの研究所作った人って……。
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