森に潜む邪悪

 謎を解いた俺たちは、部屋に現れた金属製の階段を降りて地下に向かう。

 するとそこには、分厚い鉄板に無数のリベットを打ったドアがあった。


「こりゃすごい。ドアっていうより、そそり立つ鉄板ですね」


「ふむ。中に入ろうとする者をこばむか、はたまたその逆か。扉の内側には、決して外に出したくないものがいるのかもしれん」


「このドアは、そうした恐怖が形になったものということですか」


 扉にカギがかかっていないか確かめつつ、そんな事を言いあった。

 たしか、ギリシャ神話に似たような話がある。


 牛の頭に人の体を持つ怪物、ミノタウルスのために作られた迷宮は、人を入れないためではなく、迷宮から怪物を出さないようにするために作られたという。


 はたして、この鉄扉はどちらの目的のためにつくられたのか。 


「クっ、カギはかかってないが、やたらに重いな……」


 俺達の行く手を塞ぐ鉄板はスライド式だった。3人がかりで片側の取っ手を引っぱってドアを開けるとわかったが、その厚みが普通じゃない。


 鉄板の厚さは、俺の手で軽くつかんでちょっとあまるぐらいだ。

 たぶん、ハガキの横幅くらいはあるんじゃないか?


 鉄のドアはクソ重いぶん、いちど加速がつけばあとは楽だ。


 最初こそドアはまんじりともしなかったが、何度も踏ん張って押していたら、するっとレールの上を走りだし、壁のドア枠の中に勢いよく収まった。


 動かすのが大変なら、止めるのも大変なのだ。


<ズズン……!>


「……なるほど。これが理由か」


 部屋の中を見た俺は、扉の厚みの意味を理解した。


 正体不明の器具がぎゅうぎゅう詰めになった部屋の中に、ガラスのシリンダーがズラッと並んでいる。シリンダーはほのかに輝く緑の液体が満たされ、ねじれた肉の塊が浮いている。


 肉塊には鳥の羽毛や、獣の毛皮、そして魚のヒレなどの特徴が見て取れる。

 しかし、俺が知る動物のそれとはまるで異なっていた。


 黒い羽根はあまりにも大き過ぎるし、毛皮は渦を巻き、魚のヒレには剣のようなトゲがある。このサンプルたちはモンスターの一部分なのだろうか。


『これはまた、えらいベタだなぁ……』


『ジロー様、ベタってどういうこと?』


『ああいや、こっちの話』


「ふむ。少年、見てみろ……こいつは生きているぞ!」


 リリーがシリンダーのひとつを指差した。そこに収められている肉塊は、スーパーにならんでいる肉のブロックとよく似ている。


 液体の中を浮き上がってくる泡に当たって、身じろぎしている肉々しい塊。


 その表面には木の根のような血管が肉をつかむように広がっており、遅くとも規則正しい拍動を繰り返していた。


「心臓もないのに、肉だけでどうやって……」


「それは私の研究成果のひとつだよ。インキュベーターという」


 暗い部屋の奥から俺たちに向けた何者かの声が飛んできた。

 俺は反射的に剣を抜き、そちらに向き直る。


「――誰だッ?!」


 白刃を闇に向け叫ぶ。

 すると、ゆったりとした男の声が返ってきた。


「誰だ……か? キミたちは軍の人間ではないな。シルニアの特務隊なら、捕らえようとする者の名を知らぬはずがない」


 立ち並ぶシリンダーの間から、乾いた革靴の音が近づいてくる。緑の光で左右から照らし出されたその姿を見た俺は、ごくりと息をんだ。


「ウソだろ……サメ人間?!」


 現れたのは、白衣を着てモノクルをかけたサメ頭の人間だった。

 灰色のとがった頭に、白い牙がずらりと並んだ大きな口。そして、はち切れんばかりの襟元には、ゆくりと伸び縮みを繰り返して動くエラも見える。


『ジロー様、あれって……!』


『間違いない。サメだ。でも、なんで人間がサメになってるんだ?』


「キミたちは見たところ……冒険者と言ったところか。シルニアの防諜能力も落ちたものだな。無関係の人間にここまで入られるとは」


「ふむ。自らキメラになったというのか。この施設といい、お前は何者だ?」


 剣を構えたままリリーが疑問を投げかける。

 問いかけられたサメ男は鼻先を左右にふり、笑ったように見えた。


「人は私のことをDr.ジャークシャークと呼ぶ。以後お見知りおきを」


 サメ男は体の前にヒレの生えた手を横切らせうやうやしく礼をする。

 しかし、丁寧な仕草とはうらはらに、その頭はちっとも下がっていなかった。

 あまりにもサメの首が太すぎるせいで、曲げられないのだ。


「Dr.ジャークシャークだと……? なんとも邪悪なひびきだな」


「えーっと……」


 じゃーくしゃーく……あ、邪悪なサメ、だからジャークシャークか。

 ただのダジャレじゃねーか!!!!


 っていうか、語呂悪ッ!!!

 いんを踏んでるようで微妙に踏み切れてない。

 クソッ、なんて邪悪なんだ……!


「正気とは思えない……色んな意味で」


「何とでも言うがいい。私は人間を超越したのだ――Sサメ因子によって!」


「S因子?」


「左様。デビルサメ男から抽出した、変異を誘発する因子のことだ」


「なんでそんなものを……」


「ここシルニアでは、モンスターの枯渇こかつが大きな問題となっている。キミたちも冒険者なら知っているだろう」


「冒険者ギルドの人から聞いたことがありますね。なんでも、倒しやすいモンスターは〝ゲンダイヘイキ〟で一掃され、厄介なモンスターばかり残ったとか……」


「その通り、ヒトは他者を殺め、そのエーテルを喰らわねば強くなれぬ。これまで人とモンスターのバランスは拮抗していた。――しかし〝ゲンダイヘイキ〟の登場がすべてを変えてしまったのだ」


「その問題とS因子に何の関係が?」


「大いにある。シルニア王国はモンスターの養殖を試みたのだ。モンスターが減ったなら増やせばいいということだな。しかし、モンスターを倒して国土に平和をもたらしたと喧伝した以上、そんなことは大っぴらにできん。」


「だから、森の中に秘密研究所を作ってモンスターの養殖を試みたのか……」


「左様。デビルサメ男の養殖は失敗して、研究所は爆発四散した。だが有用なサンプルは残った。S因子はそのサンプルからもたらされたものだ」


「話がメチャクチャだ。モンスター不足を解決するための研究だろ? なんでお前が……ヒトがモンスターになってるんだ!」


「ちがうな。問題の本質を見誤っているのはお前の方だ」


「何……?」


「求められていた事は、人がモンスターよりも強くなることだ。レベルを上げるのはその手段のひとつでしかないのだよ」


「な……っ! じゃあお前は――」


「そう、S因子をとりこみ、モンスター化することで大いなる力を得る。それこそが答えだったのだ!!」



◆◇◆



※作者コメント※

あ、こんな話書いてたせいなのか、家族にコロナがでました。

作者も熱っぽいのでしばらく様子見ます。誤字修正などはのちほど…


のどいたい だるい あつい

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