悪の誘い

「シャーッシャッシャ!……お前もサメにならないか、冒険者?」


「いや、今の流れで言います? 雑すぎるでしょう」


「ヒトを超越し、圧倒的強者となったモンスターは、至高にして孤高の存在!! それがどういう意味を持つかわかるか?」


「こんな森の中で隠れ住まないといけないってことかな?」


「それは実に表面的なとらえ方だ。物事の本質を理解したまえ」


「はぁ。」


「サメは狩人。羊を追うことはあっても、羊に追われることはない。ゆえに、サメはヒトのように巨大な群れ――つまり社会を必要としないのだ」


「それがなんだっていうんだ」


「ヒトの社会を維持するための複雑怪奇かつ理不尽なシステム……。

 サメは〝税金〟を収める必要がないのだ!!」


「なっ――ッ!!!」


「クッ、なんだとッ!!!!」


 リリーと俺は、サメ男の言葉に衝撃を受けあとずさった。

 税金がない……だと?


「シャシャ……理不尽だとは思わないか? なぜお前が自らの才覚と努力でもって稼いだ金を、書類を左右にたらい回しているだけの役人に奪われなければならない? お前がサメになれば、そのような理不尽から開放されるのだ……!!!!」


「悪の誘いっていうか、脱税の誘いじゃねーか!!!」


「そうともいう」


「…………!!(ぷんすこ!)」


「シャーッシャッシャ! 何だその顔は。税金はみんなで払ってみんなの生活のために使われているというファンタジーでも信じているのか? エラがかゆくなるわ」


「どういう意味だ?」


「わからんか? この秘密研究所は〝公費〟――税金で建てられているのだッ!!! つまり、この私の存在そのものが、税金の理不尽を現しているのだ!!!!」


「ムチャクチャじゃねーか!!!!」


「ふむ。そういえばこのサメ男、最初にそんな事を言ってたな。モンスター不足による諸問題を解決するために、シルニアがモンスターを作り出そうとした……たしかに税金の使い道としては、到底見過ごすことはできん」


「収めた税金がサメ男になったなんて知られたら、暴動が起きますよ」


「シャーッシャッシャ!!!!」


「なんで嬉しそうなの」


「ともかく、これで大体の話はわかっただろう。私が開発したS因子を体に打ち込めば、数日のうちに諸君らの体は変異を始め、ピチピチのサメになる」


「断る。今の説明でどうしてサメになると思ったんです?」


「シャシャッ、機会は与えたぞ……」


 白衣のサメは部屋の奥、闇に中に向かってとびのく。

 どうやらやる気みたいだな。


 俺は戦いにそなえて、ショートソードを構えた。

 マリアも銀剣を高く構え、攻撃を迎え撃つ準備をする。


 一方、リリーは俺たちとはすこし変わった構えを取った。

 両手で抜き身の剣身を持ち、体の中心で掲げるように持っている。


 扉を封印したときは剣を掲げてキスしていたが、それとも異なる持ち方だ。

 いったい何をしようというんだろう?


「泉の貴婦人の名において汝に挑戦する。決闘宣誓デュエル!!」


「決闘の誓いだと……? 骨董品め」


「略式で申し訳ない。Dr.ジャークシャーク卿、その歪んだ命を星に返してもらう」


「決闘だがなんだか知らんが、勝手にしろ!」


「その言葉、決闘をお受けしたと解釈してよろしいな?」


「くどい!」


「承知した。では正々堂々戦おう」


「リリーさん、そんなこと言って話が通じる相手じゃないですよ!」


「いや、これでいいのだ」


「へ?」


「シャーらくさい!!! なーにが決闘だ、カモーーン我がしもべ!!」


 サメ男はヒレのついた手で何かの機会を操作した。すると、いくつかのシリンダーの液体が抜け始め、蒸気が抜けるような音と共にガラスの筒が開いた。


<シャァァァ!!!!>


 耳ざわりな咆哮をあげ、俺たちを威嚇いかくしたのは二本足のサメ人間だ。


 その上半身は異様に発達して、逆三角形のシルエットになっている。


 しかし肉体よりも、その頭部が俺の目を引きつけた。

 サメの頭は、目の部分が左右に張り出して、ハンマーのような形になっていた。


 この特徴をもったサメのことは知っている。

 たしか、シュモクザメだったか?

 別名「ハンマーヘッドシャーク」というサメの一種だ。


 この怪物は、そのサメが元になっているのだろう。


「こいつは屋敷の外を警戒させていた S-01『サメベロス』とはちがうぞ。戦闘用に調整された純粋なS・O・Wサメ・オーガニック・ウェポン――S-05『トール』だ!」


<シャァァァー!!!>


 筒から目覚めた怪物は、主人を守るように俺たちの前に立ちはだかった。


 Dr.ジャークシャークの身長は普通の人間よりも高い。

 正確なところはわからないが、だいたい2mほどだろうか。


 だが、狂ったサメ科学者をかばう怪物の体躯は、それよりも大きい。

 トールに比べると、リリーでさえ子供のようだ。

 こんなの相手に肉弾戦なんて……どう考えても無謀に思える。


 しかし見上げるような巨躯を前にしても、彼女はまるでひるむ様子を見せない。それどころか、ジャークシャークに挑発的な言葉を投げつけた。


「ほう、正々堂々、一対一での決闘をする気がないと?」


「あたりまえだ!!! いけぃトール、奴の首を引っこ抜け!!!」


<シャァァァァッ!!!!>


「――なるほど……では、ペナルティだな」


「シャーッシャッシャ!!! なーにがペナルティだ! 罰を受けるのはお前の方だ!! 己の愚かさの罰を受けるんだなぁ~~~?!」


「リリーさん!」


 どすどすと重量級の足音を立てて、巨体が彼女に迫る。


 だが、リリーは怪物を迎え撃つでもなく、懐からトランプみたいなカードの束を取り出した。そして表から一枚のカードをすっと引くと、それを見た。


 そのとき、俺は彼女が兜の下で笑った気がした。


「裁定が下った。――移動禁止!!」


 リリーがカードを持ち上げ、高らかに宣言した。

 すると、機関車のように突進してきていた巨体がピタリと止まった。

 巨獣は前傾した姿勢のまま、戸惑いの声をあげている。


<しゃ……?! しゃぁ?>


「……え、サメ男が、とまった……? なんで?????」


「泉の貴婦人の名の下、決闘を同意した両者は誓約にのっとって戦わねばならない。もしそれを破れば、厳しいペナルティを受けることになる。このようにな」


「シャシャ、な、なんだ……なんだそれ、卑怯だろ!!!」


「一方的にルール押し付けといて破ったらデバフって、ひっでぇ……」


「一方的ではない。決闘を受けるか、ちゃんと確認しただろう?」


「あ、さっきのアレってそういう……」


「さて、ジャークシャーク殿。――〝正々堂々〟戦おうとしようか」


「「どの口でいってんだぁぁぁぁぁッ!!!???」」



◆◇◆



※作者コメント※

Q:あれ、シュモクザメって人襲わないんじゃ?

A:異世界に生息する「絶対人間殺すシュモクザメ」です。


展開がムチャクチャなのは若干の微熱のせい。

そう、きっとそう。

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