怪物たちには心がない

「今が好機だ!! 攻めるぞ!!!」


「どっちが悪役かわかんないなぁ……クリエイト・ウェポン!」


 敵の足が完全に止まってるなら、遠距離武器の独壇場だ。

 遠くから銃弾でハチの巣にしてやろう。

 俺はセントリーガンを出して、前にぶん投げた!


 <ガシャコン!>


 ほの暗い研究室のステンレスの床の上にアタッシュケースが落ちる――かと思いきや、ケースは空中で変形してガパッと開き、中から三本脚の鋼鉄のクモが現れる。


 クモは床の上に降り立つと、その細く貧弱な下半身に不釣り合いなど肥大した四角い頭部を傾け、手前に立ちふさがるサメ男のほうに向けた。


<シャァ?>


「そいつだ、やっつけろ!!」


<ピピピ!! ダダダダダダッ!!!>


 ターゲットの捕捉を知らせる電子音の後、猛烈な閃光と鋼鉄の嵐が敵を襲う。

 その激しさときたら、見ているこっちの目が回るほどだ。

 炎とともに銃口から飛び出した鉛弾が、猛然と立ちふさがるトールに降り注ぐ!


<バチバチ! ビシパシビシッ!!!>


 銃弾が巨体を捉え、豪雨がビニールテントを叩くような音がする。

 ――やったか?!


<ウガァァァァ!!!>


 だが、ハンマー頭のサメ人間は、咆哮をもって俺の期待を裏切った。

 ウソだろ!? タレットが効いてない!?


「いいぞトール! お前のS因子は、その程度の攻撃ではびくともしない!!」


 ジャークシュークが言う通り、トールの耐久性はたいしたものだ。

 無数の銃弾を浴びながらも、彼のゴムのような皮膚はキズひとつない。


「銃弾に耐えるサメ肌、だと……?」


「フッ、サメの皮膚に含まれるコラーゲンは、人間のそれよりも質が高い。化粧品にも使われるほどだからな、銃弾を防ぐなどわけもないッ!!!!」


「いや、その理屈はおかしい。お肌プリプリになっても銃弾は防げないだろ!!!」


<ウシャァァァァァ!!!>


 コラーゲン云々うんぬんはともかくとして、銃弾の効果はいまひとつのようだ。

 トールはマッスルポーズを取って勝ち誇ったような顔をしてる。何か腹立つな。


「クソッ、どうすればいい……!」


「シャーッシャッシャ! 残念、だがこれが現実だ……ヒトはサメに勝てぬ!」


<カタカタ……スンッ……!>


 セントリーガンが弾薬をうち尽くして沈黙する。

 それをみて、ジャークシャークの口撃はさらに勢いを増した。


「怖いかヒトよ!! 自らの非力を嘆くか? ですが……今に限り、このS因子をくれてやっても良いんだぞ~? シャーッシャッシャッシャ!」


「クソッ、調子にのって……!」

「…………!(ぷんすこ!)」


 誓約オースのペナルティでトールが動きを止めたのまではよかった。

 だが、今となってはそれが逆効果になってしまっている。


 というのも、パルテノン神殿の柱のように立ち並ぶシリンダーの柱の列。

 そのど真ん中でトールは立ち往生しているのだ。

 つまり、奴が健在である限り、俺たちはジャークシャークに手を出せない。


 トールは足が止まっているだけで、腕を振り回すことはできる。

 うかつに近づけば、その丸太のような腕でノックアウトされるだろう。


「クッ、私の移動禁止があだとなったな……奴を退かさねば」


「これじゃフタをされたようなもんです。何とかしないと……」


「うむ。しかしどうすれば――」


 俺たちが途方にくれていたその時だった。

 銃弾を撃ち尽くしたことで頭をたれ、沈黙していたセントリーガン。

 その彼が突然、激しい電子音をかなで始めたのだ。


<ピピピ! ピーッ! ピーッ!>


「あっ、忘れてた。リリーさん、こっちに早く!!!」


「シャーッシャッシャ!! もう逃げるのか~!?」


「伏せて、爆発します!!!」


「シャッ?」


<ズガァァァンッ!!!>


 弾丸をうち尽くしたセントリーガンは、手近なターゲットに突撃して自爆する。

 今回はトールが目の前にいたので、ヤツに飛びついて自爆した。


 オレンジ色の火球が膨れ上がり、周囲のシリンダーを破砕した。爆破の圧力は爆炎が触れるまえにガラスを砕き、粉雪のようになったガラスが周囲に飛び散った。

 野蛮な破壊の光景にもかかわらず、どこか幻想的な光景が俺の前に広がる。


 トールの灰色の巨体は、セントリーガンが放ったオレンジ色の爆炎に包まれていた。どうだ! 流石にコラーゲンでは、炎までは防げないだろう!


<グォォォォ!!!>


 全身を包む炎に苦悶の声を上げるトール。

 その姿を見たジャークシャークはたたでさえ青い顔をさらに青ざめさせた。


「シャ、シャシャ、しまった……サメ油がぁぁぁぁ!!」


「…………?(かしげっ?)」


『ジロー様、サメ油って?』


『えーっと……あっ、思い出した。一部のサメは深海に潜ることができるんだ。人間が機械を使っていくような、冷たい海の底までね。それを可能としてるのがサメ油。サメは体にたくさん油をたくわえてて、それのおかげでこごえずにすむんだ」


『油……じゃぁ、サメさんは燃えやすいってこと?』


『うん。ヒトよりもたくさんの油を抱えているから、きっと燃えやすいはずだ』


 ジャークシャークを認めるようでシャクにさわるが、サメが強いのは確かだ。

 しかし、強いといっても完全無欠の存在じゃない。

 サメ人間は、ヒトよりずっと炎に弱くなっているんだ!


<グァァァ……!!!>


 業火の炎に包まれたトールがズシンと膝をつく。

 雄々しかった巨体も焼けただれ、無惨な姿に成り果てていた。

 勝負あったな。もはや立ち上がる力もないだろう。


「ジャークシャーク。サメはたしかに強い。お前たちサメは人間には出来ないようなこともできる。だけどそれは……間違った強さだった」


「怪物には『心』がない。心がないから痛みがわからない。ゆえに平然と人を傷つけ殺す。だが――心がないとは勇気もないということ。人がサメに負けるものか」


<グ……ガガ、タス、ケテ……>


「焼かれて死ぬのは苦しかろう。せめてもの情だ」


 リリーの白刃がトールの首後ろを貫き、とどめを刺す。

 がくっ、と力が抜けていくその姿に、俺はどこか切ない物を感じた。

 異形に成り果て、その最期がこれだなんて……。


「シャシャ……ば、ばかな! 10年の歳月をかけた、私の最高傑作が!!!」


「ジャークシャーク、それは違うよ」


「何?!」


「こんな実験室で最高の生物なんてできるもんか。外の世界では、何千年も、いや、何万年、何億年もかけて命が競い合ってきた……たかだが10年そこらで、何億年もかけて築かれてきた命の壁を乗り越えられると、本気で思っていたのか?」


「シャシャ……!」


「お前の研究はここで終わりだ。ジャークシャーク!」



◆◇◆



※作者コメント※

いや、うん。生き物の生態や特性を利用するのはバトルものにありがち。

とはいえ、どうしてこうなった……。

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