決着の時

「シャーッシャッシャ! ……かくなる上は仕方ない!」


 ヤケクソ気味に高笑いをあげたDr.ジャークシャークは、白衣の中から一本のクソデカ注射器を取り出した。注射器の中には紫色の液体がつまっており、見るからにヤバそうだ。


 マッドサイエンティスト、そして注射器。

 これらのものが意味することは、ひとつしかない……っ!


「フンッ!」


 案の定、ジャークシャークは「ドスッ」と音をさせて、怪しい液体を自身に注射した。自分で作ったものとはいえ、よくそんなもの打ち込む気になるなぁ……。


「シャーッシャッシャ! これはS因子をベースに、16種類のあらゆる違法薬物を混ぜた特別性のアンプルだ。これでわたしはさらなる高みにのぼる!!!」


「たしかにハイにはなるだろうけど……」

「ふむ。それだけ入れたら、もうS因子関係ないんじゃないか?」

「…………(こくこく)」


「だまらっシャい! キタキタキタァッ!!」


<ビキ……ビキビキバキッ!!!>


 ジャークシャークの全身が肥大化し、腕に血管が浮く。

 そして、膨れ上がった筋肉により上半身の服が弾け飛び、白衣もちぎれ飛んだ!

 トールもデカかったが、今のジャークシャークはそれ以上の大きさだ。


「デ、デカい……!」


「ククク……この私を止められるか?」


「だけど、さっきのセントリーガンなら……!」


「フッ、炎を使うか? それならムダだ。このアンプルには耐火性を高める効果もあるのだ。先程のようにはいかんぞ」


「何ッ?!」


「先程のアンプルには、激しい発汗、悪寒が発生するという副作用がある。これにより、多少の炎熱は無効化されるのだ!! ぶっちゃけ、むっちゃ寒気する!!!」


「普通にダメな効果では? 中毒おこしてるよね????」


「恐れるな少年、いくら体を大きくしようとモンスターには変わりない」


「シャーッシャッシャ! 来い、貴様らの血で乾杯してやる!」


 剣を持ったリリーがジャークシャークに飛びかかる。


 彼女は全身を色鮮やかな布で飾り立てた派手な甲冑に身を包んでいるが、盾は宿屋に置いたままでここに持ってきていない。


 つまり、今彼女が持っている武器は、腰に帯びている短い柄の片手剣だけだ。

 剣身の長さは、俺のショートソードよりちょっと長いくらい。


 怪物を相手にするには不安が残るシロモノだ。

 少なくとも、俺なら絶対に戦いたくない。が――


「ハッ!」


<ギャリンッ!!!>


 リリーが剣を左手の肘の上に乗せる構えを取る。

 奇妙な構えだったが、彼女が繰り出した突きを見て、俺はその意図を理解した。


 彼女の突きはびっくりするほど長く伸びた。

 あの構えは剣を隠し、リーチをごまかすためだったのだ。


 ジャークシャークも驚いたのだろう。

 反射的に太い腕を振り回して、突き出された剣を打ち払おうとする。


 リリーとジャークシャークの体格差、膂力の差は歴然だ。

 まともに払われれば、ひとたまりもない。が――


「グォォッ!! 何……ッ!?」


 リリーは突きに使った剣を小手先でひねり、剣を払おうとしたジャークシャークの腕に絡ませるようにして柔らかい前腕の内側をいだ。


 サメ男の体は、ゴムのようにぶよぶよした肉厚の皮につつまれている。

 だが、体の内側、腹や肘の腹に当たる部分は白く、皮膚が薄い。

 リリーはその部分を狙って肉を削ぎ落としたのだ。


「やはり、か。剣が効かぬとあなどったな? 何事もやりようはある」


「シャーッシャッシャ! 面白い。貴様……良いサンプルになりそうだ!」


 騎士と怪物の間で、激しい攻防が繰り広げられる。

 だが、彼女はその剣一本で見事にジャークシャークと渡り合っている。

 素人目にみても彼女の剣の腕はすさまじい。

 俺はもとより、マリアよりもはるかに上なのがわかる。


『すごい……』


『ね! ランスロットおじさんみたい!』


『もしかしたら、ランスロットさんともいい勝負するかもね』


『うん! オールドフォートに来てくれないかなぁ……』


『うーん。どうだろう……でも、もし来てくれたら色々賑やかになりそう』


<ギャリンッ! キン!!>


 怪物と騎士の決闘はなおも続く。

 ジャークシャークの拳が空を切り、リリーの剣が肉を捉える。

 一方的な展開だが、なかなか決着がつかない。

 というのも――


「ふむ。もう塞がったか」


「シャーッシャッシャ……!!! サメの治癒能力はヒトよりもずっと優れている。S因子によって、この程度のケガは瞬時に治癒するのだ!!!」


『クッ、そういえば聞きいたことがあるぞ。サメは皮膚や肉を失うほどのひどい傷を負っても治癒してしまうとか。サメには超強力な肉体再生能力があって、ガンにもかからないんだとか』


『ジロー様、さっきから気になってたんだけど、なんでそんなにサメに詳しいの?』


『え? えーっと、元の世界ではサメに関係する娯楽がたくさんあってね。まぁ……ほとんど映画なんだけど、それで学んだんだ』


『よくわかんないけど、ジロー様の世界ってサメが人気なんだ?』


『人気といえば、わりと人気かなぁ……』


『じゃあ、サメの弱点もわからない? このままじゃ、リリーさんが負けちゃう!』


『う、うん。わかったよ、思い出してみる』


 といったものの、どうしたものか。

 リリーと戦っているジャークシャークは、おそらくホホジロサメがベースだ。


 ホホジロサメはサメの中のサメ。サメの王だ。

 世界樹の海にひろく分布し、人食いザメとしても知られている。


 ホホジロサメの天敵は、同じサメかシャチだったか。

 弱点のような弱点はない。

 それに、炎も効かないとなると……どうしたらいいんだ?


 映画ではたいてい爆薬かエクソシストを使っていた。

 しかし、ジャークシャークにはそのどちらも通用するとは思えない。


「くっ……手詰まりか?」


 俺は落胆して視線を落とす。

 そのとき、俺の視界にジャークシャークの下半身が入った。


「……妙だな?」


 奴がマッスルボンバーした時、上半身の服は完全に弾け飛んだ。

 しかし、謎の力によって守られているかのようにズボンは無事だ。


「そうか! やつの弱点がわかったぞ、下半身を狙ってください!」


「少年、どういうことだ?」


「やつがアンプルを使った時、上半身の服は消し飛びましたが、下半身の服はそのままです。つまり、ヤツは――上半身に比べて下半身が貧弱なままなんです!!!」


「なるほど!!!」


「シャーッシャッシャ!!! え、マジで?」


「フンッ!!」


 あぜんとしているジャークシャークにリリーの剣が襲いかかる。

 膝に剣を受けると、サメ男はあっさりと崩れ落ちた!


「グァッ!!!! 小シャクなッ!!!!」


「観念しろ、貴様の悪事もこれで終わりだ」


「シャーッシャッシャ……それはどうかな?」


「何っ?」


「なぜ人類最高の叡智を持つこの私が、こんな森の中でサメをテーマにした研究をしていると思う? 海ではなく湖があるだけのこんなへんぴな森の中で……!!」


「え、頭がおかしいからじゃないのか!?」


「ふむ。てっきりどうかしてるからだと思って、まるで気にしてなかったぞ」


「シャーッシャッシャ! そうではない、これが理由だ!!!!」


<ガシャコンッ>


 ジャークシャークが背後にあった壁のスイッチを押す。

 すると何かが動くような地響きが聞こえてくる。


「これは……なにが起きてるんだ?」


「シャーッシャッシャ……この森には広大な山々から海へと続く巨大な地下水脈が流れている。湖はその地下水脈の結束点けっせつてんなのだ」


「何だって? じゃあこの振動は……!」


「この施設の自爆装置を起動した。まもなくこの施設は地下水脈に沈む。シャシャシャ……研究成果をすべて失うことになるが致し方ない。サメの体となった私は不老、ゆえにこの喪失も一時的なものでしかないからな」


「自爆装置だって……? ジャークシャーク、お前!!!」


「アデュー、さらばだ冒険者よ。私の永遠を彩る楽しいひと時をありがとう」


 研究室の壁がゆがみ、ビシビシとヒビが入って割れていく。

 すると、割れた壁の隙間からドォッと大量の水が注ぎ込んできた。


「まずい、このままじゃ生き埋めにされる!!」


「シャーッシャッシャ! サメの私なら水の中で息ができるが、か弱いヒトでしかない貴様らはどうかな~?」


 暗闇の中でジャークシャークの高笑いがひびく。刹那、研究室の中に大量の水が流れ込み、あらゆるものが押し流され、砕ける轟音が笑い声をかき消した。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 明かりひとつない研究室の中で暴れまわる濁流だくりゅうは、部屋にあった謎の器具を押し流し、呆然としていた俺たちに襲いかかる。


 足を、そして腰に手を回してくる黒い水は、闇がそのまま怪物になったようだ。

 抵抗する間もなく渦に巻かれ、俺たちは怪物の腹の中に呑み込まれていった。



◆◇◆



※作者コメント※

なんだこれ(n回目

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