大きな悪と小さな悪

「や、やめ……!」


 ランスロットが冷たいまなざしを向けながら手刀を振りかぶる。

 そして振り下ろさんとしたその時だった。


<ガタン!>


「ランスロットさん、大丈夫ですか!?」


 破られたドアを押しのけ、ジローがあばら家に入ってきた。

 予期せぬ来客にランスロットは手を止め、アインから視線を外してしまう。

 ほんのちょっとのことだったが、彼はそのすきを見逃さなかった。


<ピンッ>


「しまった!」


 なにかを叩くような、小さな金属音。

 音を聞き、我にかえったランスロットが声を上げた瞬間――


<――バンッ!!!!>


 あばら家の床で、まばゆい閃光と爆音が放たれる。

 強烈な光は夜の闇に慣れていたランスロットとジローをひるませた。


 これはスタングレネードという兵器だ。

 激しい閃光と爆音を放ち、近くのいるものを一時的にひるませる。


 訓練を受けている現代の軍人などは、1秒程度で復帰できるシロモノだ。

 しかしランスロットとジローの二人はそうした訓練を受けていない。

 ひるんだ彼らの間を、アインはまんまと通り過ぎていった。



「クッ、逃げられたか……待てアイン!」


「ジロー殿、追ってはなりません。外は危険すぎます!」


「は、はい。ランスロットさんは無事でしたか?」


「なんともありません。しかし――何で来たのです!!」


 暖かく迎えられると思っていた俺は、意表を突かれた。

 ランスロットは俺のことを激しく問い詰める。

 その表情は普段の穏やかで柔らかいものではない。

 命がかかっているときの、軍人のそれだった。


「私は君にマリアと子どもたちのことを任せたはずです。私の身にいかに危険が迫ろうとも、君はここに来るべきではなかった。」


「そんな、でも僕は――僕が助けようとしたのは、ランスロットさんだけじゃないです。地上で多くの人がケガをしてると思って……」


「それでマリアや子どもたちが命を失ったとしたら、君は後悔しないですか?」


「そ、それは……。」


「いえ、意地の悪すぎる質問でした。まだ早かったようです」


「……どういうことです、ランスロットさん?」


「ジロー殿。いつかはわかりませんが、必ずあなたには選ぶ時が来ます」


「選ぶ時、ですか?」


「はい。誰を救い、誰を見捨てるか。その命の選択をするときが、かならず来ます」


「そんな選択……3つ目があるはずです。みんなを助ける方法が」


「もし無かったら? あったとしても、それがより悪い選択肢である可能性は?」


「それは……」


「大きな悪と小さな悪、本当ならどちらも選びたくないものです。しかし大抵はどちらかを選ばざるをえないものです。私が先王の行いを黙認したように……」


 ランスロットはため息を付くように深く息を吐き、白髪頭を横にふる。

 彼の横顔は、ひどく疲れ切っているようにも見えた。


「確かに転移者の行いは目に余っていた。スキルを使い、人々の迷惑をかえりみず、おのれの物差しだけで取り返しのつかないことをしてきた」


 たしか、最初の転移者たちは高校の1クラスだったな。

 僕と同じくらいの歳のはずだけど、そんなにひどかったのか?


「当時の転移者は、そんなにひどいことを?」


「例えば、スキル『アイテムボックス』で大量の人糞を畑にまくなどです。肥料になると思っていたそうですが、かえって作物を枯らし、疫病も発生するところでした」


「えぇ……」


「これは一例に過ぎません。スキルで出した物品を売り払って職人を失業させる。うろ覚えの軍事技術で部隊を全滅させる。経済面、軍事面で数多くの混乱がありました。当時の私は尻ぬぐいに走り回っていましたよ」


「どっちが敵かわかんないなぁ」


「だから私は、転移者を排除するという先王の決定に見てみぬフリをした。その時の私は、シルニアが今のような姿になるとは思いませんでした」


 ランスロットさんは、『助けるな』といって俺を送り出した。

 これには俺を試す意味もあったのかもしれない。


 それは俺が〝決断〟できるか。

 そして、人を信じれるのかどうかだ。


 俺がおもうに、先の転移者たちのやらかしの原因は、無知と相互不信にある。


 俺も転移者だ。ランスロットさんが散々苦労させられた悪魔のような存在。

 だけど、その俺を彼は信じてマリアを任せようとした。


 しかし俺はそれを放りだし、大丈夫だといったランスロットさんのことを信じようとしなかった。


 俺は自分が何でもできると思ってたのか?

 度し難いバカだ。


「……ランスロットさんの考えはわかりました。僕が間違ってた……と、思います。僕は大丈夫といったあなたを信じず、マリアと子供たちを危険にさらしている」


「いえ、ジロー殿の決断にも一理あります。それに、マリアと子供たちに何もせずにトンネルの中を送り出したわけではないでしょう?」


「はい。創造魔法でやれるだけのことはしました」


「それなら、急いでスラムの人たちを助けましょう。アインたちの決起で多くの人が傷ついています。まだ救える命はあるはずです」


「――はい!」


 俺はランスロットさんとあばら家を出る。

 スラムのありこちが燃え、空はオレンジ色になって染まっている。

 どこから始めよう?

 そう思ってあたりを見回していたときだった。


<ドゴォォォォォンッ!!!!>


「「ッ?!」」


 耳をつんざく爆音が暗闇を揺らした。

 スラムの一角、王城が見える方角で爆炎が上がっている。その高さは遠くに見える王城の一番高い尖塔の先を追い越さんばかりだ。


「――こんどは何だ?!」


「ジロー殿、急ぎましょう。思った以上に事は深刻なようです」


「もしかして、反乱の鎮圧のために王国が〝ゲンダイヘイキ〟を出したとか?」


「いえ。あれほど強力な兵器を都市内で使う権限は、銃士にありません」


「じゃあ誰があんなキノコ雲を?」


「王国の法律や常識にしばられない存在。つまり……転移者です」


「――!!」



◆◇◆



※作者コメント※

8年ぶりにウィッチャー3のDLC遊び始めたので更新が鈍化しております

エルデンのDLCが出てるのに何故…

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