マリアと遺恨


「帝国? それって、シルニア王国と戦った敵のことだよな。なんで王国に……」


「バカにしてンのか? 負けた国の人間がどうなるかなんてわかりきってるだろ」


「――ッ!!」


 負けたから、奴隷どれいにされた?

 じゃあ、このスラムにいる人たちって……?


「…………!(くわっ)」


 マリアは梅干しのレモン漬けを吸ったような変顔をアインに向けている。

 彼女はコイツのことを知っていて、そのうえ大嫌いのようだ。


・・・


『マリアはアインのことを知ってるの?』


『うん。みんなの家を回って、シルニアとたたかうんだーって言ってる』


『あぁ……昨日ランスロットさんが言ってた、内乱を起こそうとしてる人、か』


『うん。スラムでいっしょに戦う「どーし」を集めてるんだって』


『どーし? あぁ「同志」ね。なーんかキナ臭いなぁ……』


『わたし、この人のことキライ。』


『俺もこいつのことキライ。なんかエラそーだし』

『…………』


・・・


「おい、何をぼーっとしてるんだ。聞いてるのか?」


「あ、ゴメン、話終わった?」


「……お前らがそんなだから、俺らの扱いは変わらない。一生奴隷のままだ!」


「アインは革命を目指してるのか? 王国をひっくり返してどうするつもりなんだ」


「俺達の国を……帝国の土地を取り戻す! 王国にツケを払わせるんだ!」


「それで? 今度は王国の人間を奴隷にするのか? キリがなさそうだね」


「お前には関係ない。」


「?」


「ジロー、お前は帝国人でも王国人でも……いや、この世界の人間ですらない。 ――転移者なんだってな」


「どうしてそれを?」


「ハッ、俺はいろんなところに目と耳を持ってるンだよ」


「……残念だけど、俺が同志になるとか無理だし、王国に売ろうとしてもムダだからね。転移したその日に追放されるくらいのゴミスキル持ちだし」


「このスラムって場所はすごいな。人を腐らせるスキルを持っているようだ。それか……元々背骨の曲がった根性なしだったか?」


 腹立つなコイツ!!

 協力しないからって、とる態度がクソすぎるぞ!?


 うん、コレじゃ無理だわ。

 絶対に同志なんか集まんない。集まるわけないわ。

 なんか元の世界の似たような連中を思い出すなぁ……。

 やっぱ異世界にもいるんだ、こういうの。


「マリア、もう行こう」


「…………(こくこく)」


「……マリア、何でお前ばっかりそうやってチヤホヤされるんだ? ずっとそうだ。お前はいつもみんなから可愛がられ、俺は無視される。その違いは何だ?」


「なんだって?」


「俺の親父のせいか!? 飲んだくれのクズで、国を売った裏切り者だからか?!」


「アイン、話が見えない。何のことを言ってるんだ?」


 俺の手をマリアがぎゅっとにぎる。小さな手が震えている。

 俺は彼女の手をにぎり返し、安心させようとした。


「お前の家族の問題はマリアに関係ないだろ。彼女は――」


「それがおおいに関係あるンだよ! マリア・ウル・エステリア。帝国の護国卿を父に持つエリートだ。そしてお前の父は――俺の父を処刑した!!」


「?!」


「サイテーの野郎だった。死んだ時はせいせいしたぜ。でも何で俺が嫌われるんだ? 親の罪は子供に関係ないだろ。俺が帝国を滅ぼしたわけじゃない」


 マリアの父がコイツの父親を処刑した?

 そんで、アインの父が帝国が滅んだことに関係してる?

 なんか根が深そうな話だな……。


 っていうか、そんなこと立ち話でするんじゃねぇ!!

 朝っぱらから話題がヘビーすぎるわ!!


 もっと近所の仔猫こねこの散歩ルートはどこにあるとか、どこぞの花壇に新しいお花が咲きましたとか、そういう楽しい話をしろ!!


「マリア、お前は帝国のために立ち上がるんだ。お前は『持つ者』だ。俺みたいな『持たざる者』じゃない。帝国の人々を率いていける!」


「彼女は奴隷だ。口がきけないのにどうやって人々を率いるんだ?」


「そうだ――だから俺が『口』になる!!」


 いや、それはダメだろ……。


「勝手に何を言われるかわかったもんじゃないな。つまり……アイン、お前は革命ごっこがしたい。だけどお前に人としての魅力がなさすぎてお友達の集まりが悪い。だからマリアっていう看板がほしい。そういうことでいいのか?」


「お前も俺を侮辱ぶじょくするのか。追放されたクズが俺に勝てるとでも?」


「……!」


 アインは地面を踏み込み、俺に向かってきた。

 グッと握りしめられたヤツの拳が、ゆっくりと俺に迫ってくる。


 ………ッ!


<ガシッ! ボカッ!>


 拳の応酬はすぐに終わった。

 俺の足元には、アインが鼻血を出してうずくまっている。


 弱ッ!?

 マジで口だけじゃね―か!!


「アイン、二度は言わないぞ。彼女に近寄るな。もしも家の近くで見つけたら――」


「後悔するぞ……!」


「もうしてるよ。お前なんかと話さなければよかった」


「チッ!」



◆◇◆



 俺は水を汲み、あばら家に戻った。

 まったく、せっかく早起きしていい朝だったのに……。

 変なやつに台無しにされてしまった。



・・・


『ジロー様……何があったか、聞かないの?』

『ん……あぁ、帝国とか何とかのこと?』

『うん。』


『マリアが話したい時か、必要と思ったときでいいや。それまでは忘れておく』

『……わかった』


・・・


「…………!(くいっ)」


「ありがとうマリア。」


 彼女は水をコップに入れ、ランスロットさんに差し出した。美味しそうに水を飲む彼のジャマをするのは気が引けたが、俺はアインのことを確認することにした。

 

「ランスロットさん。外でアインっていう変なやつに会いました。あいつがスラムで内乱を企んでいるヤツですか?」


「……彼だけではありません。このスラムには、帝国から連れてこられた戦争捕虜ほりょ、そして王国の出身でありながら、事情があって奴隷になった者がとらわれています」


「代表者のひとり……ってところですか」


「えぇ。彼のような考えを持ったものは、スラムに多くいます」


「ランスロットさんは何でここに? 帝国人が多いなら、その……」


「最初はよく嫌がらせを受けました。しかし、そのうち住人として認められました。私がいれば王国といえども無茶はできない。よそのスラムに比べて、ここはまだ良いほうなのです」


「なるほど。色々複雑な事情がありそうですね」


「はい。本当に複雑なのです。人と人、国と国。転移者であるジロー殿には理解できない多くのうらみ、つらみが、この場には存在しています」


「……僕は冒険者の仕事に集中することにします」


「それが良いでしょう」


「あ、これ以上余計なことに首を突っ込む気はないんですが……スラムの子どもたちに〝給食〟をしたいんです。なにか良いアイデアはないですか?」


「アイデア……考えてみましょう」


「お願いします。俺とマリアはこれから冒険者ギルドに行きますが、何かいい方法がないか、俺も考えてみます」


「えぇ。協力して考えれば、何か思いつくかもしれません」


 あばら家を出て、冒険者ギルドに向かおう。

 装備よし! お弁当(ディストピア飯)よし! 忘れてるモノは無いな!


 いや、待てよ……?

 そういえば、すっかり忘れてたものがあった。

 ……俺と一緒にこの世界にきた電車の乗客たち。


 彼らは今、どうしてるんだろう?



◆◇◆




※作者コメント※

アインと王女はメインクエスト(異世界からの帰還)に関係する人物です。

ま、これからサブクエストやっていくんだけどね!


次の話は幕間として、王女&他の転移者サイドの描写を挟みます。

あっちもひでーことになってそう……

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