王女サイド:秩序の再構築

「で、いつになったら転移者で魔国まこくを攻めれるワケ?」


 巨大な玉座に腰掛けていた女王は、足元にひれ伏す大臣を鋭く見すえて言った。

 冷酷な表情を浮かべた女王の声は冷たく、部屋の空気を凍らせるようだ。


 はげ上がった頭をフカフカの絨毯じゅうたんに沈み込ませた大臣は、震える声で答えた。


「申し訳ございません。準備は進んでおりますが、いまだ目処めどは……」


 王女はいら立ちを隠さず、椅子のひじ掛けをバンバンと叩いた。


「レベル上げくらいパーっとできるでしょ。アタシがやってるみたいにすれば? 転移者をまとめてトラックに乗せて、モンスターをマシンガンとセンシャでバーっと殺しまくるのよ!」


「おそれながら王女様……王都周囲には、もはやレベル上げに手ごろなモンスターが残っておりませぬ」


「ゴブリンは?」


「3年ほど前に絶滅しました」


「オークは?」


「去年、最後の一体が動物園で死にました」


「……あれはどうなったの? デビルサメ男の養殖計画!」


「研究所が爆発を起こし、今は行方不明です」


「チッ、無能どもめ……」


「王都周辺に残ったモンスターは、そのほとんどが〝ゲンダイヘイキ〟が通用しないものばかりとなっております。もしくは狩るほどの価値がないか、とても困難なものしか……」


「ってか、ゴブリンが消えたってマジ? ほっとくとどこまでも増えるタイプのモンスターじゃん。狩りつくすとかあるんだ」


「正確に言えば存在します。平野に住むゴブリン族の絶滅ですな。いまや多くのゴブリン族が山岳や森林地帯に逃げ込んでおり、効率的な狩猟ができませぬ。オークも似たようなもので……まだダンジョンには存在しているかと」


「あ~そういう……メンドクサッ」


 王女は手をたたき、少年の召使めしつかいからワインを受け取る。

 グラスを手にとり、彼女は形のよい唇をしめらせた。


「冒険者ギルドに集めさせた依頼でも不足?」


「転移者は300人ほどおります。この街のギルドの依頼だけではとても……」


「なら、集中と選択ね」


「と、いいますと?」


「魔国攻めに使えそうなスキルを持つ転移者だけ、集中してレベル上げするのよ」


「な、なるほど……」


「低レベルの転移者が何人いてもクソの役に立たないわ。レベル50が5人もいればそれで良いでしょ」


「ハッ、将軍たちに選ばせます。しかしそれでも足りるかは……」


「王都から遠征する必要があるかしらね。でも、あんまり外に出すと逃げ出すやつもでちゃうのよね―。パパのときがそうだったんでしょ?」


「は、はい。多くの遠征を繰り返すうちに、ポロポロと数が減り……『すろーらいふ』とやらで荒れ地を開拓し防衛計画を破綻させる者や、商人となって地方経済を崩壊させる者が出る始末。先王様の心労は、絶えることがなかったとか」


「それを考えると、転移者はなるだけ管理しておきたいわね……」


 王女は何かを思いついたのか、パチンと指を鳴らした。


「なら、帝国人に使ったのと同じ方法でいきましょう」


「同じ方法……というと、『ひっくり返す』わけですな?」


「そ。彼ら転移者の世界には、彼らの世界の〝序列〟がある。私たちの世界でいうところの『王』、『聖職者』、『騎士』、『農民』……」


「ハッ、我々が確認した範囲ですと、どうも彼らの社会には大きな二つの階級、すなわち〝ジョウキュウコクミン〟と、〝テイヘン〟が存在するようです。」


「ならその序列をひっくり返して権力を与える。王を農民に。奴隷を騎士に。彼らは日ごろの恨みつらみをかつての上位者にぶつける。憎しみは彼らをつなぐ鎖を鍛え、ゆるぎなき秩序を生む――」


「奴隷と主人を入れ替えれば、奴隷は鎖を手放そうとはしますまい」


「けど、ポロッと手に入った権力は、ポロッと失うこともある。当然よね? 連中はそれを怖がって必死に努力する。向こうの方からこっちの都合に合わせてくれるわ」


「さすがは王女様……そのように取り計らいます!」


「よろしくね。秩序の〝再構築〟は速やかに行ったほうが良いわ。転移者どうしがマトモに協力しあうなんて、厄介なことこの上ないもの。〝ジョウキュウコクミン〟のスキルが使えなくなるのは惜しいけど……今回は許容するわ」


「承知いたしました」


「――争いは『彼らの世界』だけに収めさせる。これが統治のコツね」


 空になったグラスを小姓の持つトレーに乗せ、王女はひじ掛けに体を沈めた。これは王女が考えに入った時のクセだ。


「ところで……スラムの問題も解決しなきゃね。いっそ〝経験値〟にしちゃう?」


「し、しかし、帝国人のスラムを一方的に狩れば、他のスラムも武器を取るでしょう。わが身の危険となれば、王国人の奴隷も反乱を起こすやもしれません!」


「一方的に、ね……つまりは向こうに非があればいいわけよね」


「それはそうですが……。では、〝鳥〟どもを使いますか?」


「そうね。何のために『声』を残されたのか。それにも気づかないバカばかりだもの。せいぜいやかましく鳴いてもらいましょう」


「では、行って参ります。」


 大臣が去った後、王女は誰に告げるでもなく口ずさんだ。



「鳥は鳴き声を真似まねた笛で捕らえられる。人も同じ。自分の意見に近いものを聞くと捕らわれる。――求めてるものに近いならなおさらね」




◆◇◆

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