貴方とワルツを

 俺とマリアはスラムを出て、冒険者ギルドに向かった。

 街を歩くと、いまだ空気には朝の冷気がほんのりと残っている。


 歓楽街につくと、銃を持った兵士たちが荷車を引いていた。

 みるともなく荷台の中身が目に入り、俺はギョッとして頬が引きつった。


 荷台の上に酒臭い死体がいくつも乗っている。


 彼らの死因は近くの地面を見ればわかった。

 割れた酒瓶、真新しい金色の薬莢やっきょう


 この街では酔っぱらいの発砲事件が珍しくないようだ。

 いくらなんでも物騒過ぎない?


 冒険者ギルドについた俺は、酔っ払いの間を抜けてサイゾウを探す。


 信じられないが、ギルドには朝から酒を飲んでるヤツがいた。

 酒飲みの鑑すぎる。俺は呆れるどころか逆に感心を覚えてしまった。


 さて、サイゾウはギルドの奥、書類の壁で出来た要塞の中に立てこもっている。

 彼は俺に気づくと、壁の一部からノートを引っ張り出した。


「これだ。さすがに子供は朝が早いな。真っ先に手を付けといてよかったよ」


「どうも」


「今回の依頼はちょっとしたデリケートな問題でな。知的で有能な冒険者が必要なんだ。それでいえばお前さんらは申し分ない」


「ほめ過ぎじゃないですか?」

「…………!(こくこく)」


「無名戦士のゴーストと話をつける新人冒険者を他にどう評価しろと? お世辞なんかじゃない。称賛しょうさんは素直に受け取っておけ」


「ただのなりゆきで、そうしようと思ったわけじゃないんですけどね……」


「今回の仕事もそういった機転が必要になるかもしれん」


「どういった仕事なんですか?」


「ノートを開けてみろ。最初のページに概要あらましが書いてある。ある人間の身辺調査をしてほしいという仕事だ」


「身辺調査……浮気の調査みたいな?」


「それと似たようなものかもな。だいぶ状況が入り組んでいるようだが」


「詳しく説明してもらっていいですか?」


「依頼人はとある酒場の主だ。ウチみたいな小汚いのとは違うぞ。上流階級向けで、おどり子や楽団が客に芸を見せる劇場ステージ付き酒場ってとこかな」


「続けてください」


「まあ、その酒場には踊り子がいるわけだが……。支配人お気に入りの踊り子が、たびたび夜の街に出ては朝に帰って来るらしい」


「踊り子……女性ですか? なら珍しくもないのでは」


「ところがそういうわけにもいかんのさ。そのはスターだからな。男ができたなんてウワサが立つと客の機嫌が悪くなる。それが支配人のお気に召さないのさ」


「うん……? これって冒険者を雇う理由ないじゃないですか。酒場の用心棒とか、探偵でもできる仕事です」


「…………!(こくこく)」


「おいおい、状況が入り組んでるっていったろ? その踊り子が夜な夜な行ってる場所っていうのが問題だったんだ」


「?」


「踊り子が消えたのは、廃墟はいきょになった魔術師の邸宅ていたくだったんだ」


「魔法使いの家?」

「…………!(ぱっ)」


・・・


『なんか楽しそう!』

『うん。仕事だけど……ちょっと楽しみだね』


・・・


「廃墟ってことは、もう魔術師はいないんですか?」


「あぁ。ゼペットとかいう魔術師が住んでいたらしいが、昨年火刑にされた」


「火刑……おだやかじゃないですね。何か問題を起こしたんですか?」


「それがわからんのだ。裁判記録が見つからなかった」


「記録が消された?」


「かもな。もう面倒ごとの香りがしてきたろ? お前さんは楽しそうにしてるが」


「えぇ。面白そうです」

「…………!(こくこく)」


「説明を続けるぞ。支配人は3人のごろつきを雇って、魔術師の邸宅に送り込んだそうだ。しかし――ひとりも帰ってこなかった。それで依頼がうちに来た」


「魔術師の邸宅っていうことは、魔法のわなとか? あとは動く石像みたいな……」


「ごろつきが帰ってこないのは、そうした魔術師が残した〝遺産〟のせいかもしれんな。しかし、それだと説明がつかないこともある」


「なぜ踊り子の娘は邸宅に出入り出来るのか、ですね?」


「その通りだ。娘が中で何をしているのか。娘と魔術師との関係は? 邸宅の中には何があるのか? 現状、わかっていることは何も無い。イヤになってくるだろ?」


「なるほど……冒険者を雇うわけだ」


「ま、支配人もシロウトにしては賢明な判断を下した。そこはめてやれる。強引に事を進めて大惨事。そうなってもおかしくなかった」


「今回はモンスターの情報はなしですか?」


「あぁ。先入観を持つのはむしろ危険だ。だから何も教えん。愛のムチだと思え」


「えぇ~?」


「えーじゃない。こういうのはマジで危ないんだ。思い込みは目に見えてる罠も見逃させる。目に見えるものすべてを疑って動け」


「こういうのってベテランに回す仕事なんじゃ……」


「残念だが、ベテラン冒険者ってのは酔っぱらいと同じ意味だ。とても任せられん」


「はぁ……」


「何か聞きたいことはあるか?」


「確認ですけど、この依頼って、具体的には何をもって完了とするんですか? ここにある『踊り子の身辺調査』って概要だけだと目的がふんわりしすぎてます」


「具体的な言葉にすると、そうだな……『踊り子の娘が何の目的で魔術師の邸宅を訪問しているのか、その理由を解き明かす』ってところだな。ノートを更新しとくわ。依頼主にも確認させとけ」


「ありがとうございます」


・・・


『ねぇねぇジロー様!』

『うん? どうしたのマリア』

『魔法使いのお家ってことは、色んなものがあるよね?』

『まぁ、多分あるのかな。わかんないけど……』

『欲しいのあったら、持ち帰っちゃ……ダメかな?』

『あ、どうなんだろう。持ち主はもういないし、家も無人だし、いいのかな?』

『サイゾウさんに聞いてみようよ!』


・・・


「あの、サイゾウさん。邸宅から物を持ち帰っても大丈夫ですか?」


「ん、邸宅から物を持ち帰ってもいいか、かぁ……戦利品ってことだよな?」


「はい」


「あー……常識の範囲内で、なら可とする。呪いの品とかは置いてけよ」


「それはもちろん。マズそうなのは置いていきます」


「ま、お前らなら大丈夫か。例によって現場の地図、依頼人の場所、それと関係者の人相はそのノートに入れてある」


「どこから始めるべきでしょうか」


「俺なら酒場の支配人からだな。それと踊り子の同僚だ。支配人には言えないようなことも、お前ら相手ならしゃべるかもしれない」


「なるほど……じゃぁ仕事に行ってきます」


「分かっていると思うが、無理だと思ったら帰ってこいよ」


「はい!」


「いい返事だ。それじゃ、――いい狩りを」



◆◇◆



※作者コメント※

というわけで新シナリオ開始です!

コンゴトモヨロシク…!



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