塩と砂糖(1)


 ノートの地図を見ながら酒場に向かう。

 依頼人の酒場は歓楽街の中になく、目抜き通りに面した街の一角にあった。


 店の前に立った俺は、冒険者ギルドとの違いに驚いた。

 酒場の前はよく掃除そうじされて花壇も整えられてるし、外装も上品でおしゃれだ。

 さすが上流階級向け。ぜんぜん雰囲気ふんいきが違うな。


・・・


『さて、まずは聞き込みと行こうか』

『ジロー様、誰から話を聞いていくの?』

『まずは支配人かな。何が起きてるのか、くわしい事情を聞こう』

『うん!』


・・・


 店の入口では、ウェイターの格好をしたムキムキの男がドアマンをしている。

 中に入ろうとすると、男は体をらして俺たちの前に立ちふさがった。


<ぬんっ>


「えっと、中に入りたいんだけど……」


「ここはお前みたいなガキが来るとこじゃない」


「仕事の話で来たんだ」


奉公先ほうこうさきを探しているなら他に行け。ウチは紹介状がなければ受け付けん」


 ガードがかたいな……。

 上流階級向けの店なだけはある。

 

「なら、これでわかるかな?」


 俺はドアマンに向かって、ギルドの紋章が入ったノートと、冒険者ライセンスのプレートを見せた。男の無愛想な表情はまるで変わらなかったがドアは開いた。


「ありがとう。仕事の件で支配人と話したいんだけど、時間がとれるかな?」


「支配人様はお忙しい方だ。手短にな」


「わかりました」


 店に入った俺とマリアは、支配人のところまで案内される。

 支配人は俺たちの姿を見ると、片眉を上げて不満げに鼻をならした。


 俺たちの能力を疑っているんだろう。

 冒険者ギルドにナメられた。そう感じたとしても仕方ない。

 なんせ、来たのは子供が2人だもんな。


「支配人のペンナックでございます。冒険者の助手の方ですかな」


「いえ、僕たちがマスターです。」


「ギルドはこの私が出した依頼を軽んじたのですかな」


「いいえその逆です。」


「ほう?」


「知的で有能。かつ、素行に問題がなく依頼人を安心させる踊り子に手を出さない容姿と年齢の冒険者となると、必然的に限られた姿になる。そうは思いませんか」


 俺はノートに書かれたセリフをそのまま読み上げた。

 さすがサイゾウさんだ。

 こういう事があるとちゃんと想定して、その用意までしていた。


「……気を悪くしないでいただきたい。少し試しただけだ」


「いえ、もっともなご心配かと」


「依頼の話を始めるとしよう。小さき冒険者よ、何が聞きたいのだ」


「あなたの酒場の踊り子が、魔術師の邸宅に夜な夜な出かけているとか。確認ですが、『彼女が邸宅に出かける理由を明らかにする』、これが依頼の達成条件でよろしいですね?」


「それで構わん。私のルネがなぜあの邸宅に向かうのか、明らかにしてくれ」


 うん、これでやるべきことがはっきりした。

 踊り子のルネがなぜ魔術師の邸宅に向かうのか。

 これを解明するのが今回の依頼だ。


「しかし……君の働き次第で個人的にボーナスを出すのもやぶさかではない」


「個人的なボーナス?」


「そうだ。冒険者ギルドを通さない『個人的』なものだ。興味は?」


「……聞きましょう」


 冒険者ギルドの依頼金は、その半分がギルドに持っていかれる。

 ペンナックはギルドを通さず直接払うから、もっと働いてくれと言っているのだ。

 なかなかの商売人だね。


「ルネと会っている者がいたら、その者の情報をすべて渡せ。居場所、仕事、友人、家族……わかったことすべてだ」


「踊り子と会っている者が存在しているのか、それはまだ分かりませんよ」


「お前に何がわかる! 彼女を見て心を揺さぶられないものがいる者か!」


「…………」


「ああ、私のかわいいルネ……彼女に手を触れ、けがすケダモノがいたのなら私は生きていけない。ケダモノはおりに入れしつけなければ!」


・・・


『うーん……』

『ペンナックさん、きっとルネさんと会ってる人を見つけたらひどいことする』

『うん、わかってるよマリア』

『ジロー様、どうするの?』

『ルネさんと彼女が会ってる人にどんな関係があるのか知らないけど……。お金とかおどされてるじゃなくて、お互いに心を通じ合わせてるなら――』

『なら?』

『ペンナックにその人の情報は渡さない。ボーナスはあきらめる』

『うん……ありがとうジロー様。』


・・・


「ルネにもばつを与えねばなりますまい。この私の手をすり抜けていくなど許されん……おっと、これには他人様ひとさまの手を借りることはない。」


「君たちは調べて分かった事を私のもとに持ってくるだけでいい。君らがやるべきことはそれが全て。それで終わり。いいな?」


「はい。それで依頼のためにいくつか聞きたいことがあります」


「続けたまえ。」


「ルネさんに親しい友人はいますか? 同僚、家族……心あたりは?」


「ルネに家族はおらず、天涯孤独てんがいこどくの身のようだ。去年、彼女はふらりと酒場にやってきてステージに上って踊った。その姿に心を――いや、たましいを貫かれた私は、その場で彼女を雇い、ここの踊り子にしたのだ」


「この酒場……ずいぶん警備が厳しいようですが、それなのに勝手に酒場に入り込んで、そのうえステージで踊ったと?」


「不思議に思えるだろう。だがそれだけの『華』が彼女にはあった」


「なるほど……ルネさんと親しい同僚どうりょうは?」


「彼女は同僚の踊り子たちとはあまり親しくない。踊り子は人気商売。したがってスターとは孤高の存在なのだ……しかしそれでも美しく立ち上がる姿に人々は心を動かされる」


「勝手に現れて人気をさらっていったなら、敵は多そうですね」


「そうだろう。しかしルネはかしましい猫たちの騒ぎなど気にしない」


「……ごろつきを魔術師の邸宅に送り込んだそうですが、その後なにか変わったことはありますか?」


「ない。完全に音沙汰おとさたなしだ」


「火刑にされた魔術師、たしかゼペックでしたか。彼とペンナックさんの間に何か関係はありますか? たとえば、魔術師がこの店の客だったとか……」


「いや接点はまったくない。しかし、この店を訪れる客と何か取引をしていたとか、そういう事はあるかもしれん」


 ペンナックさんと魔術師の間に関係はなし、か。

 となると、魔術師とルネの関係を調べるのがよいだろうか?


「ありがとうございます。同僚の踊り子たちにも話をききたいのですが」


「…………まぁ、良いだろう。この部屋を出て階段を降りた先が楽屋だ」


「どうも」


・・・


『次に踊り子たちに話を聞いて裏を取っていこう』

『うらって?』

『これは勘だけど、支配人は僕たちに何か隠しているかもしれない』

『うん。ルネさんもペンナックさんもなんかヘン』

『――うん。もっとくわしく調べないと……行こう』


・・・



◆◇◆


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