塩と砂糖(2)


『この部屋……香水と白粉おしろいの匂いがすごいな』

『砂糖とお花がいっしょになって空を飛んでるみたい』

『ね、いえてる』


 踊り子たちの楽屋に入った俺は、暴力的な香水の香りに襲われた。

 香水には詳しくないけど、バラ、ジャスミン、あとはラベンダーだろうか?

 本来ならいい香りなんだろうけど、香りがキツすぎてガスマスクが欲しくなる。


 せまい楽屋の奥には、光を通さない厚いカーテンで区切られた寝床が見えた。

 踊り子たちはここで寝泊まりしているんだろうか。


「し、こんなとこに入っちゃダメよ。どこのお店の丁稚でっちさん?」


 楽屋の入口にいると、色っぽい小さな猫なで声でとがめられた。


 声の主は、この部屋で暮らしている踊り子のようだ。


 長い黒髪くろかみの踊り子は下着のような姿でその魅力的な肉体を露わにしていた。

 いかん、これはあまりにも刺激的すぎる。とても正視して話せない。


 挙動不審気味に視線をそらすと、踊り子さんはからかうように笑った。


「あらあら、かわいいんだから」


「…………!(ふんす!)」


「あら、ごめんなさい。彼女を怒らせちゃったかな」


「す、すみません。僕たちはルネさんのことでペンナックさんの依頼を受けた冒険者です。……その格好、もうちょっと何とかなりませんか」


「ちょっとまってね…………はい、もう大丈夫」


 踊り子はガウンを羽織はおると、あらためて俺たちに自己紹介をした。


「イゾルデよ。よろしくね」


「ジローです。こっちはマリア」

「…………!(ぺこり)」


「あら、そっちの子は声が出ないの?」


「あっ、はい」


「まちがってたらごめんね、もしかして……奴隷?」


「えぇ。色々あって今は冒険者してるんです」


「そっかぁ……ま、こっちも似たようなモンだけどね」


「ルネさんについて、踊り子の皆さんから話を聞きたかったんですが……この様子をみると、ちょっと難しそうですね」


 ちらっと楽屋の奥を見ると、厚いカーテンの向こうで影が動いていた。

 踊り子たちはまだ夢の中にいるようだ。


「朝に来るべきじゃなかったわね。ほとんどが昼まで寝てるわよ」


「踊り子のみなさんはここで寝泊まりしてるんですか?」


「まーそうだけど、ルネだけはちがうわ。ペンナックに部屋をもらってるから」


「やっぱりスターだと、他の人と扱いが違うんですか?」


「そうね。ルネはペンナックの『お気に入り』だから……ね。あいつは――」


 イゾルデは一瞬、口から出かかった言葉を飲み込んだ。

 そして指を唇に当て、「しっ」という身振りを俺に見せた。


 そして、彼女の視線はカーテンの方へ向く。

 ここではあまり下手なことは言えない。ということだろう。


 そういえばペンナックも踊り子たちのことを「かしましい猫」なんて言ってた。


 考えてみれば踊り子の世界なんて、バリバリの女社会だもんな……。

 少しでも落ち度を見せると悪い噂を流されて、つま弾きにされるのだろう。

 

 参ったな……せっかく話を聞けそうだったのに。

 声を使わず会話なんて……。

 ――あ、できるわ。できまくるじゃん。


「イゾルデさん、すこし待ってください」


「?」


(クリエイト・アーマー!)


 俺は創造魔法を使って「クアンタム・ハーモナイザー」をつくり出す。

 これを使えば、マリアと同じように心の中で会話できる。

 俺とイゾルデさんの会話の内容が、外にれてしまうことは絶対にない。


「これを耳につけてみてください」


「何……? イヤリングにしては大きいけど」


『イゾルダさん、これなら話せますよね』


『お話、しよ?』


「――?!」


『しっ、気取られないように。これはお互いの心を読み合う道具です。これを使えば会話が外にもれることはありません』


『へぇ……あなたたち、実はどこかのスパイとか?』


『ただの冒険者ですよ』

『うん。』


『そういうことにしましょうか。っと、さっきの話の続きだけど……ペンナックは、お気に入りの踊り子で遊ぶのよ。それはヒドイやり方でね』


『そんなことだろうと思いました』


『たくさんの子があいつに消されたわ。あいつは首を絞めたりナイフを使って血を流しながらのがお好みなの。壊された子はどこかに捨てられる』


『ひどい……』

『本物のゲスじゃないですか。どうしてそんなヤツが野放しに?』


『この街の治安を守る銃士隊のお偉いさん。彼らもペンナックの客だからよ。ヤツは踊り子を客にあてがってるの。だから絶対に捕まらない』


『あー……そういうカラクリですか』

『ペンナック悪い人』


『上手いこと世渡りして身請みうけでもされないかぎり、オシマイね。』


『それで……ルネさんも?』


『彼女は特別扱いよ。客をあてがわれることなく、部屋も与えられたんだけど……。ルネは部屋をもらってから、毎晩どこかへ行ってペンナックから逃れてる』


『それが魔術師の邸宅ですね』


『そういうこと。彼女には不思議な力があるの』


『スキルや魔法みたいな?』


『かもね。いくらペンナックのお気に入りでも、部屋を勝手に出ていくことはムリ。店には見張りだっている。でも彼女はいつの間にか部屋から消えている』


『興味深いですね。なにか心当たりは?』


『さっぱりね。そもそもの話、自由に出入りできるなら、何で彼女はこの酒場からでていかないのかしら。何か別の目的でもあるみたい』


『さいしょに来たときも、すーってはいったんだよね? 不思議』


 ……言われてみれば、たしかにそうか。

 まるで最初からこの酒場に何か目的があったように思える。


『イゾルデさん。ルネさんが魔術師の家で何をしてるのかわかりませんか?』


『さぁ? 一度は聞いてみたけど彼女が答えるわけもなし。それを調べるのが君たちの仕事でしょ?』


『まぁ、そう――あれ? イゾルデさんってルネさんの友達なんですか?』


『あっちがどう思ってるか知らないけどね。ルネのやつ、この酒場に来た最初の時は他の連中にいじめられてたから……放っておけなくて、ね』


『そうだったんですか……』


『ま、アイツは生半可なイジメなんか効かない子だったけど。以前、ダンスシューズにくぎが入れられてたことがあったの』


『ひどいことするなぁ……』


『でもね、傑作なのが釘が入ったまま彼女踊りきったのよ。その後、靴を見てみたら、全部の釘が丸く曲げられてたわ』


『やるならやってみろって感じですね……それか足のうらが鉄でできてるか』


『ルネってそういう子なのよ。ま、スターになるだけはあるってこと』


『なるほど……あ、最後に聞きたいんですが、ゼペットっていう名前の魔術師に心当たりはないですか? この店に出入りしていたことは?』


『彼女が出かけてる邸宅の主だった人よね。残念だけど無いわね。ただ……』


「なんです?」


『ペンナックが店で魔術師たちと話をしているのは見た記憶があるわ。最近もよく来ているみたい。赤いローブのうす気味悪い奴らよ』


 赤いローブの魔術師か。今回の件に関係あるのかな?

 ごろつきがダメだったから、魔術師に協力を求めてるのかも知れないな。


『知りたいことは大体わかりました。ありがとうございます』


『どういたしまして。――それで、君たちはルネのことをどうするつもり?』


『……正直言うと、ペンナックが求めるものを与えるつもりはないです。今回の仕事はルネさんが魔術師の邸宅で何をしているのかを調べることですが……』


『ペンナックはルネさんを捕まえたい、だよね?』


『……きっと彼は、彼女が会っている相手はもちろんだけど、酒場から姿をくらます秘密もほっしているんだろうね。ペンナックみたいな危険なヤツにそんなもの渡したくないな』


『それについては同感ね。』


『だから……今回はルネさんに協力するつもりです。彼女が逃げられる方法、それとペンナックを告発する方法を考えます』


『あら、冒険者なのに依頼人を裏切るつもり?』


『いえ、善良な市民の義務を果たすだけです。もっとも、ルネさんの方が僕を信じて協力してくれるか、それが分かりませんが……』


『大丈夫じゃないかしら』


『そうですかね?』


『きらいな男の砂糖より、好きな男の塩のほうが甘いものよ』


『ペンナックがモテなくて助かりました』


「フフッ、言うじゃない」




◆◇◆




※作者コメント※

慣れない探索シナリオ書いたせいで知恵熱ボボボボ

次回、幕間をはさんで魔術師の邸宅へ…

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