最初の夜と朝


「ふぅ~満腹だぁ!」


「…………!(ほくほく)」


「あ~もう、顔にソースがついちゃってる」


「…………!(ふんす!)」


「本当に美味しいですね、これは……ティラシズースィー、でしたか?」


「ちらし寿司、です。僕の故郷の料理です」


「おぉ、これは失礼……。ちらしず、し、ちらしず、し……」


 俺たちは、あれからお弁当箱型スロットマシンで夕飯を楽しんだ。

 三等娯楽食なんて名前がついてるが、何が三等だ! お前は一等賞だ!


 この弁当箱、スロットをうまく押せば、いろんな料理が楽しめる。

 ピザパン、牛丼、まぐろ丼、ちらし寿司、ドーナツ、etc…


 主食ばかりでスイーツが多くないが、それでも十分すぎる。

 異世界で文明の味を堪能できるなんて…最高や!


 ちなみに、マリアは煮込みハンバーグがお好みらしい。

 俺はさっきからずーっと、それの目押しを要求されていた。


『このお肉やわらかくておいしい! ソースもおいしいよ!』


『それはハンバーグっていう料理だね。気に入った?』


『うん!! ずーっと一生これだけでいいくらい!!』


『それはちょっと体に悪いんじゃないかなぁ……たまには野菜も』


「マリア、肉ばっかり食べるとエーテルが崩れて病気になりますよ。強くなりたいなら、ちゃんと野菜も取らないといけません」


『ほら、ランスロットさんも言ってる』


『う~!』


「おや? フフ、ジロー殿はすっかりマリアと打ち解けたようですね。まるで心が通じ合っているようだ」


「あ、はは……」

「…………!」


 な、なんかすみません。

 本当に通じ合ってるんです……。


 夕飯を終えたが、ひとつ困ったことがある。

 スキル上げのために出してしまった、大量のディストピア飯だ。


 ゲームとかだとこういう大量生産、割とよくあるが……。

 現実でやると後処理にマジで困る。


「この大量のトレー、どうしようかな……」


「食べてあげるしか無いでしょう。食べ物を捨てるのは忍びありません」


「ですよね。そうしますか」


 トレーの食事にはプラスチックフィルムが貼られているので、多分簡単に腐ることはない。しかしこんだけ大量にあると、消費するのも時間がかかる。


 30個だから、単純計算で10日分。俺たち3人で割れば3日分。

 ……たぶん、消費期限は大丈夫かな。


 ゴハンの問題が落ち着くと、色々と別のことが気になってくる。

 そういえば、お風呂とかどうしよ。


「ランスロットさん、街にお風呂とかってあるんですか?」


「ええ、ありますよ。目抜き通りのほうに公衆浴場があります。ですが、店と場所によってはあまり治安が良くないので、注意されたほうがいい」


「なるほど……サイゾウさんにも聞いてみます」


「それがいいでしょうね。最近の街の事情は彼のほうが詳しいはずです」


「マリアも今度行ってみようか、お風呂。きっと気持ちいいよ」


「…………(こくこく)」


 マリアの髪はぼさぼさで、顔もきちゃない事になってるからなぁ。

 なるだけ早いうちにキレイにしてあげたい。


 そうこうしているうちに、マリアはあくびを始め、こっくりと船をこぎだした。

 俺もなんだか眠気を感じ始めてる。そろそろ寝たいな……。


「あのランスロットさん、そろそろ眠いんですけど……寝具ってお借りできます?」


「もちろんです。マリア、ジロー殿に寝具の場所を教えて差し上げて」


「…………!(こくり)」


 マリアは俺の袖を引っ張り、寝具の場所を教えてくれた。

 あばら家の収納には、ワラの詰まった枕や綿入れがたくさん入ってる。


 意外といっちゃ失礼だけど……。

 ランスロットさんの家って、けっこうお客さんが来る家なんだろうか。


 俺は寝具を引っ張り出し、床に敷いたところでハッとなった。


 ――あ、この世界、シラミとかダニとかどうされてますの?

 あかん、気になると体がかゆくなってきた!!


「ランスロットさん……シラミとかってやっぱり……」


「あぁ、それについてはウチは大丈夫ですよ。マリアがいますから」


「へ?」


「彼女の聖騎士のスキル、〝加護〟で結界を展開すれば、シラミやダニは中にはいってこれません。なので、我が家はネズミとシラミとは無縁なんです」


「なにそれすごい」


「…………!(えへん!)」


 胸を反らしたマリアがその場でクルッと回ってスキルを使う。

 するとなんだか、涼しい空気が俺の回りを通り過ぎていった感覚がした。


「わぁ……でも聖騎士のスキルって、たぶん神の奇跡的なやつだよね。奇跡を蚊帳かやに使うのって神様的にはどうなんだろう。」


「…………!(チッチッチ)」


 細かいことは気にするな。ということらしい。

 この世界の住人、適応力と言うか、生命力というか、妙なしぶとさがあるなぁ。


「お休みマリア」


「…………!(こくこく)」


 缶のランプに息を吹きかけて火を消す。

 赤くなった芯から立ち上る白い煙は何とも言えない匂いがした。


 お日様の匂いのするワラの枕を頭の下に敷いて、俺は床に横になる。


 こんなベットでもないところ、普通ならとても寝れないだろう。

 うっすい布だけじゃ、ヒジとか尻の骨が床に当たってめっちゃ痛いし。


 でも、今の俺はエーテルを使い果たしたせいで死ぬほど疲れてる。

 マリアの小さな寝息が聞こえてきたころ、自然と目が閉じた。



◆◇◆



 ――翌日。

 体が金縛りになって目がさめた。

 うごけぬ。


 理由は明白だ。

 マリアがセミみたいにして俺の足にくっついてるからだ。


「うーん……どいて」


 スヤスヤと寝ているところを起こすのは気の毒だ。

 けどこっちも背中がバキバキなのだ。起きて伸びがしたい。


 俺を抱き枕にしてる彼女を押しのけようとして手を伸ばす。

 すると、マリアは俺の手をくるりと避けた。

 ええい、猫か!! くっついたり逃げたり!!


「マリア、おきてー朝! あーさー!」


「…………!(ハッ!)」


 目を覚ましたマリアは何をおもったのか、ゴロゴロと転がって壁に激突。

 そこで悶絶してした。


「いやはや、朝から元気ですね……」


「すみませんランスロットさん、起こしちゃいましたか」


「いえ、老人は朝が早いものなのでお気になさらず」


「…………~!」


 相当痛かったのだろう。マリアはたんこぶを抑えて涙目になっている。派手にぶつけたとこを撫でてやってると、ランスロットさんが申し訳なさそうに言った。


「申し訳ない。マリア、水を一杯いただけますか?」


「…………(こくり)」


「俺も行くよ。一人じゃ行って帰って大変だろ?」


「ではジロー殿も、よろしくお願いできますか?」


「はい」


 俺はあばら家にあったおけとツボを借りて井戸に向かうことにした。2つとも持っていこうとしたが、なぜかマリアが俺の桶をうばって、頭の上に乗せた。


 家の外に出ると朝の空気が気持ちいい。

 さすがに朝は工場の操業を止めているのか、空の色も垣間見える。


 悪臭漂うスラムゆえに、空気がんでいるとは言いがたい。

 それでも少し良い気分にはなった。――変なのに会うまでは。


「気に食わンな。」


「は?」


 井戸に向かう途中、殺気立った男に行く手をさえぎられた。

 鎖帷子チェインメイルを着て、上半身は肩甲だけの軽装鎧ライトアーマー

 街の人間はほとんどよろいなんか着ない。冒険者だろうか。


<ペッ、>


「お兄さん、街はタンツボじゃないぞ」


「はきめにはちがいないだろ。……アインだ。」


「ジロー。いちおう冒険者。」


 アインと名乗った男は俺とマリアをにらみつける。

 カツアゲかとおもったけど、それ以上のことはしてこない。

 何がしたいんだコイツ?


「気に食わないなら先に行くよ。アンタの仕事のジャマだろうし」


「そりゃお前じゃない。そっちのガキだ」


「……?」


ほこり高き帝国人が死にかけのジジイの世話。それを気に食わんと言ってるンだ。――持たざるものが決して持ちえない〝スキル〟を持ちながらも、な。」


 そう言ってアインは、頭に桶を乗せたマリアを指さした。

 マリアが、帝国人……?



◆◇◆




※作者コメント※

本作では依頼ごとにヒロインを増やしていく予定です。

ちょっと遅いかなーとおもいつつ、キャラエピソードには時間をかけたいのだ…

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