火のないところに煙は立たぬ

 オカルトマニアの女性は異様な見た目をしているが、おもったよりもずっと話しやすい人だった。そこで俺は、ふと思った疑問を投げつけてみることにした。


「ところで、なんで皆さんは殺人事件があった湖畔に遊びに来たんです? 危ないとかって思わなかったんですか?」



 湖畔にたどりついた当初は、一見するとまるで客がいないように見えた。

 だが、リリーが屋台を開くと意外とお客さんが集まっている。

 屋台の残骸の周りには、串焼きを楽しむ十数人の客の姿があった。


 普通、殺人事件があったような場所にわざわざ遊びに来るだろうか?

 それがどうにも俺には飲み込めなかったのだ。


「フッ、わかってないわね」


「え?」


「この世界では死はいたるところに潜んでいる。殺人鬼ふぜいがなんだというの?」


「そうだぜ! 正体不明の殺人鬼くらいでパーティを止めてたまるかよ!」


「えぇ……?」


「俺たち学生の仕事は何だ? もちろん遊ぶことだ」


「いや、勉強ですよ」


「まぁ聞け。シルニア大学の創設者、学問の父たるザーフク・キーチはこう言い残した。『よく学び、よく遊べ』とな。シルニアの文法表現においてはより強調したいものが後者に置かれる。つまり、よく遊べということだ!!」


「結論ありきの、こじつけじゃないですか!!」


 ただのパリピかとおもったら、覚悟ガンギマリすぎる。

 なにが彼らをここまでさせるんだ……。


「へっ、殺人鬼くらい平和なもんだ。この湖の外の世界じゃ、盗賊や酔っぱらいがその日の酒のために銃をぶっ放しているんだぜ?」


「王都の繁華街にくらべれば、ここで水遊びするほうがずっと安全よ。たとえ殺人鬼やモンスターがいたとしてもね。この間、魔国のスパイが倉庫を爆破したし……」


「その前の日は、奴隷が反乱を起こして、街中で大火事をおこしたな」


「あと、町外れの廃屋で火事の焼け跡から銃士隊の死体が1ダース見つかったってのもあったわよ。ギャングの抗争か何かだったらしいけど」


「王都に比べればこのあたりは平和なもんだ。そうじゃないか?」


「アー、ソーデスネー……」


「…………(ぴゅーぴゅー♪)」


 俺は気のない返事を返し、マリアはそっぽを向いて口笛を吹く。

 すみません。

 王都の治安悪化の原因、ほとんど俺たちの仕業です。


「それで、あんたらはどうするんだ?」


「えっ?」


「なんで驚いてるんだ。騎士様と殺人鬼を退治しに来たんだろ? 森の奥の秘密研究所に行くのか、それともココで殺人鬼が来るのを待ち伏せするのか?」


 そういう金髪男のサングラスの奥には、興味の光が宿っている。クッ、この学生たち……俺たちのことを夏の思い出の一コマとしてネタにする気だな。


「今のところ何も。それにそもそもの話、僕らは助手ですから」


「殺人鬼と対決することになったら教えてくれよ。ビールを持って見物するから」


「ならロープと杭の用意もですね。リングを作ってチケットも売ったらいい」


 俺は手に入った情報をリリーに持ち帰ることにした。


 といっても、大した内容は手に入らなかった。

 手に入った情報は、情報といって良いのかも怪しいオカルトマニアの話だけだ。


 

 うさんくさい都市伝説が解決の糸口になるとは思えないが……。

 まぁ、何も伝えないのもそれはそれで問題か。


「リリーさん。情報を集めてきました」


「うむ。こちらも話を色々と聞けたぞ。まずそちらから頼む」


「えっとですね……湖に遊びに来た学生たちの話によると、湖を囲む森の中にシルニアの秘密研究所があると。そこではモンスターの研究が行われており、事故でモンスターが脱走したと……もちろんただのウワサですが」


「突拍子のない噂だとしても、火のないところに煙は立たぬ。何も根拠がなければ噂も立たないはずだ。それを裏付ける何かの事実があるはず。だろう、少年?」


「――ッ!」


 俺は彼女の返事にちょっと驚いてしまった。

 リリーの行動は明らかにトチ狂ってる。

 だが、彼女はきちんと論理的な思考ができるようだ。


 これが出来るのに、なんで屋台なんか作ったんだ……謎だ。


「貴女の言うとおりです。この付近には演習場といったような軍施設が何も無いのに、シルニアの軍隊の移動がたびたび目撃されています。現にココに来るまでの間、僕たちも軍の車列とすれ違いましたが、この湖畔に車両が来た形跡はなかった」


 戦車ほどの重量物が動き回れば、絶対に地面に痕跡が残る。

 だが、湖畔に続く砂利道にのこるわだちは途中でその姿を消した。

 となると――


「あの車列はいったいどこに姿を消したのか……ということだな。地図に書かれていない軍事施設があるのは間違いないだろう。ふむ、そこが怪しいな」


「まさか……森の中へいくつもりですか?」


「そのまさかだ。今のところ、すべての手がかりが森の中を示している」


「というと?」


「ここに住んでいる漁師から話を聞いた。2週間ほど前、ボートで夜釣りをしていたときのことだ。彼は森の中で何かが爆発するような音を聞いた。だが、その日の夜に雨の気配はなく、とても雷が落ちるようには思えなかったそうだ」


「その人は森の中の秘密研究所のウワサを知ってたんですか?」


「いや、そんな話は出なかったな。偶然にしては出来すぎていると思えないか?」


「たしかに……」


「少年、森の中を調べるぞ。我々が求める手がかりはきっとそこにある!!」


「あ、ちょっと待ってくださいよ! リリーさん!」


 俺が止めるのも構わず、リリーは森に向かってしまった。

 もう……何があっても知らないぞ!



◆◇◆



※作者コメント※

ということで、次回よりバイオハザード展開です。

かゆうま、ご期待ください。

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