森の中を探して

「森の中を探すったって……」


「車列が残したわだちを追えば良い。戦象はその重さから砂利道に大きな足跡を残していたからな。森の中ともなれば、追うのにそう苦労しないはずだ」


「それもそうか……なら、今すぐ行きましょう。早くしないと日没がくる。暗くなってから森の中を探し回るのは自殺行為です」


「うむ。手早く済ませるぞ」


 俺たちは湖畔の道を引き返して痕跡を探す。

 すると、車列が残したわだちはすぐみつかった。


 戦車のキャタピラが残した溝は、見失うほうが難しい。

 溝は砂利道をそれ、森の中にカーブして入っていた。


 森の中は舗装されてないため、残ったわだちは砂利道のそれより深い。

 追いかけるのは難しくないだろう。


 俺たちはそのキャタピラの跡を追って森に足を踏み入れた。

 砂利道を外れて森に入った俺は、木々にも「野生」があるのだと知った。


 全く手つかずの木々の樹勢は旺盛で、森の方々ほうぼうに枝を手足のように伸ばし、俺の頭の上で重ね合わせり三重の屋根を作っていた。


 その屋根の下では、つなぎ合わされた木々の指の間からこぼれ落ちる日差しを求めるかのように、イバラとツタが天井を目指して空を駆け上っている。


 森の中は命で混沌としていた。

 梢と落ち葉が作る影は、植物と動物の区別すらあやふやにしてしまう。

 

 足元は葉っぱが覆いかぶさり、腐葉土でベッドのようになっている。俺とマリアが寝床を蹴散らすと、正体も定かでない地虫がひょいっと逃げ出していく。


 都会っ子には中々厳しい環境だ。

 もしここで野宿することになっても、俺は断固拒否するぞ。


「リリーさん、こんなところに本当に研究所なんかがあると思います?」


「それはわからん。だが事実、軍隊が何も無い森の中に入ることはないだろう」


「ただモンスター退治に行ってるだけかもしれませんよ。森の中ならモンスターの一体や二体……」


「しっ、静かに!」


「――急になんです……? げっ、これはッ?!」


「……どうやら一足遅かったようだな」


 森の中を進む俺たちの前に、横転したトラックが現れた。荷台のホロはビリビリに引き裂かれ、積まれていた木箱が地面にばらまかれている。


 ぱっと見ただけだが、周囲に人の姿はない。

 ここでいったい何があったんだ?


「ふむ。少年、トラックを調べてみよう」


「は、はいっ!」


 リリーに言われて俺はトラックに駆け寄った。

 ひっくり返ったトラックは、元の世界でもよく見る普通の大型トラックだ。


『ジロー様、どこから調べよう?』


『そうだね……まずトラックの周りを歩き回って、事故(?)の状況を大ざっぱに確認してみようか』


『うん!』


 こういう調査のときはレコンヘルメットが役立つ。

 マリアは純白の、俺は紅白カラーのバケツをとりだし、頭にかぶった。


『さて……横転したトラックは僕に対して荷台を向けている。つまり、行きのときにこの事故が起きたわけだ』


『わだちも一本しかない。きっとそうだね』


 荷台の周囲には、そこからこぼれた木箱が散らばっている。

 いくつかの木箱はフタがわりの天板が外れているが……中身は空だ。


 一応、フタが閉じたままの別の木箱を確かめてみた。

 だが、その木箱にも何も入っていなかった。


『トラックの荷台には空っぽの木箱か』


『ジロー様、こっちも入ってないよ』


『奇妙だな。森の空気を持ち帰ろうとしたわけではなさそうだ』


『もしかすると、何かを持って帰ろうとしたんじゃない、かな?』


『……秘密の研究所の研究成果、とかね』


 車列の目的がモンスター退治なら、弾薬や食料を積むはずだ。秘密の研究所に残された研究成果を持ち帰ろうとしていたなら、荷台が空っぽなのも合点がいく。


『前にまわってみよう。運転手がどうなったかが気になる』


『うん!』


 次に俺は、荷台のトラックの前にまわってみる。すると、運転席のフロントガラスにはクモの巣状のヒビが入っていた。


『なにか硬いものがぶつかったみたい?』


『運転士はこれに驚いてハンドルを切った。そうしてトラックが横転した、か』


『不意打ち、待ち伏せ……かな?』


『だろうね。生存者がいないか、ヘルメットで周囲をスキャンしてみよう』


 俺はヘルメットのUIを操作して、周囲の生命反応を調べてみる。

 だが、このあたりにいるのは俺とマリア、そしてリリーと虫たちだけのようだ。


 いや……虫たちが集まっている場所があるな。

 イヤな予感がする。


『ジロー様……あれ』


『うん……』


 マリアもその異常に気づいたようだ。

 虫が集まっているということは、そこに新鮮なエサがあるのだろう。


『リリーさんを呼ぼう』


 俺は周囲を探索していたリリーさんを呼んだ。

 彼女はあたりの地面に指を押し付け、何かを調べていた。


「リリーさん、いくつかわかったことをお伝えしたいんですが、いいですか?」


「うむ。聞こう」


「まずトラックの積荷の木箱ですが、中身は空っぽでした。モンスターを倒しにいっているならこれは奇妙です」


「何も持たずに狩りに出る阿呆はいない。目的は別か」


「はい。何かを持ち帰ろうとしていたのではないかと。それと、このトラックの運転士を見つけたかも知れません」


「何、どこだ?」


「森の先に虫が集まっている場所があります。おそらくそこで……」


「なるほどな。これでも戦を生業にしている身だ。ハラワタがこぼれたような陰惨な死体は見慣れている。私が見てみよう」


「……すみません、お願いします」


「うむ。行ってくる」



 しばらくしてからリリーが戻ってきた。

 被っているバケツヘルメットのせいで彼女の顔色はわからない。

 だが、その様子はどこかげんなりしているようにも見えた。


「少年、見なくて正解だったな。あれほどひどい死に様は戦でもそう見ないぞ」


「いったいどんな……」


投石機カタパルトから飛んできた石塊が直撃した馬を見たことがあるか?」


「すみませんでした。もういいです」


「軍服の切れ端でしか確認できなかったが、シルニアの兵士に間違いないだろう。たいした手がかりはなかったが、死体がこれを持っていた」


「……カギ?」


 そういって彼女はリングに通された銀色の小さなカギを俺に見せた。

 ちゃっちい造りからして、南京錠や小箱に使うものに見える。


「うむ。カギがあるならカギ穴があるはずだ。トラックをもう一度調べてみるか」


「そういえば、トラックの運転席はまだ調べてませんでしたね……みてみます」


 だが、横転したトラックにもどった俺は途方にくれた。

 トラックが横転しているせいで、運転席に入るドアはとても高い位置にある。

 とてもじゃないが、中に入れそうにない。


『しかたない……フロントガラスを割ろう』


『うん、まかせて!』


『ちょ、ストップ!』


『え~?』


『えー、じゃありません! ケガするでしょ!』


 俺は、鞘に入った銀剣を振りかぶる彼女を慌てて止めた。

 フロントガラスをこのまま砕くとケガをするかも知れないからだ。


 いくら布鎧アクトンやガントレットに身を包んでても、破片が手首や首の間に入ったりしたら大惨事になる。ここは安全第一でいこう。


 俺はトラックのホロをちぎって、その布でフロントガラスを覆う。

 こうすれば破片があちこちに飛び散らないですむはずだ。


『これでよし、と。』


『ジロー様、いくよっ!』


 布の上からマリアがガラスをたたく。

 すると「ガッシャン」と、氷が砕けるような派手な音がして、布がへこむ。

 どうやらうまく行ったようだ。


 あたりには細かい破片が転がったままなので、ホロの布を敷いて中を探る。

 すると俺は、座席のすき間に金属の箱がはまっているのを見つけた。


『箱だ、鍵穴もあるぞ!』


『ジロー様、カギは合う?』


『ちょっと待ってね……うん、開いたぞ』


 金属の箱を開けると、中から書類の束が出てきた。

 真っ白い紙はつい先日印刷されたばかりのようにピシッとしている。


『ジロー様、なんて書いてあるの?』


『どうやら、トラックの運転士にあてられた指示書みたいだ。X月X日に基地で装備を受取り、目的地に向かうこと。到着次第、指定された物品を回収し、基地に帰還せよ。何をするのか具体的な内容までは無い、か』


『ジロー様、それ、裏に何か書いてるよ?』


『え?』


 ひっくり返してみると、マリアが言った通り何かが書かれている。


『……落書きみたいだな』


 紙の裏には、誰かの似顔絵や、銃を持った棒人間なんかが描かれていた。

 書類の持ち主は真面目に仕事に取り組むタイプではなかったようだ。


『ん、落書きの間にメモが書かれてるな……』


 絵の間にメモがある。その内容は断片的で、とりとめがない。

 だが、出てくる単語がどれも物騒で、それがとにかく不気味だった。

 書かれていた内容はこんな感じだ。


・・・

 モンスターようしょく失敗。 倍。

 なんでも持って帰る。こわす


 けんきゅう所 安全不明。たぶん安全ってなんだ?

 戦車も来る。ほんと?


 前回失敗


 みんなサメになった。

・・・


『サメになった……?』



◆◇◆



※作者コメント※

お前もサメだ!!!

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