蛮勇と勇気

 ドラックの中で奇妙な見つけた奇妙なメモを俺はリリーに見せることにした。

 役に立つとも思えないが、一応情報共有しておかないと。


「リリーさん、こんなものを見つけました」


「でかしたぞ少年。見せてみろ」


 リリーは俺の手から書類をとりあげると、一つ一つに目を通していく。

 バケツヘルメットの全面にあるスリットはとても細く、黒い線にしか見えない。

 いらぬ心配かもしれないが、あれでちゃんと読めるんだろうか。


「……どうやら移送命令書のようだな。だがこの裏面のメモにある内容がわからん。この『サメになった』とは何だ? 何かの隠喩か、それとも暗号か……」


「まるで意味がわかりませんね。」


「…………(こくり)」


 手がかりになるようでなりそうにない。

 せっかく見つけたのに、意味がわからないなんてもどかしいな。


「先に行くしかないか。幸いにして他のクルマのわだちが残っている。追うぞ」


「はい!」


 俺たち3人は地面に残されたわだちを追って進むことにした。

 いまある手がかりのうち、もっとも確かなものはこのわだちしかない。

 どうか、途中で途切れたりしないでくれよ……。


 俺はトラックと戦車が掘り返した地面を歩き続けた。

 暗い森の中に、俺たちが落ち葉を踏みしめるカサカサという音が広がる。


 ――静かだ。


 トラックや戦車のエンジン音はもとより、虫や鳥の声も聞こえてこない。

 奇妙だ。この森の中には、俺たちの他に誰もいない。まるでそんなような……。


「静かだな」


「え? あ、そうですね……」


 前を行くリリーさんから話しかけられて、俺はすこし戸惑ってしまった。

 というのも、彼女のまとっている空気が前とちがう気がしたのだ。


 自転車を壁にぶつけた時や、屋台をやっていたときとは明らかにちがう。

 抜き身の刃物のように真剣な声色だった。


 それもそうか。

 なんだかんだ言っても彼女は騎士。エリート戦士なのだ。

 これもまた、彼女のみせる顔のひとつなのだろう。


「そういえば、リリーさんの誓約って、『本当の勇気を示すこと』でしたよね」


「ん、そうだが?」


「湖畔にいた4人組は、殺人鬼のことなんてまるで恐れていない様子でした。あれも勇気なんですかね?」


「あれは蛮勇と言ったほうが良いだろう」


「…………?(かしげっ)」


「勇気と蛮勇は似ているようで違う。二人とも、この違いがなにかわかるか?」


 勇気と蛮勇はちがう、か。

 以前、漫画で呼んだ覚えがあるな。

 たしかえーっと……


「ノミは何百倍もある大きさの人間を襲う。だけどそれは勇気じゃない。彼らは何を相手にしているのか知らないから。ただ立ち向かうだけでは勇気とは言えない」


「良い例えだ。少年、師匠の名はなんというのだ?」


「師匠はいません、ただ、何かの本で読んだだけです」


「ほう……兵学の心得があるのか。只者ではないと思ったが」


「ただの受け売りですよ」


「いや、その若さでそれだけの洞察を持っている者はそういない。マリア、君の相棒は中々の傑物のようだ。よく学ぶと良い」


「…………(こくこく)」


 なぜかJ◯J◯が兵法書になっちゃった。

 まぁ、誤解を解くのも大変だし、そういうことにしておこう……。


「無知ゆえに恐れを無くす、それが蛮勇だ。戦場でも往々にして利用されるがな」


「どういうことです?」


「将軍は配下に対し味方を大きく見せ、敵を小さく見せるのが仕事の一つだ。さもなくば兵どもは浮足立ち、戦いの前からすでに負けが決まる。見せかけの勇気も使い方次第で役に立つのさ。本当の勇気ほどでないとしてもな」


「勇気とは相手の強さを知ること。そして、その恐怖を我がものとすること……」


「その通りだ。そして、それが人々の前に立つ騎士が持たねばならぬ勇気なのだ」


 うーむ……言ってることはカッコイイけど……。


 この人、土塀に暴走自転車で突っ込んで、ついさっきまでココナッツを叩いて馬の音を出して遊んでたんだよなぁ。


 とても同一人物とは思えない言葉が出てきた。


「そういえばリリーさんはどうして宣誓騎士オーステイカーに? 屋台の料理も本職かってくらいすごかったのに……」


「忘れられてしまうのはもったいない。そう思っただけだ」


「忘れられる?」


「前にもといったが、誓約オースとは古より存在する魔法形態のひとつであり、今もこれを用いている者はほとんどいないのだ」


「つまり、絶滅寸前ってことですか?」


「平たく言うとそういうことだな。私は一処ひとところとどまらぬ放浪者だ。それ故、その地の者は見向きもせぬが、このまま消えるのは惜しいというものを耳目じもくにする。道すがら、そういった石ころを拾い上げるのが好きなのさ」


 忘れられてしまいそうなもの、か。

 きっとそれは、彼女自身もそうなんじゃないだろうか。


 エルフは人間よりもずっと寿命が長いとマリアが言っていた。


 長寿ということは、これまで数多くのものが彼女を通り過ぎたことだろう。

 それは風景や建物だけでなく、人もだ。


 誰かと心を通い合わせたとしても、それは同時につらい別れを約束する。


 だから放浪して、同じ場所に逗まらないようにしている。

 そうすると、彼女の奇妙な行動も理由がつくんじゃないか?


 土塀に自転車で突っ込んで、ココナッツを打ち鳴らす騎士の格好をしたエルフなんていう異常存在と友達になろうとする人はそういない。


 彼女はすべて計算づくで、変人として振る舞っている。

 俺はふと、そんなことを思った。


「気をつけろ、サメだ!!!」


「へっ?」


 クソッ、真面目に考えて損した! やっぱりただの変人だったのか?!


『ジロー様、あれ見て!!!』


『なっ、ヒレ……!?』


 それは目を疑う光景だった。落ち葉の積み重なった森の地面の上で、青灰色をした三角形のヒレがスイーッと動いている。


 え、マジでサメ?!

 湖ならまだわかる。ここって陸だよ????

 なんでサメがいるんだ!?


「いかん、来るぞ!!」


「――ッ!!!!」


 ヒレがまっすぐこちらに向かってくる。どうやら獲物に気づいたようだ。


 クソ! 海ならまだしも、陸でサメに出会うなんて!!!!

 どうすればいいか、まるでわからないぞ!!!


<バサッ!!!!>


「わーー!!!!」


 落ち葉を巻き上げ、口をガパッと開いたサメが姿を現した。


 その大きさはだいたい犬くらい。いや、実際犬だ。

 サメは灰色の4つの足を持ち、それを使って地上を走っている。


 犬にサメの頭がついていると言ったほうが正しいな。


「――フンッ!!」

 

 俺たちの先頭にいたリリーが剣を抜き放ち、横一文字にサメをぶった切る。

 ぼとりと地面に落ちたサメを見ると、その胴体はエラがあるが形は犬めいていた。

 こいつはいったい何なんだ!?


「犬とサメのキメラ……〝サメハウンド〟といったところか。」


「まさか、これが秘密研究所から脱走したモンスター?」


 森の奥から無数のヒレが現れる。

 その数はざっと数えて30、いや、40はあるか?

 多すぎだろ!!!!


「サメの数が多すぎる。ここは逃げるぞ!」


「え? あっ、はい!!」


 勢いに呑まれた俺は、創造魔法を使うことも忘れて走った。

 冷静に考えれば、セントリーガンを置いて防衛戦をすればよかったのだが……。

 みんなして必死に走っている今となっては、もう遅い。


「少年、あの館まで走れ!!」


 リリーが叫んで前を指差す。

 その先には、森の中に佇む洋館があった。


 いやこれ絶対ダメなやつ!!!!

 あの洋館、ぜったいこのサメ作った元凶だろ!!!


「……げげっ!」


 振り返った俺をさらなる絶望が襲う。

 俺たちの背中にはさらに数を増した大量のヒレが泳いでいたのだ!!


「ええい、ままよ!!!」


 俺は洋館の扉に体あたりをかまし、中におどり込んだ!



◆◇◆



※作者コメント※

J◯J◯は教科書という評価は、わりと間違ってない(

そして、謎のおバイオ展開ですわ~!


追伸:

どうでもいいけど久しぶりにバイオ2(PS1オリジナル)やったら、プレイタイムがぜんぜん2時間半切れなくて老化を感じました。よぼ…よぼ…

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