近頃のはやり
それからしばらくの間、俺は屋台の手伝いを強いられていた。
しかし、これはちょっとした拷問だな。
今はお昼時。ちょうど俺たちもお腹が減ってきた頃合いだ。串焼きのタレが炭火で焦げる匂いは強烈で、俺とマリアの胃袋を
<ぐぅ~>
思わず腹の音が盛大に鳴ってしまった。
くくく、体は正直だねぇ! ……はぁ。
「うぅ……いい匂い」
「…………(ぐぅ~)」
「はは、気に入ったようだな。これは
「いや、リリーさんって騎士ですよね? それにしてはクオリティが異常ですよ」
屋台で使ってる調味料は俺の世界のものと
色、香り、といい、
こんなもの、いったいどこで手に入れたんだ?
「某が騎士になる前は板前でな。たった一本の包丁をホルスターに収め、荒野をさすらってまだ見ぬ珍味を求めていたのだ。とある街に立ち寄った時、そこで美食家と記者が『究極の焼き物』を巡って対決していてな――」
「はぁ」
板前、ホルスター……? だめだ、まるでツッコミが追いつかない。
ひとつのことに突っ込もうとすると、2つのボケが出てくるんだもの。
「私は記者の側に立ち、彼の調理を手伝うことになった。そのときに彼とあみ出したのがこのタレだ。レシピは彼との約束により秘密なのだが、たいしたものだろう?」
彼女が話を続ける間、串焼きをあぶるその手はまったく止まっていなかった。
考えなくても動かせるくらいに体に染み付いているんだろう。
彼女の口から出てくる話はどこまでもうさんくさい。
だが、彼女の調理技能は本物だ。
真面目に考えてると頭が痛くなってくるが、すべて本当なんだろう。
「でも、遍歴騎士の遍歴って、たぶんそういう意味じゃないと思うなぁ……」
「何か言ったか?」
「いえ。」
屋台にむらがる客も減り、一息つけるかな? そう思ったときだった。
リリーは突然屋台をひっくり返した!!
<ドンガラガッシャン!!>
「わぁ?!」
「…………!?(ぎょっ?!)」
「うむ! 十分人が集まったな。聞き込みするぞ!」
「え、屋台は?」
「少年、まさかと思うがここに来た理由を忘れたのか? 我々がここに来たのは、人々を悩ませる怪物を退治するためだ。遊んでないで真面目にやれ」
「あっ、ハイ」
屋台の
ん、待てよ。それってさっき俺がいわなかったっけ?
なんで同じ内容で俺が怒られてるの?
文句のひとつでも言おうと思ったが、さっきまでエプロンをしてたはずのリリーはいつのまにか騎士の姿に戻っている。
バケツヘルムを被り、騎士の姿になったリリーは威厳に満ちあふれている。
とてもツッコミを入れられる雰囲気ではなかった。
くっ、なんて身代わりの速さだ……ッ!
「…………(ぽんぽんっ)」
わなわなと震えていると、慰めるようにマリアに肩を叩かれた。
どうしてこうなった……!
『ジロー様、まともに相手すると疲れるだけ。めっ』
『マリアは大人だなぁ……』
ともかく、リリーの屋台によって人が集まったのは間違いない。
集まった人たちに殺人事件のことを聞いてみよう。
『うーん、まず誰に話を聞いてみようかな?』
『ねぇ、あの人はどう、かな? 学生さんっぽくて、話好きそう』
そういってマリアが指さしたのは、4人組の若い男女たちだ。
なるほど。彼らは屋台に並んでいた時からずっとだべり続けていた。
今も会話に花を咲かせているあたり、噂話も好きそうだ。
俺は彼らに近寄って、話を聞いてみることにした。
「すみません、ちょっとお聞きしたいことがあるんです。ウルル湖で殺人事件があったとかいう話について、何か知ってませんか」
「んー?」
金髪にサングラスの男が面倒くさそうに俺を見下ろした。
男の身長は190くらいあるだろうか。
シャツから出ている腕は太く、日焼けしている。
読書やチェスなんかのインドアの娯楽を好む感じには見えない。
たぶん小説を読んだことなんて一度もないだろうな。
本格的なアウトドアが男の趣味なのだろう。
腰にツールベルトをつけており、使いこんだマチェットがぶら下がっていた。
「殺人事件ン? あぁ……カップルが襲われたっていうアレか」
「そうです、それです」
「もちろん知ってるわよ。この湖で泊まってたカップルが、テントごとズタズタに切り裂かれてたって事件でしょ」
「僕たちはその事件について調査してるんです。何か知りませんか?」
「そういう話なら、こっちのオカルトオタクに聞いたほうが良いぜ」
「オタク?」
金髪の男が言うが早いか、僕と男の会話に黒髪の女性が割り込んできた。
彼女は開放的な湖畔のリゾート地にも関わらず、黒のワンピースを着ている。
ぼてっとした重い布地の印象もあって、まるで魔女か占い師に見えた。
「君が訪ねているのは、先週起きたカップルの殺人事件のことよね?」
「えぇ、そうです。」
「街の人々はあの事件のことを悪魔の仕業とウワサしているわ。古の伝説に残る湖の悪魔がイケニエを求めてやったってね。デタラメも良いところよ」
「デタラメ……? それはどうしてです」
「…………(かしげっ?)」
「確かに湖に悪魔は存在する。7人の生贄のうち、ひとつが欠けて儀式が中断されたため、悪魔は今も月と
「囚われの悪魔が実在するなら、人なんか簡単に殺められそうですが……」
「いいえ、それはちがうわ。召喚の儀式が中断されたことで、儀式は封印となった。人の運命をもてあそぶ悪魔ですら、その力をふるうことはできなくなった」
「じゃあ……いったい何がカップルを襲ったんです?」
「悪魔がどうとか、呪いが何だとか、シンプルに古いのよね。そう……今は科学よ」
んっ、なんか空気変わったな?
「オカルトとは恐怖のエンタメよ。人が科学の力でもって自然やモンスターを屈服させようとして、しっぺ返しをくらう。それがいま人々が興味を持っている恐怖なの。カビくさい呪いや悪魔なんて近頃のはやりじゃないわ」
「科学がカップルをテントごと切り裂いたんですか? 紙で指を切ることはあっても、全身を切り裂くことは難しいと思いますが」
「あら、どうやら貴方はあのウワサをしらないのね?」
「ウワサ?」
「この湖畔の近くには、シルニアの秘密研究所があって、そこでモンスターを使った生物兵器が作られていたらしいの。でも最近になって事故が起きて、そこで育てされていたモンスターが逃げ出したとか」
「……急にうさん臭くなってきたなぁ」
「…………(こくこく)」
「あら、状況証拠はあるのよ? このあたりに地図に書かれた軍事施設は何も無い。でも、シルニアの軍隊が足しげく通ってる姿が目撃されてるの」
「そういえば、ここに来るまでにシルニアの銃士隊の車列に追い越されましたね」
「…………(はっ!)」
マリアは何かに気付いたかのように目を見開いた。
そして、すこし興奮気味に心の声で俺に語りかけてくる。
『ジロー様、それっておかしくない、かな?』
『え、マリアまでどうしたの……? まさかこんなヨタ話を信じてるんじゃ――』
『コテージについたときのこと思い出したの。車列は私たちを追い越したのに、湖畔にはトラックの姿はもちろん、通った後に残るわだちも無かった』
『あっ、そうか。戦車が砂利道を通った時、地面に大きなへこみが残っていた……。だけど、湖畔のまわりにそんな跡はなかったね』
『うん! ジロー様、あの自動車と戦車、どこにいったのかな?』
『まさかと思うけど、本当に秘密の研究所があるのか……?』
だいぶ話が変わってきたな。
キャンプ場のカップルを殺すのは、悪魔かジェイソンと相場が決まっている。
だが、ここに来て秘密研究所とは……。
ここに来てからずっと頭がおかしくなりそうだ。
しかし、そうだとすると色々
ぶっちゃけ、合ってほしくないという気持ちもあるが。
シルニアの秘密研究所から逃げ出した
なら、湖にサメが現れることもあり得る……のかなぁ?
◆◇◆
※作者コメント※
かなり序盤に出てた伏線が回収されたけど、まさかこんな形ででてくるとは…
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