第一章・スラム編

冒険者ギルドへ

 俺はマリアに手を引かれ、スラムのせまい路地を抜けた。

 冒険者ギルドは街の目抜き通りのおわり、酒場が並ぶ歓楽街かんらくがいにあった。

 しかし、今は昼下がりのせいか、街はひっそりとしている。


「…………!」


「ここかい?」


 マリアがとある建物の前で立ち止まり、看板をゆびさした。


 看板には斧、剣、弓がたばになっている絵が書かれている。

 これが冒険者ギルドのトレードマークなんだろう。

 

 ――冒険者ギルド。


 ゲームや小説なんかに出てくるから、何となくイメージはつく。


 冒険者に仕事をあたえ、情報や素材の買い取りで支援する組織。

 いってしまえば、異世界のハロワだ。


 もっとも、それはゲームや小説の話。

 この世界でも同じものかどうかはわからない。


 俺は、何度も修復されたあとが見てとれる木戸を押した。

 重厚なドアを押し開けると、強いアルコールの臭いに「うっ」となった。


 冒険者ギルドの中は、剣道場によく似ていた。

 板張りの平らな床が奥までずっと広がっていて、柱がほとんどない。

 壁には木剣をかけるフックが並び、ひび割れた古い木剣もそのままだ。


 この建物は、かつてほこり高き剣士たちが集まった道場だったのだろう。

 その面影を色く残しつつも、建物は新たな顔を見せている。


 道場の半分はテーブルとベンチが並べられ、酒場と化していた。

 剣が打ち合う音に代わり、泥酔でいすいした冒険者の笑い声と下品な歌が建物を満たす。


 酒精しゅせいが漂う部屋の奥には、表の看板と同じ紋章もんしょうかかげられていた。

 かつて、気高き誇りとともに掲げられた紋章なのだろう。

 しかしいまやそれを顧みるものはなく、酒を求めるものでごった返していた。


「お酒の臭いで窒息ちっそくしそうだ。マリア、早いとこサイゾウさんを探そう」


「…………!」


 鼻をつまんだマリアが俺の提案に同意する。

 この中にいると、空気だけでっ払ってしまいそうだ。


 冒険者ギルドの中は、仕事の成功を祝う者、または失敗を忘れさせる酒を求めている者でいっぱいだ。彼らの間を通り抜け、職員らしき人を探す。


 冒険者ギルドの職員を見つけるのは簡単だ。

 顔が赤くなってない人を探せば良い。


 建物の奥に行くと、分厚い帳面ノートをめくっている書記風のオジサンがいた。


 顔は……どう見ても素面しらふ。黒髪に色のついた丸メガネをしていて、どこにでもいそうな気の良いオジサンに見える。


 きっと職員に違いないと思った俺は、彼に声をかけてみた。


「あの、冒険者ギルドの職員の方ですか」


「ん、すまんね。他所よそ酒樽さかだるが開いてないうちはいつもこんな感じなんだ。文字は書けるか? 書けないなら口述で依頼書を作るが手数料が――」


「いえ、依頼をしにきたんじゃないです。僕たちは冒険者になりたくて、サイゾウって人を探してるんです」


「……俺がサイゾウだ。なあガキンチョ、ここは子どもの遊び場じゃないぞ」


 サイゾウは不機嫌な態度を隠さず、俺とマリアを威圧してきた。

 最初は気の良いオジサンだったのに、今は人をき殺しそうな顔をしている。

 しかし、俺はひるまず短剣をサイゾウの前に突き出した。


「ランスロットさんの紹介です。これを渡して『よろしく』といえば、必要なことはすべてやってくれると言っていました」


「はぁ? マジかよ……」


 サイゾウは気の抜けたような声を発して、俺の手から短剣をひったくる。

 そして短剣を抜き、銀色の刃をしげしげと見つめた彼は、得心とくしんがいったような顔をした。


「ここじゃダメだ。奥に来い」


「はい。」



 ◆◇◆



 サイゾウは俺たちを冒険者ギルドの奥に通した。

 そこは広い倉庫になっていて、武器やたてよろいなんかが雑然と置いてあった。


 俺はそこでランスロットさんと話し合ったことをサイゾウに伝えた。

 そうすると、彼はひたすらに「めんどくせぇ」を連呼していた。


「あーめんどくせぇ。ま、大体の話は分かった……」


「はい。」


「武具は……持ってねぇよな?」


「……はい。」


「その格好じゃ目立ちすぎる。よし、綿鎧アクトンとショートソードを持っていけ」


 そういってサイゾウは、俺とマリアに押し付けるように剣を手渡した。


 彼から渡された剣は、ド素人の僕の目で見ても業物わざものなのがわかる。


 剣は、鋭い。剣身の表面は丁寧にみがき上げられている。

 グリップはシンプルだが、しっかりとしたつくりで職人の気合を感じる仕上がりだ。


「いいんですか? ずいぶん立派なモノに見えますけど」


「今どき剣なんか欲しがるやつはいねぇ。遠慮えんりょすんな」


「…………!」


 俺は剣を受け取ったが、マリアは不満げだ。

 剣を立てかけ、両手の指をコの字にして左右に広げている。


 たぶん……「もっと長いものを」かな?


「おいおい、冗談はよせよ? 嬢ちゃんに長剣ロングソードは無理だ。おとなしく――」


 マリアはステータスを開いてサイゾウに見せつける。

 すると彼は片眉かたまゆを動かして口笛を吹いた。


「ヒュー! 聖騎士様だったか! ちょっと待ってろ、確かここに……あった!」


 サイゾウは奥にいき、剣の山から1本の長剣を取り出した。


「エルフルトの魔狩人まかりうどが使った銀剣だ。そこらじゃ簡単に見つからん名品だぞ」


 そういってマリアが受け取ったのは、銀色の柄に赤いさやをこしらえた長剣だ。

 鞘から抜き放つと、中に収められていた真銀が姿を現す。

 白光びゃっこうを返す鏡のような剣身は、ほれぼれするほどの美しさだった。


「銀の剣……怪物退治にはもってこいって感じですね」


「だろ? 後は鎧だが……子供用の甲冑アーマーぇ。悪いが訓練用の綿鎧アクトンで我慢してくれ」


「いえ、十分です。ありがとうございます」


「育ちが良いね。小僧こぞうはどこかの貴族の坊っちゃんか?」


「いえ、ただのレベル1の転移者です」


「……そうか。妙な服だとは思ったが」


「たいして驚かないんですね」


「まぁな。王城から冒険者ギルドに要請が来ていた。レベル1のド素人でもこなせるモンスターの退治依頼は取り置きしろ。いっさい表に出すな、ってな」


「……!」


「奇妙な話だろ? まるで大量のド素人が現れるのを知ってるみたいだ」


 サイゾウさんとの間に妙な緊張が走る。

 マリアは銀剣の柄をぎゅっと握りしめるが、それに気づいた彼は笑っていった。


「まぁ、あんたの身の上の詮索せんさくをしようってんじゃない。ただ知ってもらいたかっただけだ。うちも色々つらいのよ」


「俺たちにできる仕事が回せない、と?」


「いや、やりようはあるさ。レベル1のド素人向けといっても、『需要ニーズ』を満たせない仕事はあるんでな」


「需要を満たせないというと……〝ゲンダイヘイキ〟が効かない相手?」


 箱に腰掛こしかけたサイゾウは、ニヤリと笑った。


 彼は何も言わず、僕たちにぶ厚い布の服を投げつけた。

 柔道着を二重にして、さらに厚くしたような頑丈な服だ。


「へぇ、これが綿鎧アクトンか」


 制服の上をぬぎ、受け取ったアクトンにそでを通す。

 マリアも箱に隠れてボロを着替える。

 着心地を確かめていると、サイゾウは僕にあるといを投げかけてきた。


「ときに小僧。冒険者ギルドの目的が何かわかるか?」


「えっと……困っている人を助ける?」


「ブッブー。――金儲けだ。古今東西、タダ働きをした冒険者は存在しない。これからもだ」


「ギルドの中でお酒を売ってるのも、その一環?」


「そうだな。俺たちの仕事は慈善事業じゃない。どこにでもあるような経済活動だ。人助けがしたいなら修道院にでも入るんだな。」


「…………!」


「お金が好きなんですね、だと? ハッ、必要な分だけさ」


「リスみたいにためこんで? この倉庫、冬ごもりするには少し多すぎる」


「それも今は昔さ。名のしれた名剣も、今じゃ〝ゲンダイヘイキ〟を作るためのクズ鉄にしかならん。ひと昔前だったら通りを買い占められた名匠も、今じゃ酒樽の修理や、酔っぱらいのブーツを作る仕事しかない」


「なるほど……気前がいいわけだ」


「……こいつらは〝新しい時代〟っていう炉にくべられるのを待ってるのさ。そのうち、みーんな姿を消しちまうだろうな」


 ふと、サイゾウは寂しそうな横顔を剣や鎧の山に向けた。

 口は悪いが、きっと彼にも思うところがあるのだろう。


 こうして気前よく武器をくれたのは、ただのクズ鉄にしないためか。

 時代を越えて伝えられた剣たちの命脈を保つ。

 マリアみたいな子供に名品を託したのは、それが理由かも知れない。


「サイゾウさん、装備は着ました。そろそろ仕事の話をしましょう」


「おい待てよ、いきなり送り出すわけ無いだろ。お前らにケガでもされたらランスロットのジジイに殺されちまう。」


 サイゾウは腰掛けていた箱から降り、倉庫の奥をあごで指した。


「こい。まずは戦いの基本を教えてやる」




ーーーーーー

※作者コメント※

100%オフセール描写大好き。

Q.何で冒険者ギルドにこんな大量の武器があるの?

A.現代兵器の普及で捌けなくなった戦利品&失業した大量の冒険者が質入れしたせいで倉庫がパンパンになりました。


あ、戦闘時のBGMはオクトパストラベラーの「バトル1」で!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る