ランスロットの頼み

「自分たちのために、奴隷の声を封じるなんて」


「ジロー殿。奴隷が声を封じられてる理由は、悲鳴だけではありません」


「もしかして奴隷の反乱を防ぐためですか? お互いに相談もできなくなるし……」


「奴隷の反乱を防ぐためというのは正しいです。しかし、理由は別にあります。剣技のような一部の例外を除いて、スキルの使用には〝声〟を必要とするのです」


「ひどい……なんて勝手な」


「…………」


 エーテルを回収されたマリアがあばら家に戻ってきた。

 彼女の顔色はあまり良くない。

 エーテルを抜かれると、体に相当な負担がかかるんだろう。


「…………!」


 マリアは兵隊から貰った食べ物をランスロットさんに差し出した。

 しかし、彼は細い腕をあげて静止する。


「ありがとうマリア。気持ちは嬉しいですが、自分のためにとっておきなさい」


「…………(シュン)」


「食料って……たったこれだけ?」


 マリアがもらってきた食料は粗末なものだった。

 四角いパンがいくつかと、小さな缶に入った黒いジャムだけ。

 ディストピア飯のほうがマシに見えるとは思わなかった。


「奴隷は生かさず殺さず。そういった具合なのです」


「俺……スキルでみんなに食べ物を配ってきます!」


「やめなさい!」


「ッ!」


 ランスロットさんが厳しい口調で俺を止めた。

 振り返った俺は、さっきの怒り以上の強い意志を彼の瞳に感じた。


「声を荒げてすみません。あなたはまだレベル1です。全員に食事を渡そうとすれば、きっとエーテルを使い果たして倒れてしまうでしょう」


「……そうか、今の俺の力じゃどうしようもできないのか。クソッ!」


「…………」


 マリアは俺の服のすそをつかんで止めようとする。

 俺は彼女の頭にそっと手を乗せ、安心させようとなでてやった。


「せめて小さい子たちだけでも、なんとかなりませんか?」


「でしたら……ここで配るということを考えても良いかもしれません。しかし、兵士に見つかったらただではすまないでしょう」


「反乱の準備と思われても仕方ない?」


「その通りです」


「……ランスロットさん。俺はどうしたらいいんでしょう」


「でしたら、私からひとつ提案があります」


「俺にできることなら」


「冒険者になって依頼をこなし、その過程でレベルとスキルをあげるのです。そうすれば、貴方ができることも自ずと増えていくでしょう。」


「たしか冒険者はモンスターと戦う機会が多いんですよね? 冒険者になれば俺のレベルやスキルを上げられる……そして冒険者になって旅をすれば、元の世界に戻る手がかりが見つかるかも」


「はい。それに高ランクの冒険者になれば、いくつかの特権が手に入ります」


「特権?」


「高いランクに到達した冒険者は、他国に移住することができます。家といった不動産を除き、武器や防具、すべての〝財産〟を持って、です。」


「すべての財産……そうか!!」


「気付きましたか。奴隷は人間ではなく〝財産〟です。高ランクの冒険者になれば、奴隷を他の国へ連れていけます……つまり――」


「マリアちゃんや、子どもたちを――この国から逃がせる?」


 俺の返事を聞き、ランスロットさんは静かにうなずいた。


「ま、待ってください。奴隷ってことは……誰かからマリアを買わないといけないんじゃ? 俺、いま銀貨10枚しか持ってませんよ」


「その心配はありません。マリアたちは奴隷ですが、特定の持ち主はいません。このスラムにいる奴隷は買い手がなく、街に飼われているような状態なのです」


「え? 言いかたは悪いですけど、なんで買い手がいないんですか? マリアちゃんみたいな聖騎士なら――あっ、そうか。もう意味がないんだっけ……」


「その通りです。いまや戦闘系のスキルは必要とされるスキルではない。武力が必要なら〝ゲンダイヘイキ〟で間に合いますから」


「声が封印されてるなら、なおさら必要とされない。そういうことですか」


「はい。彼女たちはこのまま一生飼い殺しにされるでしょう。エーテルの採取。ただそれだけのために……」


 マリアには何の罪もない。

 スキルが役に立たない、彼女が奴隷になった理由はそれだけだ。


 ……彼女の境遇は俺と似ている。

 スキルをゴミ扱いされて即日追放された俺と同じだ。

 気持ちがわかるだけに、放っておけない。


「わかりました。俺……やります!」


「ありがとうございますジロー殿。このスラムから……いえ、このシルニア王国からマリアたちを連れ出してください」


「待ってください、ランスロットさんはどうするんですか?」


「私は奴隷ではありません。スラムに住み着いているただの変人です。冒険者になるには年を取りすぎましたし……ここで朽ちていくつもりです」


「そんな……」


「…………!」


「マリア、そんな顔をするものではないよ。これは昔からの決まりだ。古き星は身を隠し、新しき星に空を譲る。私たちはずっとそうしてきた」


「ランスロットさん……」


「ジロー殿。この老いぼれの最期の頼みを聞いてくれてありがとうございます。餞別せんべつを贈らせてください」


「……そんな。ランスロットさんにはもう十分良くしてもらいました」


「いえ、残念ながら形のあるものではありません。見ての通り貧乏なのでね」


「?」


「私のスキル〝剣聖〟には、『指導術』があります。これはジロー殿の中に眠っている剣技を目覚めさせることができるのですよ」


「……俺の中に? でも俺、剣道なんか……体験入部で逃げたくらいなんですけど」


「ハハ、そう気負わずに。使うかどうかは君次第。どのような剣技が芽生えるかは、ジロー殿の素質によります」


「わ、わかりました、お願いします。」


「さぁ、こちらへ」


 ランスロットさんは俺をベッドの近くに招くと、ゆっくりと身を起こした。

 そして、ごつごつとした大きな手を優しく俺の肩に置いた。


「心に大事なものを想い浮かべなさい。それがあなたの剣になる」


「――はい」


へんせず、くうに偏せず、真に正道を求めるものよ……汝が心より古今無双の剣を抜き放たん――剣心解放!」


「――!!」


 ランスロットさんがスキルを使う。

 すると俺の中で何かからが割れたような感覚がした。

 温かい何かが俺の腹から上がって背中を抜けていった。


「さぁ、見てみなさい。」


「……はい。ステータスオープン!」


 俺は自分のステータスを見る。

 そこには「活人剣」という新しいスキル、剣技が追加されていた。


「ランスロットさん、これって?」


「……! あぁ、失礼。この剣技は文字通り、『人を活かす剣』です。いくら美辞麗句で飾り付けても、剣技は命をあやめるための技術でしかありません。」


「しかし、命を奪うわざといえど、使いようによっては天下万人を救い、人々を『活かす』ための業となる。それが活人剣です」


「……すみません、よくわかりません」


「いえ、それで良いのです。スキルは身につけただけでは終わりません。ジロー殿の道を探してみてください」


「はい。」


「…………!」


 マリアは何やら興奮した様子でランスロットさんの前で手を動かす。

 それを見て、彼は満足気に微笑ほほえんでいた。


「うん、うん……そうだね」


「そうだジロー殿、形のあるものは差し上げないと言いましたが、私はウソをついてしまいました。冒険者ギルドに行くならこれを持っていってください」


「これは……短剣ですか?」


「はい。ギルドには、かつて星天騎士団に所属していた男がいるはずです。彼の名前はサイゾウ。少しクセのある男ですが、信用してよいでしょう。彼によろしくと言えば、必要なことはすべてやってくれるはずです」


「わかりました。色々とお世話になりました」


「私は疲れました。すこし寝させてください」


「…………!」


「うん、いこうマリア」


 俺とマリアがあばら家を出ると、彼女は俺の手を引いた。

 どうやら冒険者ギルドまで案内してくれるようだ。




「――長生きはするものだ。実にき星が流れ着いた」



◆◇◆




ーーーーーー

※作者コメント※

なんか3日目にしてブクマ70↑とか…

すごいたくさんの方に応援されてビビってます。

ご声援ありがとうございます。

ブクマ、★、大変嬉しく思っております!

更新頑張ります!!


次回、冒険者ギルド。

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