ドライアド

「まさかシュラウトが乗り物だったなんて……あなたたちは?」


「それに答える前に尋ねたいことがある。嵐の鼓手ストーム・ドラマーに星を降らせたのは貴公か? 輝ける兄妹シャイニング・ワンズよ」


「ええっと……はい。」


 シュラウトの上に立った緑の人は、女性を思わせる柔らかな声で語りかけてきた。

 しかしなんというか、独特のネーミングセンスだな……。


 嵐の鼓手っていうのは、銃士隊の銃や大砲の音をなぞらえたものだろう。


 となると、輝ける兄妹ってのは、俺とマリアが着ているレコン一式の白い装甲板の輝きからとったんだろうな。月明かりの下にいると光を反射して結構目立つし。


「そうか……助力に感謝する。名は?」


「僕はジロー。こっちがマリアです」


 俺はそういって顔をみせるためにヘルメットを脱いだ。

 マリアも俺を真似るが、俺たちの顔を見た緑の人は、ごく浅くかぶりをふった。


「人間? エルフではなかったのか?! いや、それよりも……人間があれだけの魔術を行使したというのか?」


「まぁ、厳密に言うと魔法じゃないんですけど、そんな感じです。」


「魔法ではない……だと? 夜空に浮かぶ星を落としたのかとおもったぞ」


「当たらずとも遠からずと言ったところですね。あれは夜空に浮かぶ星を落としたんじゃなくて、星から落としたんです。衛星砲サテライトキャノンと言って―― えーと、なんて説明したものか……空に星を浮かべ、その星に太陽の光を集めさせて、それを打ち出すというのが原理で……」


「ややこしいな。そのまま星を落としたほうがまだ楽なのでは?」


「う、言われてみると確かに……」

「…………(こくこく)」


「まぁともかく、助けには感謝する。しかし何故だ?」


「えっと……たまたま貴方たちが人間と戦っている様子を目にしまして、旗色が悪そうでしたので、勝手ながら加勢してしまいました。」


「……だが、貴公も人間だろう。どうして我らに加勢した?」


「それは……森を見たからです。王都の周りにある森は枯れ果て死んでいた。でも、この辺りの森はまだ青々としている。その理由が森の精霊、シュラウトたちにあると思ったから、銃士隊を止めなきゃいけないと思ったんです」


「珍しいな。人間が森を気をかけるとは」


「そうですか?」


「森と人の付き合いとは、常に一方的なものだ。いつでも考えなしに物をとっては、決して返しになど来ない。人の行状などそんなものだ」


「そうですね……それは否定できません」


「求めるままに取り尽くし、土地が枯れたら素知らぬ顔で別の場所を荒らし尽くす。それが人の常だ。この森に同類を討つほどの価値があったか?」


「それは……あると思います。彼らを止めなければ森が失われる。そうなればもっと多くの人たちが――いや人だけでなく動物たちも毒に蝕まれ、飢えることになっていたはずです。そうなれば、多くの死がこの土地にあふれる……」


「ジローといったか。人にしては聡明だな」


「……どうも。」


「申し遅れた。私の名は〝カヤメ〟お前たちの間では、単にドライアドといったほうが通りがよいかもしれんがな」


 名乗りを上げたカヤメは仮面を外す。すると、形の整った目鼻立ちが出てきたが、その眼窩にはまっていたのは眼球ではなく金色に輝く琥珀だった。


『ドライアド……すごい、お話のまんまだ!』


『知ってるの、マリア?』


『うん。ドライアドは古い森に住む地霊の貴種なの。エルフよりもずっと古い時代に生まれて、森の中で精霊とともに暮らしてるって……本当にいたんだ』


『なるほど……森の精霊、その貴族って感じ?』


『うん、そんな感じ、かな?』


 森の貴族か。

 これまたとんでもないのが出てきたなぁ……。


「……ん?」


 ギシギシ、ミシミシと木の割ける音がして、他のシュラウトの背からもドライアドが出てきた。彼らはこちらとじっと見つめている。


 敵意は感じられない。

 ただ俺は、その視線に自分が値踏みされているように感じた。


「カヤメさんの戦友は無事のようですね」


「うむ。しかし――」


「シュラウトの治療ですね?」


「いや、シュラウトの足に関しては問題ない。見てみろ」


「えっ? あっ――」


 カヤメが指さした先にあるシュラウトの足先が再生を始めている。

 吹き飛んだ足先に細い木の根がより集まり、新しいつま先を作ろうとしていた。


「すごい……シュラウトって生きているんですか?」


「その通りだ。あの琥珀の心臓が収まっている限りシュラウトは不滅だ。そうはいっても、足を吹き飛ばしながら森に戻るというのは負担がかかりすぎる」


「え、不滅なのに?」


「シュラウトに乗る私たちは、わずかながら彼らと感覚を共有しているのだ」


「あぁ、なるほど……」


 感覚を共有しているということは、痛みもフィードバックされるということか。

 なるほど、だから負担がかかりすぎるってことね。


「無理をおして森に戻ることもできよう。だが、できることなら地面に埋められた火をなんとかしてほしい……」


 カヤメはそういって金色の眼差しを俺に向ける。きらめく琥珀から意志を感じ取るのは難しいが、そこにほのかな期待感がこもっていることはわかった。


 彼女の言う地面に埋められた火というのは、地雷のことだろう。いくら再生できると言っても、ぼんがぼんが手足を吹き飛ばしながら戻りたくはないよね。


 うーむ……地雷か。

 レコンヘルメットなら見つけられるか?


 俺はレコンヘルメットのUIを操作して、地面をスキャンしてみた。

 すると真っ黒い地面にいくつものお饅頭みたいなシルエットが浮かびだす。

 平たく、円盤状の物体……間違いなく地雷だ。


 地雷原はけっこうな密度で埋まっている。人間なら踏んでも大丈夫だが、これだけ埋まっているのを見ると、とても気が気じゃないな。


「一つ一つ掘り起こしてたらキリがないな。どうしたもんか……」

「…………(かしげっ)」


『ジロー様、シュラウトの体って再生できるんだよね』


『うん。』


『じゃあ、今ある体を作り変えることもできる、かな?』


『あっ、そうか!』


「カヤメさん。シュラウトの形を今から変えてもらうことって出来ますか?」


「む? それはできるが、どうする気だ?」


「牡鹿の角がありますよね? この角をヘラジカみたいに平たくして、こう……ブルドーザーっていうか、牛鍬うしぐわみたいにして……」


 俺は手の指をそろえ、地面をすくいあげるようなジェスチャーをする。

 それをみたカヤメは首をかしげた。


「しかし、埋めた火を掘り起こして大丈夫なのか? 掘り起こした瞬間に火を吹くのではないか?」


「大丈夫です。シュラウトがやられた兵器は〝地雷〟といいます。地雷は上から踏みつけることで爆発しますが、下からすくい上げる分には安全なんです」


「それは本当か?」


「はい。しかも今回使われているのは人間用じゃない。人より重いものが踏んだときに爆発するように調整されている地雷です。多少雑に扱っても大丈夫なはずです」


「…………わかった、恩人の言うことだ。やってみよう」


 カヤメは立っていたシュラウトに手をつくと、メキメキと音を立てて背中が開く。

 そしてその中に入ると、牡鹿が再び立ち上がった。


 牡鹿がその勇壮な角をふると、木の根がより集まっていく。

 すると、剣を並べたような殺意むき出しの角が、板状の形に変わっていった。


「よし……次は僕の指示に従って角を地面に差し入れてください。」


 俺はレコンヘルメットの表示をもとに、カヤメに指示をした。

 シュラウトはおそるおそる角を森の地面にさし入れると、そこで止まった。


「「「本当に大丈夫なのだろうな?」」」


 シュラウトの胴から、森の梢のざわめきをすべてそろえたような声が聞こえる。

 きっと不安なのだろう。

 俺は彼女を勇気づけるように、自信を込めて揺るぎない返事を返した。


「大丈夫、うまいもんです。そのままゆっくり足を進めてください」


 シュラウトがうなり、ずずっと歩みを進める。

 すると、角が掘り起こした地面の中に円盤状の何かがちらりとのぞいた。


「見えた、あれが地雷です。爆発してないでしょう?」


「「「バカな、こんな簡単な方法で……」」」


「いや、普通はもっと苦労するんですよ。シュラウトの力と適応力のおかげですね」


 こうした地雷を処理するには、戦車のような頑丈な車両を使って、特殊な機械を用意する必要がある。爆発にも耐えられる鋼鉄のドーザーやら、チェーンやら……。


 しかし、シュラウトは自身の形状を変化させられるし、馬力も申し分ない。

 そして万が一爆発させても、再生できる。

 正直いって、シュラウトのほうがチートだと思う。


「急いでたのか、連中が用意した地雷原はそこまで広く作られてません。何回か往復すれば、全員が通って帰れるだけの道が作れますよ」


「「「ジロー、いや、ジロー殿……」」」


「はい?」


「「「貴公の助力に対する。友誼ゆうぎの証として、緑なす天蓋のもとに汝らの名のもとに苗木を植えると誓おう。では――続けよう」」」


「はい!」



◆◇◆


※作者コメント※

シュラウト、おもったよりチート存在だな……。

再生、変形機能持ち、そして動作と感覚フィードバック……。

現代兵器に初見殺しくらったけど、次の戦いはえらいことになりそう。

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